第31話「明日もある」
目覚まし時計が落ちた。
六時四十二分。
好代は布団から手を出した。
床へ着く前に取った。
目が覚める。
時計を持ったまま、しばらく動かなかった。
昨日食べたバーガーは、もう身体の中にはほとんど残っていないはずだった。
それでも、落ちる場所が分かった。
「……明日もあるんだ」
言ってから、時計を見る。
もう今日だった。
PANDEMONIUMへ着くと、摩天がテーブルに紙袋を三つ並べていた。
「検証用だ」
好代は椅子を引く。
袋には触らない。
「三つとも、前に食べたことないものですか?」
「ああ」
「安全確認は?」
「済んでる」
「昨日と同じなら、残るかもしれない?」
「そうなる」
前なら、すぐ開けていたと思う。
今日しか使えないなら、早く知りたい。
消えるなら、失敗しても時間が片づけてくれる。
今は、その片づけが来ないかもしれない。
「中身を教えてください」
摩天が一つ目を指す。
「暗い場所で輪郭を拾う」
二つ目。
「閉じた容器の中身の位置が分かる」
三つ目。
「熱源の移動を追う」
好代は順番に見る。
全部、便利だった。
倉庫。
在庫確認。
厨房。
使い道はいくらでも思いつく。
「今日、これがないと困る仕事あります?」
「ない」
「じゃあ、食べません」
摩天が三袋を自分の側へ引いた。
「全部か」
「はい」
「怖いか?」
好代は少し考える。
「怖いです」
そこで終わらせない。
「でも、それより……便利だからって食べたものが、明日の私にもずっといるかもしれない方が気になります」
摩天は袋を閉じる。
「なら今日は入れるな」
「はい」
昼。
グラスが落ちた。
好代の手が先に出る。
受け止める。
昨日の能力。
「ありがとうございます」
客が言う。
「いえ」
好代はグラスを戻す。
役に立った。
だからといって、朝の三つを食べればよかったとは思わなかった。
使えることと、入れておきたいことは違う。
午後。
厨房から新作が出た。
小さいバーガー。
焼いたバンズ。
酸味のあるソース。
少し甘い匂い。
好代の腹が鳴った。
ぎゅる。
以前なら、能力が切れかけた合図だと思った。
今はただ空腹だった。
それが少し嬉しい。
「これ、何の能力ですか?」
「まだ検査してない」
摩天が答える。
「PANDEMONIUM側の通常試食は通ってる。お前に何が残るかは分からん」
好代はバーガーを見る。
朝の三袋より、条件は悪い。
能力は不明。
残るかもしれない。
便利かどうかさえ分からない。
それでも、匂いが好きだった。
「食べたいです」
摩天の視線が上がる。
「朝は食わなかった」
「はい」
「これは中身も分からん」
「はい」
「残るかもしれないぞ」
「分かってます」
摩天は止めなかった。
「なら、自分で決めろ」
好代は包み紙を開く。
「能力を取りたいんじゃなくて」
一度、匂いを嗅ぐ。
「バーガーとして食べたいです」
一口。
バンズが少し甘い。
ソースは思ったより酸っぱい。
肉の端が香ばしい。
おいしい。
二口目。
何かが身体へ入った感覚を探しかける。
やめた。
味を追う。
三口。
食べ終わる。
摩天が聞く。
「どうだ」
好代は口の中を確かめる。
「おいしかったです」
「能力は」
「分かりません」
「それでいいのか」
好代は包み紙を見る。
「食べる前に、それも含めて決めました」
夕方。
朝の三袋は検証棚へ戻った。
好代の前には新作の包み紙だけが残る。
記録する。
《昨日の能力:翌日も反応》
《検証用三種:食べず》
《新作:摂取》
少し迷ってから、続ける。
《能力:未確認》
《残留:未確認》
《理由:食べたかった》
最後の一行だけ、字が少し大きくなった。
帰り道。
横断歩道で、小さな子どもが手袋を落とした。
好代には落下位置が先に分かった。
拾わない。
母親がすぐ気づいて拾ったからだ。
能力がある。
使える。
でも、使えるたびに使う必要はない。
歩きながら、新作の味を思い出す。
能力らしいものは分からない。
何も増えていないかもしれない。
何かが残っているかもしれない。
それは怖かった。
でも、食べたかったことまで間違いにはしなかった。
翌朝。
目覚まし時計は落とさなかった。
好代は普通に止めた。
六時四十分。
昨日より二分早い。
手を開く。
落下軌道を試さない。
新作の能力も探さない。
制服へ着替える。
鞄を持つ。
家を出る。
能力が明日もあるなら、毎朝「まだある」を確かめなくてもいい日が来るかもしれない。
PANDEMONIUMへ着く。
扉を開ける。
最初にしたのは能力検査ではなかった。
「朝ごはん、ありますか?」
その日の昼。
四人の客の声が、同じ声に聞こえた。




