第26話「同じではない」
三つとも、同じだった。
少なくとも、好代が測った範囲では。
白い皿を三枚並べる。
赤い果実を一つずつ。
同じ枝から採れた。
重さは百二グラム。
傷は右側。
好代は定規を当てる。
「三・二ミリ」
二個目。
「三・二」
三個目。
「三・二」
輪廻が横から覗く。
「ほんとに同じ?」
「測ったところは」
「測ってないところは?」
好代は果実を見る。
「まだ分かりません」
万寿が一個を指先で転がす。
「この傷から先に傷みそうね」
懺悔は三個の匂いを順番に嗅いだ。
「……おいしくない」
「果物がですか?」
「罪の匂いがしない」
「普通の傷ですから」
「じゃ、わたしのごはんじゃないかも」
好代は札を三枚置いた。
《A 保存》
《B 更新》
《C 除去》
昨日、地下で聞いた言葉が残っていた。
楽になる。
残る。
直る。
消す。
似ているようで、結果は違う。
だから同じものへ別の処理をしたら、何が違って残るのか見たかった。
生き物では試さない。
厨房で廃棄予定になっていた果実だけを使う。
最初に好代は、三枚の記録用紙へ同じ目的を書いた。
《傷みを解決する》
A。
万寿が果実を持つ。
「この傷ごと残すの?」
「傷んでるところだけ直せます?」
「それは保存とは違うわ」
万寿は傷を親指で避けて持ち直す。
「今を残すなら、傷も今の一部ね」
好代は記録用紙を見る。
《傷みを解決する》
「傷があるままでも、これ以上傷まなくできます?」
「それなら」
空気が少し冷えた。
果実の赤。
三・二ミリの傷。
百二グラム。
甘い匂い。
触った時のわずかな柔らかさ。
全部、そのまま止まる。
好代が一分待つ。
押す。
変わらない。
傷は消えていない。
でも進んでもいない。
「……解決、ですか?」
万寿が首を傾ける。
「何を解決したかったの?」
好代は答えず、Aの紙を見る。
《傷みを解決する》
その下へ書く。
《傷を含め、現状態を保持》
B。
輪廻が果実を持ち上げる。
「こっちは食べられるようにすればいい?」
好代はすぐ頷きかけた。
Aを見る。
「……待ってください」
「うん」
「元と同じに直す、じゃなくて、食べられる状態にする、でお願いします」
「同じじゃなくていい?」
「はい」
輪廻は傷を開く。
傷んだ部分を切る。
別の果実の可食部を、小さく継ぐ。
皮の赤が少し違う。
右側に薄い縫い目が残る。
重さを測る。
百四グラム。
「二グラム増えました」
「増えたね」
「食べられます?」
「食べられるよ」
Bの紙へ書く。
《可食状態へ更新》
《継ぎ目あり》
最初に書いた《傷みを解決する》の文字が、急に雑に見えた。
C。
懺悔が果実を持つ。
「傷んだところ、なくす?」
「できます?」
懺悔はもう一度匂いを嗅ぐ。
「これ、罪じゃないよ」
「はい」
「苦しんでないし」
「はい」
「わたしが食べたら、別のものを食べることにならない?」
好代はCの札を見る。
《除去》
能力に合わせるなら、傷を罪や苦しみと呼べばいい。
そうすれば三つの実験はきれいに揃う。
好代は札を裏返した。
「やめます」
「わたし、やらなくていい?」
「はい。これを懺悔ちゃんの対象だったことにしたくないです」
懺悔はすぐ果実を返した。
「じゃ、どうする?」
好代は流しへ持っていく。
洗う。
包丁を出す。
傷んだ部分を切る。
捨てる。
残りを一口。
甘い。
少し酸っぱい。
二口。
普通の果実だった。
「食べちゃった」
輪廻が言う。
「はい」
「もう比べられないね」
好代は空になった皿を見る。
「そうですね」
少し惜しい。
でも、比較のために果実を嘘の対象へ変えるよりはよかった。
三枚の紙を並べ直す。
A。
《傷を含め、現状態を保持》
B。
《可食状態へ更新/継ぎ目あり》
C。
《傷部を切除/残部を摂取》
好代は三枚の一番上を見る。
全部に残っている。
《傷みを解決する》
「これ、違いますね」
万寿が聞く。
「何が?」
「最初に書いた目的です」
好代はAを指す。
「これは傷みを止めた」
B。
「これは食べられるように変えた」
C。
「これは傷んだところを捨てて、残りを食べた」
輪廻が笑う。
「三つとも解決じゃない?」
「そう言えます。でも」
好代は《成功》と書いた欄を作る。
A。
丸を付けようとする。
止まる。
「何に成功したか、先に決めてなかったです」
Bにも丸を付けない。
Cにも。
万寿がAを見る。
「残したかったなら、これは成功ね」
輪廻がBを見る。
「今日食べられる形にしたかったなら、こっちも」
懺悔が空皿を見る。
「好代ちゃん、食べたかった?」
「途中からは」
「じゃ、それも?」
好代は頷きかける。
やめる。
「でも、最初からそれを目的にしてたわけじゃないです」
《成功》の欄を消した。
「後から結果に合わせて、成功だったことにはしません」
三人は何も反対しなかった。
一時間後。
Aは変わらない。
Bも形を保っている。
Cはもう皿の上にない。
好代の腹の中にある。
三つは最初、同じ重さだった。
同じ傷だった。
同じ皿に載っていた。
でも処理した後は、同じ場所に置く理由すらなくなった。
Aは万寿の保管へ。
Bは厨房へ。
輪廻が聞く。
「これ、試作に使える?」
「継ぎ目があるので、切ったら分かると思います」
「じゃ、分かるまま使おう」
Cの皿は洗浄機へ入れる。
水音。
三枚あった皿は二枚になる。
好代は最初の測定紙だけ残した。
《102g / 102g / 102g》
《3.2 / 3.2 / 3.2》
その下に書く。
《同条件だったのは、処理前まで》
翌朝。
レジ横に、見覚えのない注文票が一枚あった。
商品名も、宛先も、金額もなかった。
好代は前日の紙を見た。
《何に成功したか、先に決めていなかった》
それから注文票を見る。
《届けてください》
今度は、何を成功と呼べばいいのかさえ書いていなかった。




