↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/69

第22話「出さない」


「おすすめ、決めてもらえますか」


昼十二時七分。


女性客がメニューを閉じた。


「何でもいいんですけど、選べなくて」


後ろに三人。


一人目は腕時計を見る。

二人目は子どもの手を握っている。

三人目は入口の外まで半歩出ている。


好代はレジの時計を見た。


決められる。


たぶん、早く。


女性の指は右ページへ三回戻った。

視線は写真の左下で長く止まる。

息を吸う時だけ、辛味表示から目が離れる。


今日食べたバーガーの感覚がまだ身体にある。

少し深く寄せれば、もっと拾えそうだった。


何を怖がっているか。

何を選びそうか。


好代は視線をメニューへ戻した。


「アレルギーありますか?」


「ないです」


「量は、しっかりと軽めなら?」


「軽め」


「辛いものは?」


「苦手です」


「持ち帰りですか?」


「はい。二十分くらい歩きます」


好代は二つへ指を置いた。


「条件だけなら、この二つです」


片方は冷めても崩れにくい。

もう片方は野菜が多く、少し軽い。


女性はまた迷う。


後ろで時計のベルトが鳴った。


「どっちがいいですか?」


好代は一瞬だけ女性を見る。


自分なら左。

女性の目は右へ行く。


右を欲しがっている、と言えば早い。

でも、それは好代の読みだった。


「私は左が好きです」


女性が顔を上げる。


「左?」


「はい。冷めても食べやすいので。ただ、野菜が多いのは右です」


「じゃあ……右にします」


好代の予想とは違った。


「右ですね」


注文を通す。


十二時九分。


二分かかった。


後ろの客へ頭を下げる。


「お待たせしました」


腕時計の客は人気商品を聞いて十秒で決めた。


子ども連れは、注文前に母親が言った。


「卵が入ってないもの、ありますか」


好代はすぐ成分表を開く。


これは聞く。

これは見る。

待たせても確認する。


三人目は「一番早いやつ」と言った。


調理時間だけ確認して答えた。


四人とも、必要な情報が違った。


昼の波が切れたあと、世達がレジへ来た。


「十二時七分の対応、通常より長かったですね」


「二分です」


「後続三名に待機が発生しています」


「はい。すみません」


「謝罪要求ではありません。理由を確認します」


好代は女性が触っていたメニューを見る。


「もっと早く決められたと思います」


「方法がありますか?」


「たぶん」


「使用しなかった?」


「はい」


「理由は?」


好代は言葉を探す。


「私が分かった気になったものを、お客さんが欲しいものとして出しそうだったので」


世達はペンを止める。


「取得そのものより、提示時の混同ですか?」


「それもあります。知らなくていいところまで知りそうなのも」


「業務上必要な情報との境界は定義できますか?」


「今は無理です」


世達は記録欄を一つ空けた。


「では固定手順にはしません」


「でも、二分かかってます」


「はい」


「混んでる時も同じでいいですか?」


世達は列の消えた入口を見る。


「待機時間も業務条件です」


好代は少し困る。


読まないことにも、値段がある。


「じゃあ、聞く数を減らすのは?」


「何を減らしますか?」


「お客さんが最初から言ってることは、聞き直さない。急いでるなら調理時間を先に聞く。アレルギーは省かない」


世達が記録する。


「試行しますか?」


「はい」


午後。


「僕に合うやつください」


男性客。


好代は時計を見る。


列はない。


「量と、苦手なものを聞いていいですか?」


「がっつり。酸っぱいの苦手」


「店内ですか?」


「はい」


三つまで絞る。


「この三つなら条件に合います。私は真ん中が好きです」


「じゃ、真ん中」


今回は好代の好みと客の選択が一致した。


でも、一致したから正しかったことにはしない。


次。


「時間ないです。五分で出る?」


好代は好みを聞かない。


調理時間だけで二つ出す。


次。


「初めてなんですけど、辛くないやつ」


量を聞く。

持ち帰りか聞く。

候補を出す。


午後は一人ごとに質問が変わった。


固定の四問にはならなかった。


夕方。


昼の女性が戻ってきた。


空の袋を畳んで持っている。


好代は少し身構える。


「何かありました?」


「いえ。おいしかったです」


「よかったです」


「でも、左も気になって」


女性は昼に好代が勧めた方を指す。


「次、これにします」


「はい」


「今日、右にしてよかった」


好代は笑う。


「じゃあ次は左ですね」


女性が帰る。


好代は昼の自分を思い出す。


右を選びそうだと思っていた。

実際に右を選んだ。


予想は当たった。


でも、だから読んで決めてよかった、とは思わなかった。


女性は自分で右を選んだ。


その違いは、結果だけ見れば消えてしまう。


閉店前。


秩序が接客記録を確認する。


「分類を作りますか?」


「何のですか?」


「取得してよい情報と、取得しない情報です」


好代は今日の客を思い返す。


アレルギー。

量。

辛さ。

持ち帰り時間。

調理時間。

急いでいるか。


全部、毎回必要だったわけではない。


「今は作らないです」


「理由を確認します」


「お客さんが何を決めたいかで、必要なことが変わるので」


秩序は頷く。


「では、質問項目ではなく目的を残します」


好代が見る。


秩序は一行だけ書いた。


《本人が注文を決めるために必要な情報を確認する》


好代は少し考える。


「これなら、いいと思います」


その下には欄を増やさない。


性格。

過去。

本当は何を欲しがっているか。


書ける場所を作らない。


最後の客が来る。


「おすすめあります?」


好代はメニューを開く。


「あります。今日、急いでますか?」


「いや、全然」


「じゃあ、苦手なものあります?」


客が答える。


好代は必要なところだけ聞く。


深く見れば、もっと早いかもしれない。


でも、出さない。


客の中にある答えを、好代の答えとして先に出さない。


注文は決まった。


翌朝。


厨房奥の棚の下から、好代だけが寒さを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。