第22話「出さない」
「おすすめ、決めてもらえますか」
昼十二時七分。
女性客がメニューを閉じた。
「何でもいいんですけど、選べなくて」
後ろに三人。
一人目は腕時計を見る。
二人目は子どもの手を握っている。
三人目は入口の外まで半歩出ている。
好代はレジの時計を見た。
決められる。
たぶん、早く。
女性の指は右ページへ三回戻った。
視線は写真の左下で長く止まる。
息を吸う時だけ、辛味表示から目が離れる。
今日食べたバーガーの感覚がまだ身体にある。
少し深く寄せれば、もっと拾えそうだった。
何を怖がっているか。
何を選びそうか。
好代は視線をメニューへ戻した。
「アレルギーありますか?」
「ないです」
「量は、しっかりと軽めなら?」
「軽め」
「辛いものは?」
「苦手です」
「持ち帰りですか?」
「はい。二十分くらい歩きます」
好代は二つへ指を置いた。
「条件だけなら、この二つです」
片方は冷めても崩れにくい。
もう片方は野菜が多く、少し軽い。
女性はまた迷う。
後ろで時計のベルトが鳴った。
「どっちがいいですか?」
好代は一瞬だけ女性を見る。
自分なら左。
女性の目は右へ行く。
右を欲しがっている、と言えば早い。
でも、それは好代の読みだった。
「私は左が好きです」
女性が顔を上げる。
「左?」
「はい。冷めても食べやすいので。ただ、野菜が多いのは右です」
「じゃあ……右にします」
好代の予想とは違った。
「右ですね」
注文を通す。
十二時九分。
二分かかった。
後ろの客へ頭を下げる。
「お待たせしました」
腕時計の客は人気商品を聞いて十秒で決めた。
子ども連れは、注文前に母親が言った。
「卵が入ってないもの、ありますか」
好代はすぐ成分表を開く。
これは聞く。
これは見る。
待たせても確認する。
三人目は「一番早いやつ」と言った。
調理時間だけ確認して答えた。
四人とも、必要な情報が違った。
昼の波が切れたあと、世達がレジへ来た。
「十二時七分の対応、通常より長かったですね」
「二分です」
「後続三名に待機が発生しています」
「はい。すみません」
「謝罪要求ではありません。理由を確認します」
好代は女性が触っていたメニューを見る。
「もっと早く決められたと思います」
「方法がありますか?」
「たぶん」
「使用しなかった?」
「はい」
「理由は?」
好代は言葉を探す。
「私が分かった気になったものを、お客さんが欲しいものとして出しそうだったので」
世達はペンを止める。
「取得そのものより、提示時の混同ですか?」
「それもあります。知らなくていいところまで知りそうなのも」
「業務上必要な情報との境界は定義できますか?」
「今は無理です」
世達は記録欄を一つ空けた。
「では固定手順にはしません」
「でも、二分かかってます」
「はい」
「混んでる時も同じでいいですか?」
世達は列の消えた入口を見る。
「待機時間も業務条件です」
好代は少し困る。
読まないことにも、値段がある。
「じゃあ、聞く数を減らすのは?」
「何を減らしますか?」
「お客さんが最初から言ってることは、聞き直さない。急いでるなら調理時間を先に聞く。アレルギーは省かない」
世達が記録する。
「試行しますか?」
「はい」
午後。
「僕に合うやつください」
男性客。
好代は時計を見る。
列はない。
「量と、苦手なものを聞いていいですか?」
「がっつり。酸っぱいの苦手」
「店内ですか?」
「はい」
三つまで絞る。
「この三つなら条件に合います。私は真ん中が好きです」
「じゃ、真ん中」
今回は好代の好みと客の選択が一致した。
でも、一致したから正しかったことにはしない。
次。
「時間ないです。五分で出る?」
好代は好みを聞かない。
調理時間だけで二つ出す。
次。
「初めてなんですけど、辛くないやつ」
量を聞く。
持ち帰りか聞く。
候補を出す。
午後は一人ごとに質問が変わった。
固定の四問にはならなかった。
夕方。
昼の女性が戻ってきた。
空の袋を畳んで持っている。
好代は少し身構える。
「何かありました?」
「いえ。おいしかったです」
「よかったです」
「でも、左も気になって」
女性は昼に好代が勧めた方を指す。
「次、これにします」
「はい」
「今日、右にしてよかった」
好代は笑う。
「じゃあ次は左ですね」
女性が帰る。
好代は昼の自分を思い出す。
右を選びそうだと思っていた。
実際に右を選んだ。
予想は当たった。
でも、だから読んで決めてよかった、とは思わなかった。
女性は自分で右を選んだ。
その違いは、結果だけ見れば消えてしまう。
閉店前。
秩序が接客記録を確認する。
「分類を作りますか?」
「何のですか?」
「取得してよい情報と、取得しない情報です」
好代は今日の客を思い返す。
アレルギー。
量。
辛さ。
持ち帰り時間。
調理時間。
急いでいるか。
全部、毎回必要だったわけではない。
「今は作らないです」
「理由を確認します」
「お客さんが何を決めたいかで、必要なことが変わるので」
秩序は頷く。
「では、質問項目ではなく目的を残します」
好代が見る。
秩序は一行だけ書いた。
《本人が注文を決めるために必要な情報を確認する》
好代は少し考える。
「これなら、いいと思います」
その下には欄を増やさない。
性格。
過去。
本当は何を欲しがっているか。
書ける場所を作らない。
最後の客が来る。
「おすすめあります?」
好代はメニューを開く。
「あります。今日、急いでますか?」
「いや、全然」
「じゃあ、苦手なものあります?」
客が答える。
好代は必要なところだけ聞く。
深く見れば、もっと早いかもしれない。
でも、出さない。
客の中にある答えを、好代の答えとして先に出さない。
注文は決まった。
翌朝。
厨房奥の棚の下から、好代だけが寒さを感じた。




