第16話「からっぽになる」
十三時十三分。
レジが止まった。
一台。
二台。
続いて、注文表示。
奥の搬送路。
冷蔵庫。
音が順番に消えた。
照明だけが点いている。
好代はレジのボタンを押す。
反応なし。
注文表示には十一件。
文字は残っている。
動かない。
「停電じゃないです」
世達が配電表示を確認する。
「電源供給は継続しています」
流焔が厨房の中央で鼻を鳴らした。
「止まり方が変だな」
「機械ですか?」
「機械だけなら、こんなに一緒に黙らねえだろ」
好代は目を細める。
今日は二個食べている。
動線。
継ぎ目。
普段は細い線が、停止した設備の間で太く黒ずんでいた。
レジから表示。
表示から厨房。
厨房から搬送路。
接続するところ全部に、何かが溜まっている。
「ここです」
好代は表示端末の下を指す。
「ここから奥まで、継ぎ目が詰まって見えます」
流焔が近づく。
端末には触れない。
手の甲を近づける。
「熱が逃げてねえ」
「熱?」
「温度だけじゃねえ。止まったものが、終われずに溜まってる感じがする」
好代には、その説明が完全には分からない。
でも黒い滞留は見える。
「どうします?」
「溜まってる方を壊す」
「壊したら、注文は?」
流焔は十一件を見る。
「知らねえ」
「残せます?」
「保証できねえ」
「じゃあ、まだ駄目です」
「なら先に拾えるもん拾え」
流焔は下がった。
好代は紙を取る。
「注文、写します」
世達が時刻を書く。
「十三時十六分。手作業退避を開始します」
一件目。
バーガー名。
追加ソース。
飲み物。
二件目。
ポテト変更。
受取番号。
三件目。
好代が半分まで書いたところで、画面が暗くなった。
「待って」
十一件が、一度に消えた。
黒い画面。
好代の紙には二件と半分。
客席には十一組。
注文を待っている。
誰が何を頼んだのか、もう全部は分からない。
世達が紙を見る。
「退避完了、二件。部分退避、一件」
数字にされると、失敗した量がはっきりする。
流焔が聞く。
「まだ守るもんあるか?」
好代は黒い画面を見る。
注文内容は、もうそこにはない。
冷蔵庫の中身は別系統で記録がある。
レジの会計履歴も外側へ退避済み。
搬送路には人はいない。
「今止まってるものの中には、もうないです」
「ならやるぞ」
好代は一度、客席を見る。
十一組。
「お願いします」
流焔が端末の前へ立つ。
炎は出なかった。
最初に来たのは熱だった。
表示端末の縁が、一瞬だけ陽炎みたいに歪む。
床下で、ぱき、と何かが割れる。
好代に見えていた黒い滞留が縮む。
流焔は手を横へ動かす。
レジ。
冷蔵庫。
搬送路。
接続部に溜まった黒が、乾いて割れるみたいに途切れていく。
焦げ臭さはない。
煙もない。
機械そのものを燃やしているようには見えない。
「何してるんですか」
好代が聞く。
「止まったまま残ってる方を、終わらせてる」
「それで動く?」
「動くかは機械に聞け」
最後の黒い線が切れた。
店の半分が、本当にからっぽになったように静かになる。
流焔が手を下ろす。
「ここまで」
何も動かない。
一秒。
二秒。
三秒。
好代の喉が乾く。
レジのファンが回った。
次に冷蔵庫。
搬送路。
注文表示。
設備が、自分で起動していく。
十三時二十七分。
画面が点いた。
《注文なし》
十一件は戻らない。
好代は息を吐く。
「動きました」
「ああ」
「戻ってないです」
「そりゃ私が戻したわけじゃねえからな」
流焔は画面を見る。
「止まってたもんを終わらせただけだ」
好代は《注文なし》を見る。
同じ設備。
同じ場所。
でも十三時十三分の店ではない。
世達が客席へ出る。
「注文情報の一部が失われました。再確認をお願いします」
好代も紙を持つ。
十一組を一つずつ回る。
「すみません。もう一度、注文を確認させてください」
怒る人がいる。
笑う人もいる。
「さっきと同じで」と言う人。
レシートを見せてくれる人。
自分でも忘れて、一緒に考える人。
九組目。
男性がメニューを見る。
「さっき、チーズの方でしたよね」
好代が、残った紙の端を確認する。
男性は首を振る。
「待ってる間に、こっち食べたくなった」
指したのは別の商品だった。
好代は一瞬だけ紙を見る。
十三時十六分の記録には、確かにチーズ。
今は違う。
「分かりました。こちらで取り直します」
古い注文を復元するために、今の客を戻す必要はない。
新しい注文を書く。
最後の十一組目まで終える。
厨房が再び動き始める。
さっきまで止まっていた搬送路へ、新しいトレーが流れる。
十五時過ぎ。
好代の腹が鳴った。
ぎゅるるる。
黒ではない。
今度は、好代の視界の線が薄くなる。
継ぎ目。
動線。
食べて得た二つが、ほどけていく。
「私のも終わります」
流焔が見る。
「そっちは、さっきみたいにはいかねえぞ」
「明日また同じの食べたら?」
「同じになるのか?」
好代は答えかける。
能力なら、似たものは出ると思う。
でも今日見た黒い滞留。
二件半しか救えなかった紙。
怒った客。
笑った客。
注文を変えた人。
それまで明日の身体に戻るわけではない。
「……能力は、たぶん」
線が一本消える。
「今日のこれは、戻らないです」
流焔が少し笑う。
「戻らねえ方が多いだろ」
好代は自分の腹を見る。
また食べれば、また使える。
だから同じ。
そう思っていた。
今は少し違う。
閉店後。
注文表示に新しい癖が残った。
注文が入る。
一瞬だけ、
《注文なし》
一秒。
それから内容が表示される。
修理前にはなかった間。
世達が端末を見る。
「再調整しますか?」
好代は答える前に、一件注文を入れてみる。
《注文なし》
一秒。
表示。
業務上は通る。
「今日は、このままでいいと思います」
「理由は?」
「動いてるから、だけじゃなくて」
好代は昼の紙を持ち上げる。
二件と半分の退避記録。
その後、聞き直した十一件。
「前と同じじゃないことが、今は分かるので」
世達は記録する。
《機能:復旧》
好代がその下を指す。
「これもお願いします」
《状態:同一ではない》
紙の注文を束ねる。
捨てようとして、止める。
全部を永久保存する理由はない。
でも今日すぐ捨てる理由もない。
日付を書く。
端末の横へ置く。
明日は休みだった。
黄色い試作の残り半分にも、明日までの期限がある。
好代は冷蔵庫を開ける。
《本人予約》
自分の名前。
「明日、どうしよう」
仕事の予定はない。
でも、食べる予定は自分で決められる。
冷蔵庫を閉じた。




