第15話「六個目」
五個目を食べれば、十三分縮む。
世達が出した数字だった。
閉店前の配送票、十一枚。
補充待ち、四箱。
客席の端末、一台停止。
好代は今日、もう四個食べている。
動線。
残数。
継ぎ目。
声の取りこぼし。
全部、仕事に使っていた。
腹は空いていない。
むしろ少し重い。
「五つ目を使いますか?」
世達が聞く。
小さな包みが一つ、作業台にある。
配送経路の混雑を見るためのもの。
「使えば十三分なんですよね」
「現時点の配送票では」
「使わなかったら?」
「期限内には処理できます。余裕が減ります」
好代は少し考える。
絶対に必要ではない。
でも、十一件を抱えたまま余裕を削る理由もない。
「食べます」
包みを開ける。
半分ほど食べたところで、胃が押し返す感じがした。
止める。
水を一口。
痛みはない。
吐き気もない。
ただ、もう入っている。
「残しますか?」
世達が聞く。
好代は残りを見る。
能力はもう立ち上がっていた。
床に細い線。
三番と七番の経路が交差する。
「能力は出ました」
「摂取量は?」
「半分ちょっとです」
「追加摂取は必要ですか?」
線を見る。
今の仕事には足りる。
「いらないです」
残りを閉じる。
五個目を、全部食べる必要はなかった。
世達が配送順を組み替える。
「三番と七番を入れ替えます。十二分から十四分の短縮見込みです」
「十三分じゃなくなった」
「実測前ですので」
好代は笑う。
「そういうところ、ちゃんとしてますね」
仕事が動く。
十一枚。
八枚。
五枚。
その間も、好代は冷蔵庫の端を何度か見た。
黄色い印。
《本日試作》
朝から気になっている。
業務用途はない。
能力も分からない。
匂いだけは、好きだった。
焼いたバンズの甘さ。
酸味。
最後に少し焦げたような香り。
一時間後。
配送票は二枚。
補充は二箱まで終わった。
端末も復旧した。
世達が処理表を見る。
「残件は引き取れます」
「私、抜けても大丈夫ですか」
「業務上は」
好代は冷蔵庫を開ける。
黄色い包みを持つ。
「じゃあ、これ食べたいです」
世達が好代ではなく、包みを見る。
「業務用途ですか?」
「ないです」
「本日五種類目の摂取後です」
「はい」
「胃の重さは?」
「あります」
「追加摂取を勧めません」
好代は包みを持ったまま止まる。
食べたい。
仕事は終わりに近い。
食べなくても誰も困らない。
だからこそ、仕事の必要性を理由にできない。
「摩天さんにも聞いてきます」
「安全判定を移譲しますか?」
好代は一歩出て、止まった。
「……違いますね」
世達を見る。
「私が食べたいんだから、私が決めるところですね」
「身体状態の情報は提供できます」
「お願いします」
世達は今日の摂取時刻と量を確認する。
四個。
五個目は半分強。
直近の食事。
水分。
過去の五個超過時の不調。
数字を読み上げる。
結論だけは言わない。
好代は自分の腹へ手を当てる。
六話で、六個目の先まで押した時のことを思い出す。
喉。
胃。
吐いた後の空っぽ。
あれをもう一度やりたいわけではない。
黄色い試作は食べたい。
二つは別だった。
摩天が通りかかる。
「何してる」
「六個目を食べるか考えてます」
摩天は好代の腹を見る。
「腹は」
「重いです」
「なら食うな」
「食べたいんですけど」
「今全部食う理由になるか?」
好代は包みを見る。
「ならないです」
「じゃあ全部食うな」
摩天はそれだけ言って通り過ぎる。
好代は包みを開いた。
世達が見る。
「摂取しますか?」
「半分より少なくします」
「中止条件を決めてください」
好代は考える。
「胃が今より重くなったら止めます。吐き気が出ても止めます。能力が出ても、それを理由に追加しません」
「記録します」
一口。
塩。
噛む。
甘い。
飲み込む。
最後に、少し苦い。
「……好きです、これ」
もう一口食べたい。
腹は少し重くなった。
好代は包みを閉じた。
世達が時計を見る。
「中止条件です」
「はい」
好代は名残惜しく包みを見る。
でも、開け直さない。
能力は出ない。
視界も変わらない。
口の中に、最後の苦みだけ残っている。
摩天が戻ってくる。
「どうだった」
「好きでした」
「ならよかったな」
「残り、食べたいです」
「今か?」
「……明日でもいいです」
言ってから、好代は自分で少し驚いた。
食べたいものを残す。
六話では、食べられるだけ食べたかった。
今日は、食べたいから残す。
世達が包みを受け取る。
「廃棄時刻を設定します」
「明日まで持ちます?」
「保存条件を確認します」
冷蔵。
期限。
再加熱の可否。
好代は横で待つ。
「明日十五時まで」
「明日、私休みです」
「では本人不在時の廃棄判断が必要です」
好代は少し考える。
「私、来るかもしれません」
「勤務予定はありません」
「食べに」
世達のペンが止まる。
「来店予定ですか?」
「予定ってほどじゃないです。でも、食べたくなったら来ます」
世達は確認表の余白を見る。
そこへ小さく書く。
《本人予約》
その下。
《好代/明日15:00まで》
「期限までは廃棄対象から外します」
「ありがとうございます」
「来店しなかった場合は廃棄します」
「はい」
「連絡は?」
好代は少し考えて、首を振る。
「いらないです」
「理由は?」
「明日の私が食べたいかは、明日決めたいので」
世達が一拍置く。
「了解しました」
翌朝。
好代は休みだった。
目覚ましを止める。
二度寝できる。
冷蔵庫には、自分の朝食もある。
それなのに、昨日の黄色い包みを思い出した。
味。
塩。
甘さ。
最後の苦み。
能力は何も出なかった。
だから確かめる必要もない。
好代は布団の中で十分ほど迷った。
それから起きた。
仕事へ行く支度ではない服を着た。




