第9話 古代の石板
石板を大切に袋へしまうと、レオンはもう一度、静まり返った部屋を見回した。
先ほどまで激しい戦いが繰り広げられていたとは思えないほど、そこには静寂だけが流れている。
中央では、星の番人が片膝をついたまま動かない。
青白く輝いていた瞳からも光は消え、まるで長い眠りについた石像のようだった。
「本当に……終わったんだな。」
緊張の糸が切れ、レオンはゆっくりと息を吐く。
全身が重い。
木の盾には大剣を受けた深い傷が残り、鉄の短剣も刃こぼれしていた。
腕や足には打ち身がいくつもあり、服は砂埃で汚れている。
「帰ったら、父さんに手入れの仕方を教えてもらわないとな。」
短剣を眺めながら苦笑した。
武器も防具も、使えば傷付く。
それを長く使うには、手入れも必要なのだろう。
レオンは祭壇の周囲をゆっくり歩き始めた。
他にも何か残されていないか確かめるためだ。
壁一面には、古い壁画が刻まれている。
長い年月で風化しているものの、人物や建物らしきものは辛うじて判別できた。
「これは……町?」
大きな城。
その周囲に広がる街並み。
市場らしき場所には、多くの人々が集まっている。
その中心に描かれているのは、一人の人物。
石板に刻まれていた人物と、よく似た服装をしていた。
手には、一冊の本。
その周囲には、剣や槍、杖、弓、防具、薬草まで、様々な品々が宙へ浮かんでいる。
「ガチャ師……?」
思わず声が漏れる。
だが、今の世界で語られるガチャ師とはまるで違う。
誰も笑っていない。
誰も見下していない。
むしろ、人々はその人物へ感謝するように両手を合わせていた。
「昔は、本当に違う職業だったのか……。」
壁画の下には古代文字が並んでいる。
石板と同じ文字だ。
読めない。
それでも、一つだけ見覚えのある紋章があった。
星。
ガチャ画面にも表示される、あの星とよく似た紋章。
その瞬間。
胸ポケットの幸運の羅針盤が、小さく震えた。
カチッ。
「……?」
取り出してみる。
針は祭壇でも壁画でもない。
部屋の出口を静かに指していた。
「もう、ここには何もないってことか。」
レオンは小さく笑う。
まるで『次へ進め』と背中を押されているようだった。
最後にもう一度だけ部屋を見渡す。
星の番人へ軽く一礼し、ゆっくりと出口へ向かって歩き始める。
この洞窟で得たものは大きい。
運命ポイント。
幸運の羅針盤の力。
そして、ガチャ師にまつわる謎。
どれも、この先の冒険へつながる大きな一歩になる気がしていた。
石造りの通路を、レオンはゆっくりと引き返した。
来る時には気付かなかった壁の傷や、湿った岩肌が目に入る。
戦いを終えた今だからこそ、周囲を見る余裕が生まれていた。
ケイブモールと戦った場所まで戻る。
岩肌には鋭い爪で削られた跡が残り、地面には戦いの激しさを物語る無数の傷が刻まれている。
「危なかったな……。」
思い返すだけで背中に汗がにじむ。
あの時、一歩でも判断を間違えていたら、自分がここを歩くことはなかっただろう。
胸ポケットへ手を当てる。
幸運の羅針盤は静かに村の方角を指していた。
「帰ろう。」
その導きに従い、レオンは洞窟を後にする。
◇ ◇ ◇
森へ出ると、夕暮れの風が頬を優しくなでた。
赤く染まり始めた空を見上げ、レオンは大きく息を吸い込む。
洞窟の冷たい空気とは違う、草木の匂いが胸いっぱいに広がった。
「やっぱり外は落ち着くな。」
自然と笑みがこぼれる。
袋の中には、古代の石板。
回復薬。
魔石。
銀貨。
そして、胸の中には新しい疑問。
――ガチャ師とは、本当はどんな職業だったのか。
答えはまだ見つからない。
それでも、一歩だけ真実へ近付いた気がしていた。
◇ ◇ ◇
ベルン村へ着いた頃には、家々の煙突から夕食の支度をする煙が立ち上っていた。
家の扉を開けると、母がほっとした表情で振り返る。
「おかえり、レオン。」
「ただいま。」
その顔を見た瞬間、張り詰めていた気持ちが少しだけほどけた。
父も奥の椅子から立ち上がる。
レオンの木の盾を見るなり、苦笑した。
「ずいぶん派手にやったな。」
盾には深い傷が何本も残っている。
鉄の短剣も刃が欠けていた。
「強い魔物がいたんだ。」
「生きて帰ってきたなら十分だ。」
父はそう言うと、工具箱を持ってきた。
「食事の前に少し直しておこう。」
二人で並んで盾を磨く。
革紐を締め直し、木材のささくれを削る。
短剣も砥石へ当て、少しずつ刃を整えていく。
「武器は命を預ける相棒だ。」
父が静かに言う。
「強い武器ほど大事にしろ。手入れを怠れば、いざという時に裏切られる。」
レオンは真剣に頷いた。
「覚えておくよ。」
その言葉は、冒険者として初めて学ぶ大切な知識だった。
◇ ◇ ◇
夕食を終え、自室へ戻る。
ベッドへ腰を下ろすと、自然と手が宙へ伸びた。
半透明の画面が静かに現れる。
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無料10連
READY
運命ポイント 16Pt
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「今日も回せるんだよな。」
毎日無料十連。
それだけでも十分すごい。
指は自然と『START』へ伸びる。
だが、その寸前で止まった。
「……待て。」
画面を見つめる。
運命ポイント。
今日だけで大きく増えた数字。
「俺、ずっと『使うもの』だと思ってたけど……。」
誰かに教わったわけじゃない。
説明を読んだわけでもない。
ただ、勝手にそう思い込んでいただけだ。
「もしかして……。」
貯められるんじゃないか?
もし貯められるなら。
もっと集めたら何か変わるのか。
ゲームなら、一定数で新しい機能が解放されることは珍しくない。
このガチャも同じとは限らない。
でも――試す価値はある。
レオンは『START』からゆっくりと指を離した。
「明日は、回さずに様子を見てみよう。」
ガチャを引かない。
それもまた、一つの検証。
レオンは小さく笑うと画面を閉じ、静かにベッドへ横になった。
運命ポイントが、明日も消えずに残っていることを願いながら。
(第10話へ続く)
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今回も読んでいただき、ありがとうございました!
洞窟での冒険を終えたレオンは、新たな手がかりとともに村へ帰還しました。
次回は、運命ポイントを「貯める」という初めての検証が始まります。小さな発見が、大きな運命を動かすかもしれません。




