第64話 最強の証明
竜の寝息が、谷にゆっくりと響いていた。
焼け焦げた岩場の片隅に、レオンたちは火を起こした。
霜除けの携帯火床に、保温の携行鍋。スープの湯気が、ようやく戻ってきた静けさの中に溶けていく。
「……食え。」
アレスが、無言で椀をレオンの前に置いた。
全身に包帯を巻いたままの姿は痛々しいが、本人はけろりとしている。
「ありがとう。……リリアも、先に食べて。魔力、使い切っただろ。」
「うん。いただきます。」
リリアが、両手で椀を包んで、ほっと息をついた。
足元では、フェンが干し肉をかじっている。ミラはレオンの膝の上で、丸くなって目を閉じていた。羽根の先は、白いままだ。
三人と二匹。
竜の解放という大仕事を終えて、ようやく訪れた、穏やかな時間だった。
「さて。」
アレスが、椀を置いた。
「整理するぞ。さっきの話だ。」
レオンは、スープを飲み込んでから頷いた。
「ガチャ師は、他の職業のスキルも引ける、ってやつだな。」
「ああ。俺は、ずっとそれを疑っていた。」
アレスは、焚き火を見つめたまま続ける。
「王都の記録で、星を継ぐ者が最弱の烙印を押された経緯を読んだ時からだ。『最弱』と決められた職業の持ち主が、同時に『王が恐れた者』でもあった。辻褄が合わない。」
「最弱なのに、恐れる……。」
リリアが小さく呟く。
「そうだ。本当に弱いなら、恐れる必要も、わざわざ貶める必要もない。つまり、王が恐れたのは、この職業の本当の力だ。」
「それが、『何の職業のスキルでも引ける』ことだった、と。」
「可能性は高い。」
アレスは、レオンを見た。
「剣士のスキルも、魔導士のスキルも、聖職者の祈りも、勇者の技も。全部、ひとりの人間が集められるんだぞ。」
「うん。」
「普通の人間は、生まれた時の職業ひとつ分しか持てない。その限界を、お前だけが無視できる。」
「……改めて言われると、怖いな。」
「怖いと思えるなら、まだましだ。」
アレスは、少しだけ口元を緩めた。
「悪用すれば、国ひとつ落とせる。守りに使えば、誰にも負けない軍になる。古代の王が、それを恐れたのも分かる。」
しばらく、薪の爆ぜる音だけが響いた。
「だから、影も欲しがるんだね。」
リリアが言った。
「レオンの力を。そして、手甲を。」
「ああ。『環が閉じる時、扉は開く。開けるのは星を継ぐ者のみ』。扉が何なのかは分からないが、あいつは、扉の向こうにある何かに、この力が要ると考えているんだろう。」
「扉の向こう、か。」
レオンは、火を見つめた。
全ての力の源に触れる。
それが本当なら、扉の向こうにあるものは、その源そのものなのかもしれない。
「……まあ、今は考えても分からないな。」
レオンは、あっさりと言った。
「分からないことは、行ってから確かめればいい。」
アレスが、片眉を上げた。
「お前、本当に怖がってるのか。」
「怖いよ。ただ、それ以上に、ひとつ思ったことがあって。」
レオンは、真剣な顔で身を乗り出した。
「全部の職業のスキルが出るなら、スキルの図鑑、とんでもない数になるよな?」
「……は?」
「剣士系、魔導士系、盗賊系、神官系、弓兵系、錬金術師系、鍛冶師系、料理人系。それぞれに★1から★5まであって、重ねると進化して、組み合わせまで考えたら……。」
「待て。」
「しかも、まだ見たことない職業が、たくさんあるはずだ。賢者とか、竜騎士とか、召喚師とか、どうなんだろ。うわ、楽しみすぎる……!」
「レオン。」
アレスが、こめかみを押さえた。
「俺は今、国が傾く話をしていたんだが。」
「それはそれ、これはこれだよ。」
リリアが、くすくすと笑い出した。
「レオンらしいね。」
「らしい、で済ませていいのか……。」
アレスは、深い溜息をついた。
「……お前は、本当にぶれないな。」
「ぶれたら、ガチャが回せなくなるからな。」
レオンは、胸を張った。
「それに、俺が力に溺れる心配は、あんまりしなくていいと思う。やりたいのは、図鑑を埋めることだけだから。」
「そこだけは、信用できるな。」
アレスの口元に、はっきりと笑みが浮かんだ。
◇◆◇
「ただ、ひとつだけ決めておこう。」
レオンは、真面目な声に戻した。
「この力のことは、三人以外には言わない。」
「当然だ。」
「ギルドのドルンさんにも?」
リリアが尋ねた。
「ああ。信用してないわけじゃない。でも、知る人が増えるほど、どこかから漏れる可能性が上がる。」
「……分かった。」
リリアが頷く。
「私たちの間だけの秘密だね。」
「アレスも、いいか?」
「構わん。勇者として国に報告する義務はあるが、今は、そんな時期じゃない。」
アレスは、きっぱりと言った。
「ただし、条件がある。」
「条件?」
「無茶をするな。お前は、強くなれる。だが、今はまだ、育っている途中だ。」
アレスの視線が、レオンの掌に向けられる。
「さっきの浄化の光も、★1だろう。使い方を間違えれば、お前自身が危ない。」
「分かってる。」
「分かってるなら、いい。」
アレスは、少しだけ視線を逸らした。
「……俺も、お前の力がどこまで伸びるか、見てみたい。それだけだ。」
レオンは、その横顔を見た。
感傷を持たない、真面目な戦士の言葉だった。
けれど、それが一番信用できる気がした。
◇◆◇
「ねえ、レオン。」
リリアが、声を落とした。
「ポイント、百を超えたんでしょう?」
「ああ。105Ptだ。」
「じゃあ、SSRの確定ガチャが引けるね。」
「引けるな。」
レオンの目が、きらりと光った。
「……せっかくだ。この話の流れで引いてみたい。全職業のスキルが引ける、って話の、証明になるかもしれない。」
「証明?」
アレスが身を乗り出した。
「例えば、ここで、勇者のスキルが出たら?」
「……お前の職業のスキルがか?」
「ああ。そうなったら、もう言い逃れはできないだろ。」
「それは確かに、証明になるな。」
アレスは、腕を組んだ。
「面白い。やってみろ。」
レオンは、画面を開いた。
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運命ポイント 105Pt
SSR確定ガチャ 使用可能
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「SSR確定、実行。」
運命ポイントの数字が、100減って、5になる。
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【運命ポイント】
105Pt → 5Pt
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白い空間に、黒い本が浮かぶ。
本が開き、光が溢れ出す。
夜空に、一本の光の柱が立ち上った。
それは、白でも、青でも、金でもない。
七色に輝く、虹の柱。
「虹……!」
リリアが息を呑む。
アレスが、無意識に立ち上がっていた。
光の中から、一枚のカードが現れる。
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【NEW】
《スキルカード:不撓の鼓舞》(SSR)
仲間の心を奮い立たせ、体力と魔力の消耗を和らげる。
由来職業:勇者
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「……勇者の、スキル。」
アレスの声が、わずかに震えた。
「それは、俺の職業固有のスキルだ。……《不撓の鼓舞》。王国の勇者の家系に、伝わっている技だ。」
「本当か?」
「間違いない。俺自身、まだ会得途中だ。」
アレスは、呆然とカードを見つめた。
カードが光の粒になって、レオンの体へ溶けていく。
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【スキル習得】
《不撓の鼓舞》 ★1
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胸の奥に、静かな熱が灯った。
使い方が、頭に流れ込んでくる。
「試してみる。」
レオンは立ち上がり、息を整えた。
「不撓の鼓舞。」
淡い金色の光が、三人と二匹を包んだ。
重かった体が、ふっと軽くなる。
疲れが、完全に消えたわけではない。けれど、立ち上がる気力が、確かに湧いてくる。
「ワウッ!」
「ホゥ!」
フェンとミラも、目を丸くしていた。
「……これは。」
アレスが、自分の掌を見つめた。
「俺が使う時より、効果が穏やかだが、確かに、同じ技だ。」
「★1だからな。育てれば、もっと強くなるはずだ。」
「ふ……。」
アレスは、小さく笑った。
「勇者の技を、勇者でない者が使うか。……確かに、証明されたな。」
その声には、驚きと、わずかな感慨が混じっていた。
「ガチャ師は、最強の職だ。」
「そう言われると、照れるな。」
「照れるな。事実だ。」
アレスは、きっぱりと言った。
リリアが、そっとレオンの袖を引いた。
「レオン、ごめんね、一つだけ言わせて。」
「ん?」
「強くなるのはいいけど、私たちのこと、ちゃんと頼ってね。レオンが最強でも、ひとりで全部抱え込んだら、きっと、疲れちゃうから。」
優しい声だった。
レオンは、少し驚いてから、頷いた。
「分かった。ありがとう。」
「うん。」
リリアは、ふわりと微笑んだ。
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【スキル図鑑】
新規登録:不撓の鼓舞(勇者系・SSR)
「全職業のスキル」を確認 図鑑に新たな分類が追加されました
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「……分類が、増えた。」
レオンは、画面の表示を見て、思わず息を呑んだ。
スキル図鑑の画面に、新しい欄が、いくつも現れている。
剣士系、魔導士系、神官系、盗賊系、弓兵系、勇者系。
空欄のまま、静かに並んでいる。
「全部、これから埋まるのか……。」
胸の奥が、じわりと熱くなった。
恐怖でも、野心でもない。
ただ、純粋な、わくわくだった。
「レオン、顔が緩んでるぞ。」
「いや、だって、これは仕方ないだろ。」
レオンは、画面を睨みながら笑った。
「絶対に、全部、埋める。」
アレスが、呆れたように、けれど楽しげに肩をすくめる。
リリアは、嬉しそうに笑っていた。
◇◆◇
日が傾き、谷に薄闇が降りてきた頃。
焚き火の向こうで、竜の巨体が、もぞりと動いた。
「ん……?」
全員が、一斉にそちらを向く。
金色の瞳が、ゆっくりと開いていく。
「……よく眠った。」
地鳴りのような声が、谷に響いた。
「星を継ぐ者よ。」
竜は、長い首をもたげ、レオンを見つめた。
「話の続きを、しよう。……扉と、影の主と、お前が進むべき道について。」
レオンは、仲間たちと視線を交わした。
アレスが頷く。リリアが頷く。
「聞かせてくれ。」
レオンは、竜の前に、まっすぐ歩み出た。
(第65話へ続く)
【あとがき】
第64話を読んでいただき、ありがとうございました!
ガチャ師が「最強」と恐れられた理由を、レオンたちは確信しました。そして、SSR確定ガチャで引いたのは、アレスの職業である勇者のスキル《不撓の鼓舞》。これ以上ない証明になりました。
運命ポイントは105Ptから5Pt。SSR確定ガチャに100Pt消費しました。
次回、第65話は第5章の最終話「北の空の向こう」です。お楽しみに!




