第62話 竜との再戦・前編
夜明け前の谷は、凍てつくような静寂に包まれていた。
尾根の岩陰に伏せたまま、レオンは眼下の窪地を見下ろしていた。
黒く凍りついた岩場。その中央に横たわる、漆黒の竜。
観察眼が★3になった今、その姿は、昨日よりもずっと細かく見えた。
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【解析】
古の竜(拘束状態)
首の鎖は、四本の黒い杭に繋がれている
杭を壊すごとに、拘束は弱まる
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「杭が四本……。」
レオンは小さく呟いた。
竜を取り囲むように、黒い結晶の杭が、四方の岩場に深く突き刺さっている。そこから伸びた黒い糸が、竜の首の鎖へと繋がっていた。
「あの杭が、鎖を支えてる。壊せば、拘束は弱まるはずだ。」
「全部で四本か。」
隣で、アレスが低く言った。
「手分けして壊すより、順番に確実に壊したほうがいいな。」
「そうだな。」
レオンは頷いた。
「役割を、もう一度確認しよう。アレスは東側で魔物の群れを引きつける。派手に暴れてくれ。」
「任せろ。」
「リリアは、この尾根から風魔法で援護と、俺たちの回復を。」
「うん。無理はしないでね、二人とも。」
「ああ。俺とフェンは、気配を殺して谷へ降りて、杭を壊していく。」
「ワウ。」
フェンが小さく答える。
「ミラは、全体の動きを見て合図を頼む。」
「ホゥ。」
ミラが、レオンの肩から飛び立ち、尾根の岩の上に降り立った。
羽根の先は、白いまま。影は、まだ戻っていない。
「……行くぞ。」
アレスが、大剣を握り直した。
「合図は、ミラの鳴き声だ。三回鳴いたら、仕掛ける。」
「了解。」
レオンは、隠密に意識を向けた。
自分の気配が、すっと薄くなる。
フェンの毛並みに手を添えると、フェンの気配もまた、ふっと静まった。
「頼むぞ、相棒。」
「ワウ。」
二人は、そっと岩陰を滑り降りた。
◇◆◇
谷の斜面を、慎重に下っていく。
雪崩の跡が、あちこちに残っていた。
凍りついた魔物の骸、折れた木の枝、押し流された岩。
気配察知が、周囲の様子を細かく伝えてくる。
「……見張りが、四体。小さいやつだ。」
レオンは、収納鞄から、一つの鈴を取り出した。
獣除けの鈴。
以前、森で手に入れた、小型の魔物を遠ざけるSRアイテム。
音を立てないように、そっと魔力を流す。
澄んだ、けれど人の耳にはほとんど聞こえない音が、周囲に広がった。
見張りの雪鬼たちが、ぴくりと動いた。
怯えたように、後ずさる。
そのまま、散り散りに逃げ出していった。
「……よし。」
レオンは、小さく息を吐いた。
鈴が使えるのは、小型の魔物まで。大型の氷の獣には効かない。
だから、そっちはアレスの仕事だ。
最初の杭は、谷の南側にあった。
黒い結晶でできた杭が、岩場に深く打ち込まれている。
近づくと、空気が重く、冷たくなっていく。
「これが……。」
観察眼が、杭の内部の構造を映し出す。
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【解析】
呪縛の杭
弱点:星の力に反応する
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「星の力……。」
レオンは、右手の手甲を見た。
淡く光る星の紋様。
「やってみる。」
杭に、そっと手甲を押し当てる。
その瞬間、手甲が強く輝いた。
杭の黒い表面に、細かな亀裂が走る。
亀裂は、瞬く間に広がり、やがて杭全体が、音もなく砕け散った。
「……壊れた。」
その時、遠くの空に、ミラの鳴き声が響いた。
一声目。
レオンは、フェンと目を合わせた。
二声目。
三声目。
東の方角で、轟音が響き渡った。
「始まった!」
◇◆◇
東側の斜面では、アレスが、群れの先頭に斬り込んでいた。
大剣が閃くたび、魔物が弾き飛ばされる。
その巨体を、氷の巨獣が横から薙ぎ払おうとした。
「させるか!」
リリアの風の槍が、巨獣の脇腹を貫く。
アレスがその隙に踏み込み、一撃で首を断ち切った。
「ありがとう、リリア!」
「次、右から来るよ!」
尾根の上のリリアの声が、風に乗って響く。
魔物の群れは、アレスに向かって殺到していた。
影の統率はなくとも、侵入者を排除しろという命令だけは、まだ残っているらしい。
「数が多いな……!」
アレスが歯を食いしばる。
一本目の杭は壊れた。レオンとフェンは、今頃、二本目に向かっているはずだ。
それまで、この群れを一匹も谷の底へ行かせない。
アレスの口元が、わずかに引き締まった。
「ならば、こちらも、全力でいくぞ!」
大剣が、これまで以上の速さで振り抜かれた。
◇◆◇
谷の西側の杭は、竜の巨体に近い位置にあった。
レオンとフェンは、岩陰に身を伏せて、慎重に距離を詰めていく。
竜は、すぐそこにいた。
黒い鱗に覆われた巨体が、ゆっくりと上下している。
近くで見ると、その大きさに圧倒される。
喉元には、アレスがつけた傷。そして、その奥に、黒い鎖が脈打つように蠢いていた。
「まだ寝てる……?」
レオンは、息を殺した。
最初の杭が壊れたことで、拘束は少し弱まっているはずだ。
竜の瞼が、ぴくりと動いた気がした。
杭は、すぐ目の前だ。
レオンは、そっと手甲を伸ばした。
その時、背後で、フェンが低く唸った。
「ワウ……!」
「どうした!?」
振り返ると、岩陰の向こうから、氷の巨獣が一体、こちらに近づいてきていた。
アレスの網から漏れた個体が、気配に気づいたのだ。
「まずい……!」
レオンは、杭に手甲を叩きつけた。
黒い結晶が砕ける。
その音が、谷に響いた。
竜の瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
赤い瞳が、真っ直ぐに、レオンを見据えた。
「……っ。」
喉が、鳴った。
この距離で、竜と目が合っている。
竜の瞳が、レオンの手甲を見た。
そこに浮かんだのは、昨日と同じ、揺らぎのような光だった。
「頼む……。」
レオンは、手を差し出した。
「俺は、敵じゃない。お前を、解放したいんだ。」
竜が、低く喉を鳴らした。
その瞳が、迷うように揺れる。
けれど、次の瞬間。
竜の首の鎖が、ぎしりと軋んだ。
黒い糸が、竜の体を締め上げるように、光を放つ。
「グオオオオオオッ!」
苦悶の咆哮が、谷中に響き渡った。
竜の瞳が、赤く、濁った。
「しまっ……!」
竜が、翼を広げた。
巨体が、轟音とともに空へ舞い上がる。
烈風が、レオンとフェンを岩場に叩きつけた。
「くっ……!」
レオンは、岩にしがみついた。
空を覆う巨大な影。
竜は、谷の上空を旋回しながら、口を大きく開いた。
喉の奥で、橙色の光が膨れ上がっていく。
「炎が来る! フェン、伏せろ!」
次の瞬間、谷が、真っ赤に染まった。
灼熱の炎が、地面を舐めるように降り注ぐ。
「ワウッ!」
フェンが、レオンを咥えて、横へ跳んだ。
直前までいた岩場が、ごうごうと燃え上がる。
雪が、一瞬で蒸発した。
「ぐ……!」
熱風が、背中を焼く。
レオンは、風走りの靴に魔力を流し込んだ。
体が、ふわりと軽くなる。
「フェン、走れ! 残りの杭へ!」
「ワウッ!」
二人は、燃え上がる谷を駆け抜けた。
竜の影が、頭上を横切る。
炎が、また降り注ぐ。
その時、尾根の上から、リリアの声が響いた。
「ウィンドウォール!」
風の壁が、レオンの頭上に立ち上がり、炎を弾いた。
「リリア、助かった!」
レオンは叫びながら、三本目の杭を目指して走った。
あと二本。
竜は、苦しげに身をよじらせながら、なおも空を旋回している。
その時、レオンの目の前に、見慣れた表示が浮かんだ。
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【黒い杭の破壊(二本)】
+16Pt
【氷牙の巨獣・新種登録】
+5Pt
【今回の獲得】
+21Pt
【運命ポイント】
48Pt → 69Pt
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(……まだ、終わってない。)
レオンは、唇を噛んだ。
竜の咆哮が、再び谷に響き渡る。
空の竜が、ゆっくりと、こちらへ向きを変えた。
(第63話へ続く)
【あとがき】
第62話を読んでいただき、ありがとうございました!
竜を縛る黒い杭を、手甲の力で壊していくレオンたち。しかし、鎖が軋んだ瞬間、竜は再び理性を失い、炎の雨を降らせます。
運命ポイントは48Ptから69Pt。杭は、あと二本。
次回、第63話は竜との再戦・後編です。お楽しみに!




