第60話 喋る影
頭の中に響いた声が、尾根の空気を凍らせた。
「――見ツケタ。」
男の声と、女の声と、子供の声が、幾重にも重なった声。
尖塔の頂に立つ影が、ゆっくりと、片手を持ち上げた。
「退くぞ!」
アレスの叫びと同時に、整列していた魔物たちが、一斉にこちらを向いた。
無数の瞳が、赤く光る。
「ミラ、どっち!」
「ホゥッ!」
ミラが翼を広げ、来た道とは別の方角を示した。
その瞬間、レオンの足元の雪が、ふっと暗くなった。
顔を上げる。
数歩先の岩の上に、さっきまで尖塔の頂にいたはずの影が、静かに立っていた。
「……な……。」
距離は、数百歩はあったはずだ。
それなのに、影は、瞬きひとつの間に、ここにいた。
足元には、やはり、影すら落ちていない。
「ようやく会えたな。」
影の口が、ゆっくりと動いた。
先ほどまでの重なった声ではない。いくつもの声が、同時に、同じ言葉を紡いでいる。
「星を継ぐ者。扉の鍵。お前を、ずっと探していた。」
「俺を?」
レオンは、無意識に一歩下がった。
隣で、アレスが大剣を構えて、前に出る。
「それ以上、近づくな。」
「勇者か。」
影が、顔のない顔を、アレスに向けた。
「お前には用はない。……いや、あるか。」
影の口元が、薄く歪んだ。
「その男の力を、お前は知っているか。」
アレスの肩が、ぴくりと動いた。
「何の話だ。」
「その男が持つ力が、何であるか。……その男自身は、まだ知らない。」
影は、ゆっくりと、レオンの方へ顔を戻した。
「星を継ぐ者は、すべての力の源に触れる。……お前は、その意味を、まだ理解していない。」
「……っ。」
レオンの喉が鳴った。
氷の石版に刻まれていた、あの一文。
影は、それを知っている。
「お前は……何者だ。」
「我は、扉を開く者に仕える者。……名乗る必要はない。」
影が、一歩前に出た。
それだけで、足元の雪が、音もなく黒く染まっていく。
「手甲を渡せ。そして、共に来い。」
「断る。」
即答だった。
「俺は、お前の主人のところには行かない。」
「そうか。」
影は、少しも残念そうな様子を見せなかった。
「ならば、力ずくで連れて行くだけだ。」
影が、手を振り下ろした。
それを合図に、谷の底から、魔物たちの咆哮が一斉に響き渡った。
「来るぞ! 全員、構えろ!」
アレスが叫ぶ。
斜面の下から、霜牙ウルフの群れが、雪煙を巻き上げて駆け上がってくる。
その後ろに、氷鴉の黒い影。さらに奥には、見たこともない、氷の巨獣の姿。
「数が多すぎる……!」
リリアが杖を構えながら、唇を噛んだ。
その時、地面が、ずしんと揺れた。
谷の中央で、漆黒の巨体が、ゆっくりと身を起こしていた。
「竜が……!」
竜は、長い首をもたげ、赤い瞳でこちらを見た。
影が、竜に向かって、手を差し出す。
「起きろ。獲物を捕らえろ。」
竜は、動かなかった。
赤い瞳が、影ではなく、レオンの腕を見ている。
星継ぎの手甲が、袖の下で、かすかに青く光った。
竜の瞳が、揺れる。
それは、敵意でも、怒りでもない、不思議な光だった。
「……どうした。命令だ。」
影の声に、苛立ちが混じった。
竜は、低く唸っただけで、動こうとしない。
「今のうちに動くぞ!」
アレスが叫んだ。
「レオン、どうする!」
「待って、考える!」
レオンは必死に周囲を見渡した。
背後は切り立った崖。前方には魔物の群れと影。左右は、急な雪の斜面。
観察眼が、斜面の雪の層を映し出す。
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【解析】
不安定な積雪層
衝撃を与えれば、大規模な雪崩の恐れあり
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「……雪崩。」
レオンの目が、見開かれた。
「アレス、リリア! 右の斜面! あの雪の層を落とす!」
「雪崩を起こすのか!?」
「ああ! 群れの足を止める! 俺たちは、崖沿いを下って逃げる!」
「分かった!」
アレスが大剣を構え直す。
「リリア、風を!」
「うん!」
リリアが杖を掲げた。
「ウィンドランス!」
風の槍が、斜面の雪の層に突き刺さる。
一瞬の静寂。
次の瞬間、雪面に亀裂が走り、巨大な雪の塊が、轟音とともに滑り落ち始めた。
「ワウッ!」
「走れ!」
フェンがリリアの襟首を咥えて、背中に放り投げる。
レオンとアレスも、フェンの背に飛び乗り、崖沿いの細い道へ駆け出した。
背後で、雪崩が魔物の群れを飲み込んでいく。
悲鳴と咆哮が、雪煙の向こうに消えた。
振り返ると、影が、雪崩の縁に立っていた。
影は、動かなかった。
ただ、顔のない顔を、レオンに向けている。
「――逃ゲロ。」
重なった声が、頭に響いた。
「ダガ、無駄ダ。環ハ、閉ジル。」
「……。」
「西ノ果テデ、待ッテイル。」
その言葉を最後に、影の姿が、雪煙の中に溶けて消えた。
竜の咆哮が、遠くで長く響き渡った。
◇◆◇
どれだけ走ったのか、分からなかった。
日が沈み、あたりが完全に闇に包まれた頃、ようやく足を止めた。
岩壁の裂け目に、人が数人入れるほどの洞窟を見つけて、転がり込むように身を隠す。
「……はぁ……はぁ……。」
全員、息が上がっていた。
「みんな、怪我は?」
「大丈夫。」
「俺も、問題ない。」
アレスが、荒い息の合間に答える。
「ワウ。」
「ホゥ。」
フェンもミラも、無事だった。
レオンは、洞窟の壁にもたれて、ずるずると座り込んだ。
「……なんとか、逃げ切ったな。」
「雪崩で、しばらく追ってこられないだろう。」
アレスは、剣を地面に突き立てた。
「だが、あいつは、俺たちの居場所をいつでも見つけられる。」
「ああ。」
レオンは、胸の奥に、重いものが沈んでいくのを感じていた。
その時、目の前に、見慣れた表示が浮かんだ。
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【影の使い(正体不明)・遭遇】
+10Pt
【雪崩による群れの足止め】
+3Pt
【今回の獲得】
+13Pt
【運命ポイント】
29Pt → 42Pt
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(42……か。)
ポイントが増えても、喜ぶ気にはなれなかった。
洞窟の外では、風の音だけが響いている。
「……レオン。」
アレスが、静かに口を開いた。
「あの影の言ったことは、本当か。」
「何が?」
「お前の力が、『すべての力の源』に触れるとかいう話だ。」
「分からない。」
レオンは、正直に答えた。
「俺自身も、まだ何も分かってない。……ただ、あいつは、俺が知らないことを、知ってる。」
「そうか。」
アレスは、短く息を吐いた。
「ならば、先に知るしかないな。あいつより先に。」
「ああ。」
レオンは、手甲に触れた。
淡く、青い光が、指先を照らす。
「西ノ果テ、か。」
「ミラの星図に出た、あの点だな。」
「たぶん。」
影は、自分たちを誘っている。
それでも、行かなければならない。
環が閉じる前に。扉が開く前に。
レオンは、洞窟の闇を見つめながら、拳を握りしめた。
どんなに状況が悪くても、この時間だけは変わらない。
レオンは、洞窟の奥の暗がりで、静かに画面を開いた。
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無料10連
READY
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白い空間に、黒い本が浮かぶ。
夜空に十本の光の柱が立ち上る。
白、白、白、青、白、白、白、青、白、白。
「Rが二つ。」
光が収まり、カードが姿を現す。
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【NEW】
《スキルカード:隠密》(R)
自分の気配を薄くして、敵に気づかれにくくする。
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【スキル習得】
《隠密》 ★1
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「……今、一番欲しいやつだ。」
レオンは思わず苦笑した。
影に居場所を見つけられた直後に、気配を消すスキルが出るとは。
もう一枚は《煙玉》(R)。投げると、濃い煙を吐き出して視界を奪う、逃走用の道具だった。
「ガチャは、本当に空気を読むな。」
小さく呟いてから、画面を閉じる。
洞窟の入口では、ミラの羽根の先が、静かに赤みを帯びていた。
(第61話へ続く)
【あとがき】
第60話を読んでいただき、ありがとうございました!
ついに言葉を交わした、顔のない影。レオンの力について何かを知っている様子と、「西ノ果テデ、待ッテイル」という不穏な言葉を残して消えました。
そして、手甲を見つめて動かなかった竜。その瞳に宿った不思議な光の正体は、これから少しずつ明らかになっていきます。
運命ポイントは29Ptから42Pt。夜の無料10連では、スキル《隠密》も習得しました。
次回、第61話もお楽しみに!




