第56話 凍てつく番人
氷の扉が開ききった瞬間、冷気が一気に吹き抜けた。
扉の向こうは、円形の広間だった。
天井は高く、鋭い氷柱が無数に垂れ下がっている。床には、淡く光る星の紋様が、円を描くように刻まれていた。
そして、その中央に――それは、立っていた。
氷でできた、巨大な人型。
背丈はアレスの倍以上。丸太のような両腕、岩のような肩。胸元には、鈍く青く光る星の紋章が埋め込まれている。
「……でかいな。」
アレスが低く呟いた。
番人の瞳のない顔が、ゆっくりとこちらを向く。
古代の言葉のような、低い響きが、広間に染み渡った。
「――力ヲ、示セ。」
「やっぱり、試すつもりか。」
レオンは念のため、星継ぎの手甲に魔力を込めた。
石の番人たちを鎮めた時のように、心の奥へ呼びかける。
「止まれ。」
だが、番人は微動だにしなかった。
手甲の星の紋様が、わずかに明滅しただけだった。
「……効かない。」
「同調、できないの?」
リリアが不安げに尋ねる。
「違う。向こうが、拒んでる感じだ。力で認めさせろ、ってことだと思う。」
アレスが、口の端をわずかに吊り上げた。
「分かりやすくていい。」
ぎしり、と氷の関節が軋む音が響く。
レオンは、改めて片眼鏡に魔力を込めた。
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【解析】
氷の番人
危険度 ★★★★★
氷の身体は、損傷しても床の氷を取り込んで再生する
核は体内を移動する
弱点:核(現在位置:胸部)
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「再生する。それに、核が体の中を動き回る。」
「面倒な相手だな。」
「でも、核を壊せば止まる。今は胸にある。」
「分かった。」
アレスが大剣を構えた。
「行くぞ。」
番人が、ゆっくりと腕を振り上げた。
その動きは、見た目に反して、速かった。
「散開!」
レオンの声と同時に、三人と一匹が、それぞれの方向へ跳ぶ。
氷の腕が、さっきまで立っていた場所を叩き潰した。
轟音とともに、床の氷が砕け散る。
「くっ……!」
飛び散る氷片が、頬をかすめた。
「ウィンドカッター!」
リリアの風の刃が、番人の脇腹を削る。
氷の破片が舞ったが、すぐに床から氷が這い上がり、傷口が塞がっていく。
「やっぱり、再生が早い……!」
「正面から削るだけじゃ、終わらない。」
アレスが踏み込み、大剣を振り抜いた。
番人の左腕が、肘から先ごと砕け散る。
だが、床の紋様が光り、新しい腕が、あっという間に生えてきた。
「厄介だな。」
「核の位置は!」
「今、肩に移動した! ……また動いた、腰だ!」
レオンは観察眼と気配察知を同時に働かせた。
体の中を、青い光の塊が、ふわりふわりと移動している。
アレスが胸を砕いても、その時には、核はもう別の場所に逃げている。
「再生と、核の移動。この二つを同時に止めないと、勝てない。」
レオンは広間の床を見回した。
番人の足元から、床の星の紋様が、淡く光っている。
その光が、番人の体へ氷を流し込んでいるように見えた。
「床だ。床の紋様が、再生の源になってる。」
「どうする。床ごと壊すか?」
「それは無理だ。広すぎる。」
レオンは、収納鞄に手を入れた。
「でも、これなら。」
取り出したのは、二日前の夜に手に入れた《霜除けの携帯火床》だった。
「雪の中でも消えにくい、小型の火床。……氷を、溶かせるかもしれない。」
「そんなもので、足りるのか?」
「足元の紋様を、一箇所でも潰せれば、そこから再生はできなくなる。」
レオンは頷いた。
「リリア、少しの間、番人の注意を引いてくれ。アレスは、腕の再生を封じるために、腕ばかり狙ってほしい。」
「了解。」
「うん、分かった。」
リリアが杖を掲げ、広間の端へ駆け出した。
「こっちだよ! ウィンドランス!」
風の槍が、番人の背中に突き刺さる。
番人が、ゆっくりとリリアの方へ向きを変えた。
「今だ、フェン!」
「ワウッ!」
フェンが《導きの遠吠え》を響かせた。
番人の体の中で、動き回る核が、青白く浮かび上がって見える。
「見えた……! アレス、今は右の太腿だ!」
「分かった!」
アレスの大剣が、右脚を斬り砕く。
番人の体が、がくりと傾いた。
その隙に、レオンは番人の足元へ滑り込んだ。
床の星の紋様に、携帯火床を押し当てる。
魔石に魔力を流し込むと、小さな火床が、赤々と燃え上がった。
紋様の氷が、じわじわと溶け始める。
「いけ……!」
光が、ふっと弱まった。
床からの氷の供給が、途切れた。
「再生が止まった! 今だ、アレス!」
「任せろ!」
アレスが、渾身の力で踏み込んだ。
斬り砕かれた右脚の傷が、そのまま塞がらない。
番人の体が、大きくぐらつく。
「核は……胸に戻ってる!」
レオンは叫んだ。
再生を失った氷の体の中で、核は逃げ場を失い、胸の奥で、青く激しく脈打っていた。
「ここだ、アレス!」
「分かってる!」
アレスの大剣が、番人の胸に叩き込まれる。
氷の装甲が砕け、中から、青く輝く星の紋章が姿を現した。
「ワウッ!」
フェンが跳び上がり、紋章へ牙を立てる。
リリアの風の槍が、最後の一押しを加えた。
パキン、と澄んだ音が、広間に響き渡る。
紋章が、砕けた。
番人の巨体が、ゆっくりと崩れ始める。
氷が光の粒となって、天井へと昇っていく。
その中で、番人の顔が、ほんのわずかに、微笑んだように見えた。
「――星ノ継ギ手ヨ。道ハ、続ク。」
低い声が、そう告げて消えた。
静寂が、広間を満たす。
「……終わった、か。」
アレスが大剣を下ろし、肩で息をした。
「ああ。」
レオンは、荒い息を整えた。
体の芯まで冷え切っていたが、それでも、胸の奥は熱かった。
「お前の指示がなければ、勝てなかった。」
アレスが、まっすぐにレオンを見る。
「再生の仕組みも、核の位置も、床の紋様も、全部お前が見抜いた。」
「みんながいたからだよ。」
「それでもだ。」
アレスは短く言い切った。
「……勇者って呼ばれても、俺一人じゃ、こうはいかない。」
珍しく素直な言葉に、レオンは少し驚いた。
リリアが、にこにこと二人を見ている。
「ワウ。」
フェンが、誇らしげに尻尾を振った。
◇◆◇
番人が消えた跡には、小さな台座が現れていた。
その上に、薄い氷の石版が、淡い光を放っている。
レオンが近づこうとした、その時だった。
目の前に、見慣れた表示が浮かぶ。
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【氷の番人・討伐】
+12Pt
【氷瀑の祠・踏破】
+3Pt
【今回の獲得】
+15Pt
【運命ポイント】
95Pt → 110Pt
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「……110。」
レオンは、小さく息を呑んだ。
目の前に、新しい選択肢が浮かんでいる。
――SSR確定ガチャ。
リリアが、そっとレオンの袖を引いた。
「出たの?」
「ああ。」
レオンは、小声で答えた。
アレスが、不思議そうにこちらを見る。
「何をしてる。」
「少しだけ、時間をくれないか。」
「……例の、ガチャか。」
「ああ。」
アレスは何かを察したように、無言で頷き、広間の入口の方へ背を向けた。
「見張りは、俺が立つ。」
「ありがとう。」
レオンは、深呼吸をした。
四度目のSSR確定ガチャ。
これまでに、フェンと、星継ぎの手甲と、そして、スキルの扉を開いてくれた。
今度は、何が出るのか。
胸の奥が、静かに高鳴る。
レオンは、画面に、そっと指を伸ばした。
(第57話へ続く)
【あとがき】
第56話を読んでいただき、ありがとうございました!
氷の番人との戦いでした。再生と核の移動という二重の防御を、観察と、フェンの遠吠え、そして携帯火床という意外な道具で突破しました。
運命ポイントは95Ptから110Pt。ついに100Ptを超え、四度目のSSR確定ガチャが解放されます。
次回、第57話もお楽しみに!




