第55話 氷嶺の遺構
翌朝、まだ空が白み始めたばかりの頃、三人と一匹はダンカンの案内で山道へ入った。
雪は昨夜のうちに止み、新しく積もった白い層が、朝日を受けて淡く光っている。
「ここから先は、獣道だ。足元に気を付けろ。」
ダンカンは慣れた足取りで、雪の中を進んでいく。
レオンは雪上歩行の靴底のおかげで、ほとんど滑らずについていけた。リリアも、時折フェンの背に手を添えながら、慎重に足を運んでいる。
「この辺りの獣は、竜が来てから、ほとんど見かけなくなった。」
「みんな、逃げたんですね。」
「ああ。賢い連中だよ。」
ダンカンは小さく鼻を鳴らした。
半刻ほど歩いたところで、森が途切れた。
急に開けた視界の先に、巨大な氷の壁がそびえ立っていた。
「……これが、凍った滝。」
リリアが息を呑む。
高さは、王都の城壁にも匹敵するだろう。流れ落ちる途中で時が止まったかのように、幾筋もの水流が、そのまま氷の柱になっていた。
朝日が当たるたびに、氷の内側で青白い光が揺れる。
「綺麗だな……。」
アレスがぽつりと呟いた。
「俺が案内できるのは、ここまでだ。」
ダンカンは足を止め、滝の少し手前の岩場に腰を下ろした。
「戻ってこなければ、待たずに山を下りろ。それが、この辺りの猟師の決まりだ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「……気を付けてな。小僧ども。」
ダンカンはそれだけ言って、背を向けた。
三人と一匹は、凍った滝の根元へ近づいていく。
◇◆◇
滝の裏側は、氷のカーテンに覆われていた。
レオンは片眼鏡に魔力を込める。
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【解析】
氷に覆われた入口
内側に、星の紋章の反応
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「ここだ。氷の下に、紋章がある。」
「どうやって開けるの?」
リリアが首を傾げる。
「たぶん、これを使う。」
レオンは袖をまくり、星継ぎの手甲を露わにした。
氷の表面に触れると、手甲の星の紋様が淡く光る。
その光に呼応するように、氷の内側で、ひとつの星が浮かび上がった。
ぴし、と小さな音がした。
氷に、細い亀裂が走る。
亀裂は星を中心に、ゆっくりと広がり、やがて氷のカーテンが、音もなく左右に割れていく。
「……開いた。」
アレスが呟いた。
現れたのは、奥へと続く、青白い光に満ちた回廊だった。
その時、レオンの前に、見慣れた表示が浮かんだ。
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図鑑更新
《古代遺構》
「氷瀑の祠」が新規登録されました
達成率 上昇
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リリアが、小声で囁いた。
「新しい項目、増えた?」
「ああ。ちゃんと登録された。」
レオンも、小声で返す。
アレスには聞こえない距離だった。
アレスは、すでに回廊の奥を睨みつけている。
「入るぞ。気配は感じるか、レオン。」
「待って。」
レオンは目を閉じ、昨夜覚えたばかりの気配察知に意識を集中させた。
体の奥が、ひやりと冷える。
回廊の奥から、大きな何かの気配が、じっとこちらを見つめているような感覚。
「……大きな反応が、一つ。奥の方だ。動いてはいない。でも、眠ってるわけでもない気がする。」
「待ち構えてる、ってことか。」
「たぶん。」
「ワウ。」
フェンが低く唸った。
アレスは大剣を握り直した。
「俺が先頭を行く。レオンは中央で指示、リリアは後ろだ。」
「了解。」
「うん、分かった。」
三人と一匹は、青白い回廊へと足を踏み入れた。
青白い光に照らされた壁には、びっしりと霜の花が咲いていた。
歩くたびに、足音が澄んだ音で反響する。
「不思議な場所だね。」
リリアが、そっと壁に手を伸ばした。
「冷たいのに、怖い感じがしない。」
「古い場所って、そういうものなのかもな。」
レオンは壁の模様を片眼鏡で追いながら答えた。
星と、波と、見たことのない獣の絵。それらが、ひと続きの物語のように連なっている。
「……お前は、こういう場所が本当に好きなんだな。」
前を歩くアレスが、振り返らずに言った。
「ああ。」
「俺は、剣を振るう場所だとしか思えない。」
「アレスも、前よりは壁を見るようになったと思うけどな。」
「……見てない。」
即答だったが、その視線は、ちらりと壁の絵をなぞっていた。
リリアが、くすりと笑う。
「アレスさんも、少しずつ染まってきてるのかも。」
「染まってない。」
「ワウ。」
フェンまで、からかうように鳴いた。
アレスは盛大に溜息をついたが、足取りは、どこか軽くなったように見えた。
◇◆◇
回廊の床は、一面が氷だった。
透き通った氷の下には、深い闇が広がっている。
「……底が見えないな。」
アレスが足を止めた。
「割れたら、真っ逆さまだ。」
「待って。」
レオンは足元を観察した。
氷の表面には、星の紋様が、いくつも浮かんでいる。
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【解析】
氷の床(仕掛け)
星の紋様の上のみ、荷重に耐える
紋様のない場所は、一定以上の重さで砕ける
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「紋様の上だけ踏めば、大丈夫みたいだ。」
「紋様が、ばらばらに散らばってる。」
リリアが床を見回す。
「どの順番で踏めばいいの?」
「それが分からない。ただ……。」
レオンはフェンを見た。
「フェン、頼めるか。」
「ワウ。」
フェンが小さく息を吸い、《導きの遠吠え》を響かせる。
その声に合わせて、床の星の紋様のうち、いくつかが、淡く青く光った。
「光った紋様が、安全な足場だ。」
「よし、行くぞ。」
アレスが慎重に、最初の紋様へ足を乗せた。
氷は、きしみ一つ上げなかった。
「大丈夫だ。」
一歩、また一歩。
光る紋様を辿りながら、三人と一匹は回廊を進んでいく。
だが、中ほどまで来たところで、アレスの足が止まった。
「……次の足場が、遠い。」
光る紋様は、次の一つまでが、大股でも届かないほど離れていた。
「俺の跳躍なら届くが、着地した衝撃で氷が砕けるかもしれない。」
「それなら、これを使う。」
レオンは魔導収納鞄から、耐震のブーツを取り出した。
「着地の衝撃を、足裏で和らげてくれる。俺が先に跳んで、様子を見てみる。」
「お前が?」
「一番軽いからな。」
レオンはブーツを履き替え、深呼吸をした。
足場の幅は、ぎりぎり。外せば、闇の底だ。
「行く。」
助走をつけ、床を蹴る。
空中で一瞬、冷たい風が頬を打った。
次の瞬間、足裏に、鈍い衝撃。
ブーツが衝撃を吸収し、氷は一切きしまなかった。
「……大丈夫だ! 渡れる!」
「よし、次は俺が行く。」
アレスが、慎重に助走を取る。
大柄な体が空を舞い、轟音とともに着地した。
一瞬、氷全体が、ぴきりと音を立てた。
だが、割れない。
「……助かった。」
アレスは息をついた。
「ブーツを借りた方が良かったか。」
「次からは、貸すよ。」
レオンは笑った。
最後にリリアとフェンが、レオンとアレスの手を借りて跳び渡る。
その瞬間、レオンの前に、見慣れた表示が浮かんだ。
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【氷瀑の祠・発見】
+4Pt
【氷床の仕掛け・突破】
+3Pt
【今回の獲得】
+7Pt
【運命ポイント】
88Pt → 95Pt
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(95……。)
レオンは小さく拳を握った。
100Ptまで、あと5。
◇◆◇
回廊の突き当たりには、巨大な氷の扉があった。
扉の表面には、びっしりと古代文字が刻まれている。
片眼鏡を向けると、断片的な文字が浮かび上がった。
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【解析】
古代文字(一部判読)
「氷ノ番人、星ノ継ギ手ヲ、待ツ」
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「……待つ、か。」
レオンは呟いた。
「やっぱり、俺たちを待ってたのか。」
「前の遺構と、同じなんだね。」
リリアが扉を見上げる。
「だが、今度の番人は、ずっと大きい気配だ。」
アレスが静かに言った。
扉の向こうから、低く、重たい唸り声が響いてくる。
気配察知が、はっきりと告げていた。
扉の奥にいるのは、これまで戦ってきたどの番人よりも、遥かに大きい存在だと。
「準備はいいか。」
「ああ。」
「うん。」
「ワウ。」
レオンは、手甲を扉にかざした。
氷の扉が、ゆっくりと開いていく。
(第56話へ続く)
【あとがき】
第55話を読んでいただき、ありがとうございました!
凍った滝の裏に隠されていた遺構「氷瀑の祠」。薄い氷の床に仕掛けられた足場の謎は、フェンの遠吠えと耐震のブーツ、そしてレオンの観察で突破しました。
運命ポイントは88Ptから95Pt。100Ptまで、あと5Pt。
そして最奥で待つのは、これまでで最大級の番人。次回、第56話もお楽しみに!




