第54話 避難した集落
三日目の昼前、針葉樹の森の向こうに、雪を冠った山脈が姿を現した。
「あれが、北の山……。」
リリアが息を呑む。
灰色の空を背に、鋭く尖った峰が幾重にも連なっている。その中腹あたりには、雲がかかっていて、頂は見えない。
「竜の巣は、あの奥か。」
アレスが目を細める。
「その手前に星の遺構があるはずだ。まずは猟師を探そう。」
「ワウ。」
フェンが鼻を鳴らし、風の匂いを嗅いだ。
焦げた木の匂いが、かすかに混じっている。
◇◆◇
麓の集落は、半分が灰になっていた。
崩れた家の梁、黒く焼け焦げた壁、雪の上に散らばる食器の欠片。
人の気配は、どこにもない。
「……ひどいな。」
アレスが低く呟いた。
「一週間ほど前の夜だと言っていたな、避難民は。」
「うん。まだ、焦げた匂いが残ってる。」
リリアが、小さな人形を拾い上げた。煤で黒くなった布人形だった。
それをそっと、崩れた家の壁際に置く。
レオンは焼け跡を歩きながら、片眼鏡を向けた。
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【解析】
焼失した家屋
火元:上空から(竜の吐息と推定)
特記:被害に偏りあり。北西側が特に激しい
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「偏りがある?」
アレスが覗き込む。
「ああ。北西側ばかり、念入りに焼かれてる。山側だ。」
「山の方へ、何かを行かせたくなかった、とか。」
「あるいは、そこにある何かを隠したかったか。」
レオンは北西を見上げた。
山の斜面へと続く細い道が、雪の下にかすかに見える。
その時、フェンが急に走り出した。
「フェン?」
「ワウッ!」
焼け跡の外れ、煤にまみれていない小さな石造りの小屋の前で、フェンが立ち止まる。
煙突から、細い煙が立ち上っていた。
◇◆◇
戸を叩くと、しばらくして、軋む音とともに扉が開いた。
「……誰だ。」
現れたのは、白髪を無造作に束ねた老人だった。
顔には深い皺が刻まれ、右目には古い傷跡が走っている。肩には、使い込まれた弓が掛けられていた。
「王都のギルドから来ました。北部の調査の依頼です。」
レオンが書状を差し出す。
老人は目を細めて印を確かめると、小さく息を吐いた。
「……王都からか。まあ、入れ。」
小屋の中は、薪の匂いがした。
壁には毛皮と干した薬草。囲炉裏の火が、ぱちぱちと音を立てている。
「ダンカンだ。見ての通り、猟師をやっとる。」
「レオンです。こちらはリリア、アレス、それに、フェン。」
「……勇者のアレスか。噂は聞いとる。」
ダンカンはアレスを一瞥してから、フェンに視線を移した。
「ほう、そいつは立派な狼だ。」
「ワウ。」
フェンが誇らしげに胸を張る。
ダンカンは少しだけ口の端を緩めた。
「で、何を聞きたい。」
「竜が来た夜のことを、教えてください。」
その言葉に、老人の表情が固まった。
囲炉裏の火を、じっと見つめる。
「……あの夜はな、竜の前に、別のものが来たんだ。」
「別のもの?」
「影だ。」
ダンカンは、低い声で言った。
「人の形をしていたが、顔がなかった。足音もしねえ。それが、夜更けに集落の真ん中を歩いてな。」
リリアが、そっと息を詰めた。
「俺は、狩りの帰りで、崖の上から見とった。影は、家々の前に立って、中に向かって何か呟いとった。」
「何を、ですか?」
「声は、いくつも重なって聞こえた。男の声と、女の声と、子供の声と……。それが、同じ言葉を繰り返しとったんだ。」
ダンカンは目を閉じる。
「『星を継ぐ者は、どこだ』。」
空気が、一瞬で張り詰めた。
レオンは、無意識に右腕の袖を引っ張っていた。
袖の下には、星継ぎの手甲がある。
アレスの視線が、ちらりとレオンの腕に向いた。
だがすぐに、何事もなかったように、ダンカンへ向き直る。
「それで、影はどうなった。」
「村人の誰も、知らねえと答えた。すると、影は山の方を指差した。次の瞬間、空から竜が降りてきて、集落を焼き始めた。」
「……山の方を。」
「ああ。北西だ。まるで、そっちへ行かせるなと言うように、念入りに焼いとった。」
先ほどの焼け跡の偏りと、ぴたりと一致する。
「逃げ遅れた人たちは?」
「俺が崖から縄を下ろして、何人かは助けた。あとは、他の連中が先に逃がしとった。死んだ者は……少なくとも、俺が見た限りでは、いなかった。」
老人は短く息を吐いた。
「竜は、人を殺さなかった。家だけを焼いた。奇妙な話だ。」
「人を殺さず、建物だけを焼いた……。」
レオンは考えを巡らせた。
影が探していたのは、人ではなく、星を継ぐ者。
そして、山の中に何かがある。竜は、それを守るために家を焼いた?
それとも、人々を追い払うために?
まだ、判断材料が足りない。
「山の奥の遺構のことは、ご存じですか?」
レオンは、慎重に尋ねた。
ダンカンは、じっとレオンの顔を見た。
「……遺構、か。」
しばらくの沈黙のあと、老人は立ち上がり、壁の棚から古びた地図を引っ張り出した。
「滝がある。凍りついた、大きな滝だ。その裏に、昔から誰も近づかねえ洞穴がある。」
「氷の滝の、裏……。」
「俺の爺さんの代から、あそこには近づくなと言われてきた。理由は知らん。ただ、星の形の彫り物があるとは聞いとる。」
老人は地図の一点を、節くれ立った指で叩いた。
「ここだ。明日、案内してやる。ただし、俺が行くのは入口までだ。」
「十分です。ありがとうございます。」
レオンが頭を下げた時、目の前に、見慣れた表示が浮かんだ。
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【生存者の証言の収集】
+3Pt
【集落跡の調査】
+2Pt
【今回の獲得】
+5Pt
【運命ポイント】
83Pt → 88Pt
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(88……。)
レオンは表情を変えなかった。
100Ptまで、あと12。
◇◆◇
その夜は、ダンカンの小屋の隅を借りることになった。
囲炉裏の火が落ち着いた頃、レオンは部屋の隅で静かに画面を開いた。
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無料10連
READY
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白い空間に、黒い本が浮かぶ。
夜空に十本の光の柱が立ち上る。
白、白、白、白、白、青、白、白、青、白。
「Rが二つ。」
光が収まり、カードが姿を現す。
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【NEW】
《雪靴の補修糸》(R)
靴や外套の破れを修繕できる丈夫な糸。
寒冷地でも凍らない。
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【NEW】
《スキルカード:気配察知》(R)
生き物の気配を、近距離で感じ取る。
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【NEW】
《気配察知》 ★1 習得
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カードが光の粒になって、体の中へ溶けていく。
周囲の空気が、ほんの少しだけ違って感じられた。
隣で眠るフェンの呼吸や、外で見張りに立つアレスの足音。それらが、輪郭を持って伝わってくる。
「これは、便利だな。」
レオンは小さく呟いた。
スキルの種類が増えるのは、素直に嬉しい。
図鑑の《スキル》の欄にも、新しい名前が並んでいた。
その時、小屋の戸が静かに開き、アレスが入ってきた。
「交代か?」
「いや、少し話がしたい。」
アレスは声を落とし、レオンの隣に腰を下ろした。
「あの猟師が言ってた、『星を継ぐ者』のことだ。」
「……ああ。」
「影が探してるのは、お前じゃないのか。」
レオンは少し黙ってから、頷いた。
「たぶん、そうだと思う。この手甲のことだ。」
「やっぱりな。」
アレスは腕を組んだ。
「ダンカンの前では言わなかったが、お前の腕、袖で隠してただろう。いい判断だった。」
「気付いてたのか。」
「同じ村の出身だからな。お前が咄嗟に取る動きは、なんとなく分かる。」
アレスは真顔のまま、そう言った。
それから、少しだけ視線を逸らす。
「……お前を狙っているやつがいるなら、俺は剣を貸す。ただし、無茶はするな。」
「それは、ありがたい。」
レオンは素直に言った。
「でも、図鑑の空白があるなら、行くしかない。」
「お前、本当に……。」
アレスは何か言いかけて、深い溜息をついた。
「まあ、いい。寝ろ。」
毛布にくるまって眠るリリアと、足元で丸くなるフェンを見ながら、レオンは目を閉じた。
明日は、氷の滝の裏。
星の遺構が、待っている。
(第55話へ続く)
【あとがき】
第54話を読んでいただき、ありがとうございました!
焼け跡の集落で出会った老猟師ダンカンから、竜が現れた夜の恐ろしい真実が明かされました。竜の前に現れた顔のない影。そして、影が繰り返していた「星を継ぐ者は、どこだ」という言葉。
運命ポイントは83Ptから88Pt。100Ptまで、あと12Pt。
次回、第55話では、いよいよ氷の滝の裏にある遺構へ向かいます。お楽しみに!




