第53話 凍える街道
旅立って二日目の朝、街道には薄く霜が降りていた。
レオンは防寒外套の襟を立て、昨夜揃えた靴底の金具を靴に取り付ける。凍りついた地面でも、足がしっかりと噛んでくれた。
「うん、歩きやすい。」
「ガチャの靴底、本当に役に立つね。」
リリアが感心したように言う。
「アレスの分もあるぞ。」
「俺は要らない、と言いたいところだが……。」
アレスは受け取った金具をしばらく眺めてから、黙って靴に取り付けた。
「便利なものは、素直に借りる。」
「その方が賢いな。」
フェンは霜の降りた地面を軽快に駆け、時々こちらを振り返っては、早く来いと言うように尻尾を振っていた。
◇◆◇
昼を少し過ぎた頃、街道の先に人影が見えた。
一人や二人ではない。荷車や、背負い籠を抱えた人々が、ぞろぞろと南へ向かって歩いてくる。
「避難民だ。」
アレスの顔が引き締まる。
近づくにつれて、列の様子が分かってきた。
老人、子供、片足を引きずる男、布で頭を巻いた女。誰もが疲れ切っていて、目の下には深い隈ができている。
「あんたたち、北へ行くのか?」
列の先頭を歩いていた中年の男が、声をかけてきた。
「ああ。調査の依頼を受けている。」
「やめとけ。……と言いたいところだが、あんたら、冒険者だろう?」
男は、アレスの大剣とレオンたちの装備を見て、少しだけ表情を和らげた。
「頼みがある。この先の峠道で、魔物の群れに追われたんだ。女子供を先に逃がしたが、後ろの荷車がまだ追いついてない。」
「分かった。場所は?」
「半刻ほど戻ったところだ。頼む。」
アレスは迷わず頷いた。
「行こう。」
「ああ。」
レオンもリリアも、同時に頷いていた。
◇◆◇
峠道は、岩肌が両側から迫る狭い道だった。
霜に覆われた地面に、荷車の轍が深く残っている。
「ワウ。」
フェンが低く唸り、前方を睨んだ。
やがて、二台の荷車が見えてきた。車輪が岩に嵌まり込んで動けなくなっている。その周りで、護衛らしい若い男が二人、必死に剣を振るっていた。
取り囲んでいるのは、白い毛並みの狼たち。
「霜牙ウルフだ。数は……。」
レオンは片眼鏡で数えた。
「八体。昨日の倍だ。」
「十分だ。俺が行く。」
アレスが大剣を抜き、駆け出した。
「リリア、荷車の人たちを守ってくれ!」
「うん!」
リリアが杖を掲げる。
「ウィンドウォール!」
風の壁が荷車の周りに立ち上がり、狼たちの牙を弾き返した。
アレスの大剣が、先頭の一体を弾き飛ばす。
だが、残りの狼たちは動きを止めなかった。
ぎりぎりまで牙をむきながら、まるで合図を待つように、いったん後ろへ下がる。
「……妙だな。」
アレスが眉を寄せた。
「引いた。昨日のやつらは、飢えて突っ込んできただろう。」
「ああ。誰かが、指示を出してる。」
レオンは視線を上げた。
岩の上、岩肌に張り付くように、黒い鳥の影があった。
片眼鏡に魔力を込める。
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【解析】
氷鴉(指揮個体)
周囲の魔物に合図を送り、攻撃の順序を制御する。
弱点:翼の付け根
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「上だ! 岩の上の黒い鳥が、指揮役だ!」
「鳥が……?」
護衛の若者たちが、呆然と岩の上を見上げる。
氷鴉は、首をかしげるように動いた。
狼たちが、一斉に動き出す。
左右に分かれ、荷車を挟み込むように走る。
「くっ、速い……!」
アレスの剣が空を切った。
狼たちは、一撃を受ける前にするりと離れていく。
レオンは観察眼に意識を集中させた。
新しく強くなった視界の中に、鴉の動きがはっきりと映る。
首を左に傾ける。羽をわずかに広げる。
その二拍後に、狼たちが動き出していた。
「見えた。合図の癖がある。」
「癖?」
「首を傾けたら、その二拍後に左右から来る。羽を広げたら、三拍後に正面からだ。」
「分かった。信じる。」
アレスは一瞬の迷いもなく答えた。
鴉が、首を左に傾ける。
「来るぞ、左右同時! 二拍後!」
「ああ!」
アレスが剣を構えた。
狼たちが飛び出した瞬間、その軌道上には、すでに大剣の刃が待っていた。
二体の狼が、悲鳴を上げて弾き飛ばされる。
「次、正面から! 羽を広げたぞ、三拍後!」
「任せろ!」
今度は、リリアの風の槍が、正面から来る狼の足を止める。
アレスの一撃が、そこへ重なった。
狼たちの陣形が、一気に崩れていく。
焦ったように、氷鴉が羽ばたいた。
「逃がすな! フェン!」
「ワウッ!」
フェンが岩肌を駆け上がる。
「リリア、翼を!」
「うん! ウィンドランス!」
風の槍が、氷鴉の翼の付け根を正確に貫いた。
甲高い鳴き声とともに、黒い影が岩から落ちてくる。
待ち構えていたフェンの牙が、その首元を捉えた。
「ワウッ!」
氷鴉は、それきり動かなくなった。
残っていた狼たちは、指揮役を失った途端に統率が崩れ、散り散りに逃げていく。
「……終わったな。」
アレスが大剣を下ろした。
「今の、お前の指示がなかったら、もっと手間取ってた。」
「たまたま癖が見えただけだよ。」
「たまたま、では済まないと思うがな。」
アレスは小さく息を吐いたが、それ以上は何も言わなかった。
その時、レオンの前に、見慣れた表示が浮かぶ。
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【氷鴉(指揮個体)・討伐】
+6Pt
【新種登録】
+4Pt
【避難民の保護】
+5Pt
【今回の獲得】
+15Pt
【運命ポイント】
68Pt → 83Pt
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(83……。)
レオンは表情を変えないまま、小さく頷いた。
100Ptまで、あと17。
◇◆◇
荷車を岩から引き出し、護衛の若者たちと一緒に、避難民の列に追いついた頃には、日が傾き始めていた。
「本当に、助かった。」
先頭の男が、何度も頭を下げる。
「この先の集落も、竜に焼かれた。南へ逃げれば、王都の救護隊が拠点を作ってるはずだ。」
「ああ。半日ほど先に、王都から出た部隊が野営してる。そこまでなら、護衛をつけて歩いても夜には着くだろう。」
アレスが地図を見ながら答える。
「若い二人が護衛につく。体力のある者が、荷車を押してくれ。」
アレスの指示は、迷いがなく的確だった。
リリアは列の最後尾で、疲れた子供たちに回復魔法をかけて回っている。
「痛くない? もう少し、頑張ろうね。」
「うん……。」
小さな男の子が、リリアの手をぎゅっと握った。
その様子を見ていたレオンに、先頭の男がもう一度声をかけた。
「あんたたちの行く先に、年寄りの猟師がいる。北の山の麓の、小さな山小屋だ。竜が現れた夜のことを、一番よく知ってるはずだ。」
「猟師……ですか。」
「ああ。変わり者だが、腕は確かだ。俺たちも、あの人の忠告で逃げ遅れずに済んだ。」
その言葉を、レオンは頭に刻んだ。
星の遺構のある山と、竜の巣。その入口に、竜の夜を見た者がいる。
◇◆◇
避難民たちを見送ったあと、三人と一匹は街道沿いの岩陰で野営をした。
夜になると、空から小さな雪がちらつき始めた。
天幕の中で、レオンは静かに画面を開く。
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無料10連
READY
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白い空間に、黒い本が浮かぶ。
夜空に十本の光の柱が立ち上る。
白、白、白、青、白、白、白、白、青、白。
「Rが二つ。」
光が収まり、カードが姿を現す。
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【NEW】
《霜除けの携帯火床》(R)
雪の中でも消えにくい小型の火床。
少量の魔石で、長時間の暖を取れる。
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【NEW】
《氷鴉の羽根》(R)
氷鴉から採れる、軽くて丈夫な羽根。
矢羽根や、簡易な通信道具の素材になる。
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「氷鴉の素材まで出たか。討伐の記念みたいだな。」
レオンは思わず笑った。
残りは薬草や携帯食。地味だが、ありがたい補充品が並んでいる。
「どうだった?」
隣で毛布にくるまっていたリリアが、小声で聞いてくる。
「火床と、氷鴉の羽根。それと、ポイントが83になった。」
「そっか。あと少しだね。」
「ああ。」
天幕の外では、アレスが焚き火の番をしている。
揺れる炎の向こうで、雪がゆっくりと舞い落ちていた。
明日は、北の山の麓にたどり着く。
猟師の小屋、そしてその先にある遺構。
レオンは画面を閉じ、目を閉じた。
(第54話へ続く)
【あとがき】
第53話を読んでいただき、ありがとうございました!
避難民を追う霜牙ウルフの群れと、それを裏で操る「氷鴉」との戦いでした。観察眼で合図の癖を見抜き、アレスの剣、リリアの風魔法、フェンの牙が見事に連携しました。
運命ポイントは68Ptから83Ptへ。100Ptまでは、あと17Pt。
次回、第54話もお楽しみに!




