第50話 揺れる大地
王家秘伝の記録を見つけた翌朝、王都に激しい鐘の音が鳴り響いた。
それは、ただの警鐘ではなかった。
王都全体に響き渡る、緊急事態を告げる特別な音色だった。
昨夜まで静かに寝息を立てていたフェンが、真っ先に飛び起きた。
「ワウッ!」
「……この音、ただ事じゃないな。」
レオンはすぐに身支度を整えた。
宿の外に出ると、人々が不安げな顔で空を見上げている。
通りを行き交う人々の足取りも、普段とは明らかに違っていた。
「見て、あれ……!」
リリアが北の空を指差す。
遠く、灰色の雲の切れ間に、巨大な黒い影が旋回していた。
翼を広げ、ゆっくりと弧を描くその姿。
時折、低い咆哮のような音が、遥か遠くからでも聞こえてくる。
「……まさか。」
レオンは思わず息を呑んだ。
遠見の水晶を取り出し、焦点を合わせる。
鱗に覆われた長大な体軀、鋭い爪、燃えるような赤い瞳。
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【解析】
危険度★★★★★★
竜種・詳細不明
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「★6……。」
これまで見てきたどの魔物とも、桁違いの数字だった。
◇◆◇
ギルド本部に駆け込むと、すでに騒然とした空気が満ちていた。
集まった冒険者たちが、慌ただしく装備を整えている。
「北部国境付近の砦が、竜の襲撃を受けた! 詳しい被害は不明だが、住民の避難が最優先だ!」
ドルンが声を張り上げ、集まった冒険者たちに指示を飛ばしている。
その顔には、これまで見たことのない緊迫した色が浮かんでいた。
「現時点で討伐は考えるな! 目的はあくまで避難誘導と時間稼ぎだ!」
「レオン!」
アレスが、こちらに気付いて駆け寄ってきた。
「お前たちも来たか。」
「無視できる話じゃないからな。」
「俺たちは、竜の進路を塞ぐ形で迎撃に出る。お前たちは――」
「俺たちも行く。」
レオンは迷わず答えた。
「危険だぞ。」
「分かってる。それでも、何もしないで待ってるのは性に合わない。」
アレスは一瞬レオンを見つめ、やがて小さく頷いた。
「……分かった。無理はするなよ。」
◇◆◇
王都の北門を抜け、街道を進むと、遠くに崩れた砦の残骸が見えてきた。
立ち上る黒煙、逃げ惑う人々の姿。
道端には、荷物を抱えたまま呆然と座り込む老人や、泣きじゃくる子供の姿もあった。
「急ごう!」
フェンが先頭を駆け、三人がそれに続く。
リリアが途中で足を止め、怪我をした避難民に手早く回復魔法をかけていく。
「先に行って! こっちは任せて!」
「分かった、すぐ追いつく!」
レオンとフェンが先に砦跡へ向かうと、ほどなくしてリリアも息を切らしながら合流した。
「お待たせ!」
「ちょうどいいタイミングだ。」
現場に到着すると、竜はすでに砦の上空を旋回していた。
その巨体が羽ばたくたびに、強烈な風が地面を叩く。
「アレス様!」
先行していたアレスの仲間たちが、竜へ向けて攻撃を仕掛けていた。
だが、鱗に弾かれ、ろくなダメージを与えられていない。
「くっ……硬いな……!」
アレスが剣を構え、前へ出る。
「レオン、弱点は分かるか!」
レオンは片眼鏡と、新しく得た観察眼の力を同時に働かせた。
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【解析】
鱗の隙間、喉元に弱点反応
ただし高高度を飛行中で接近困難
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「喉元だ! でも、空の上じゃ届かない!」
「降ろす方法が要るな……!」
アレスが唸る。
その時、フェンが低く唸り、大きく息を吸い込んだ。
「ワウ……ッ!」
これまでにない強さの遠吠えが、戦場に響き渡る。
竜の動きが、一瞬だけ揺らいだ。
「今だ、リリア!」
「うん! ウィンドランス!」
リリアの風魔法が、乱れた竜の翼を正確に捉える。
バランスを崩した竜が、高度を落としながら旋回する。
「アレス!」
「ああ、分かってる!」
アレスが地を蹴り、跳躍した。
常人離れした跳躍力で、竜の首元近くまで一気に距離を詰める。
「はぁああああッ!」
渾身の一撃が、鱗の隙間に突き刺さった。
竜が苦悶の咆哮を上げ、大きく体をのけぞらせる。
だが――
致命傷には至らなかった。
「硬すぎる……! この程度じゃ、仕留めきれない……!」
アレスが着地しながら、悔しげに呟く。
竜は苛立ったように咆哮を上げると、周囲を薙ぎ払うように尾を振るった。
「危ない!」
レオンはリリアを庇うように身を寄せ、咄嗟に地面を転がる。
尾の一撃が、すぐ横の瓦礫を粉々に吹き飛ばした。
竜は傷ついた様子を見せながらも、なおも空へと舞い上がっていく。
砦の破壊は止まったものの、根本的な決着には程遠かった。
「……退くぞ! 深追いはするな!」
ドルンの指示が、戦場に響く。
竜は、血を滴らせながら北の空へと飛び去っていった。
◇◆◇
戦闘が落ち着いたあと、避難した住民たちの保護と、砦の被害確認に追われた。
幸い、死者は出なかったものの、砦は半壊し、多くの者が住む場所を失っていた。
炊き出しの準備をするギルド職員たちの間を、レオンたちも手伝って回った。
夕暮れの中、ようやく一息ついたレオンはアレスと並んで、北の空を見上げていた。
「……今ので、まだ本気じゃなかった気がする。」
アレスが低く呟く。
「ああ、俺もそう思う。」
レオンは静かに頷いた。
竜の瞳に宿っていた、どこか冷静な知性のような光。
それは、ただの獣の目ではなかった。
「噂の『統率された魔物』ってやつと、無関係じゃなさそうだな。」
「かもな。」
レオンの脳裏に、昨日見た王家秘伝の記録と、今日の竜の姿が、静かに重なっていく。
古代ガチャ師の真実、王家が隠し続けてきた歴史、そして迫りつつある新たな脅威。
バラバラだったものが、少しずつ一つの大きな流れに収束し始めていた。
「……これから、どうする?」
リリアが隣で尋ねる。
「分からない。」
レオンは正直に答えた。
「でも、少なくとも、のんびりしてる場合じゃなさそうだ。」
フェンが、心配そうにレオンの手に鼻を寄せた。
レオンはその頭を撫でながら、静かに拳を握った。
(第51話へ続く)
【あとがき】
第50話を読んでいただき、ありがとうございました!
ついに姿を現した、危険度★6の竜。王都の総力を挙げても、決定打には至らないほどの強敵でした。
そして、竜の瞳に宿っていた、ただの獣とは思えない知性の光。噂の「統率された魔物」との繋がりも、いよいよ現実味を帯びてきています。
次回、第4章完結回です。お楽しみに!




