第47話 勇者の見たもの
魔物騒動の後始末が落ち着いた頃、アレスが声をかけてきた。
「少し、飲みに行かないか。」
「お前から誘うとはな。」
「たまにはいいだろう。」
王都の裏通りにある、静かな酒場に案内された。
騒がしい表通りとは違い、落ち着いた空気が流れている。
カウンターの奥では、年老いた店主が静かにグラスを磨いていた。
「奢りだ。今日の礼も兼ねて。」
アレスがそう言って、飲み物を注文した。
「律儀だな。」
「こういうのは、きっちりしておきたい性分なんだ。」
レオンは苦笑しながら席についた。
隣に座ったリリアとフェンも、それぞれの飲み物と水を受け取る。
「フェンも飲むのか、それ。」
「ワウ。」
フェンが満足そうに水を舐めた。
その様子に、アレスが珍しそうに目を細めていた。
◇◆◇
しばらく他愛もない話を交わしたあと、アレスの表情が、ふと真剣なものに変わった。
「……実は、今日はもう一つ話したいことがあった。」
「何だ?」
「お前たちの話を聞いて、思い出したことがある。」
アレスは声を潜めた。
「勇者として、王城に出入りするようになって分かったんだが……王家には、俺たち冒険者が立ち入れない区画がいくつかある。」
「禁書庫の話は、エヴァンスさんから聞いた。」
「それだけじゃない。俺自身、一度だけ妙な場面を見たことがある。」
アレスは、グラスを見つめながら続けた。
「半年ほど前、王城の廊下で、宰相らしき人物が、古い書類の束を焼かせているのを見た。」
「焼かせてた……?」
レオンの声が、わずかに緊張を帯びる。
「ああ。中庭の焼却炉の前で、何人もの文官が慌ただしく書類を運び込んでいた。普段は見ない光景だったから、妙に覚えている。」
「理由を聞いたら、『不要になった記録だ』の一点張りだった。だが、その時ちらりと見えた書類の端に……」
アレスは一拍置いてから、続けた。
「星の形の紋様が、確かに描かれていた。」
グラスを持つ手が、わずかに強張る。
「はっきり見たのは、一瞬だけだ。だが、見間違いじゃないと思う。」
レオンとリリアは、思わず顔を見合わせた。
「……それ、もっと早く言ってくれよ。」
「お前たちと会うまで、何のことか分からなかったんだよ。ただの古い記録整理だと思ってた。」
アレスは申し訳なさそうに頭をかいた。
「でも、今なら分かる。あれは、意図的に処分されていたものなんじゃないかって。」
◇◆◇
「モーリス伯爵からも、似たような警告を受けた。」
レオンが夜会での出来事を話すと、アレスの表情がさらに険しくなった。
「モーリス伯爵……王家の歴史事業を預かる人物だな。」
「知ってるのか。」
「名前だけはな。王城でもそれなりの発言力を持つ人物だ。」
アレスは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「正直、俺も国の中枢に近い立場にいるが、すべてを知らされているわけじゃない。むしろ、知らされていないことの方が多いと感じることもある。」
「勇者でも、か。」
「ああ。『勇者』という称号も、ある意味では都合よく使われている部分があるのかもしれない、と最近は思ってる。」
その言葉には、これまでのアレスからは感じられなかった、複雑な陰があった。
「表舞台に立たされて、持ち上げられるだけ持ち上げられて……それが、本当に自分の意志なのか、分からなくなる時がある。」
アレスは手元のグラスを、静かに回した。
「お前は逆だよな。最弱職だと馬鹿にされ続けて、それでも自分のペースを崩さなかった。」
「別に、崩さなかったっていうか……単に、周りの評価に興味がなかっただけだけどな。」
「それが強いんだよ、きっと。」
アレスは小さく笑った。
どこか羨ましそうな響きが、その声には混じっていた。
◇◆◇
「禁書庫に入るには、王族相当の後ろ盾が必要だって、エヴァンスさんが言ってた。」
レオンが切り出すと、アレスは少し考えてから頷いた。
「勇者という立場なら、多少の融通は利くかもしれない。正式な許可は難しくても、何かしらの方法は探れると思う。」
「頼めるか。」
「ああ。ただし、時間はかかるかもしれない。王家相手だ、簡単にはいかないだろう。」
アレスは腕を組み、思案げな顔になった。
「表立って動けば、モーリス伯爵のような連中に警戒される。慎重に進める必要がある。」
「それで構わない。」
レオンは静かに頷いた。
急いては事を仕損じる。
これまでの旅でも、何度も学んできたことだった。
「焦らず、確実に。それがレオンのやり方だもんね。」
リリアが横から口を挟む。
「お前も大概、付き合ってくれてるけどな。」
「まあ、面白いから付き合ってるんだよ。」
リリアが悪戯っぽく笑った。
「それと。」
アレスが、グラスを置いて言った。
「もし今後、俺の力が必要になることがあれば、遠慮なく言ってくれ。北部の件も含めて、お前たちとは協力していきたいと思ってる。」
「ああ、助かる。」
レオンも素直にその言葉を受け取った。
感傷的な友情というよりも、互いに利害が一致した、対等な協力関係。
それでも、その関係は、レオンにとって決して悪いものではなかった。
「村を出る時は、まさかこんな関係になるとは思わなかったな。」
アレスがふと零した。
「俺もだよ。」
レオンは短く答え、グラスを軽く掲げた。
アレスもそれに応じ、二つのグラスが小さな音を立てて触れ合った。
(第48話・禁書庫への道、へ続く)
【あとがき】
第47話を読んでいただき、ありがとうございました!
アレスが目撃していた、王城での不穏な一幕。星の紋章の記録が、意図的に処分されていた可能性が浮かび上がりました。
モーリス伯爵の警告と合わせて、王家が何かを隠しているのは、もはや確実と言っていいでしょう。アレスの協力も得て、ついに禁書庫への道が見え始めました。
次回からは、いよいよ核心へと迫っていきます。お楽しみに!




