第44話 貴族たちの視線
エヴァンスとの出会いから数日後、レオンたちの拠点に、一通の招待状が届いた。
金の縁取りが施された、これまで見たこともないほど上質な紙。
「……なにこれ、すごい紙質。」
リリアが封を開けながら、思わず呟く。
「王城で開かれる、小規模な夜会への招待、だってさ。」
差出人は、王家の文化・歴史事業を統括する部門の名だった。
「古代遺構発見の功労者として、ご招待申し上げます……か。」
レオンは招待状を眺めながら、首をかしげた。
「学者のエヴァンスさんの話と、繋がってる感じがするな。」
「王家に近い人たちが集まる場所、ってことだもんね。」
招待状には、礼装での参加を求める旨と、当日の段取りが細かく記されていた。
これまでの旅路とは、まるで別の世界の話のようだった。
「ワウ?」
フェンが首を傾げる。
「フェン、留守番だな、さすがに。」
「わふ……。」
少し残念そうな声だった。
その様子に、リリアが苦笑しながら頭を撫でてやる。
「拠点でお留守番、頼んだよ。」
◇◆◇
夜会当日、王城の一角に設けられた広間は、これまでレオンが目にしたどんな場所よりも華やかだった。
シャンデリアの光、優雅な音楽、着飾った貴族たち。
借り物の礼装に身を包んだレオンとリリアは、明らかに浮いていた。
「……視線、すごいね。」
リリアが小声で言う。
「まあ、想定内だ。」
レオンは表向き平静を装っていたが、内心では居心地の悪さを感じていた。
こういう場に慣れているはずもなく、礼装の襟元がやけに窮屈に感じられる。
周囲の貴族たちの視線には、好奇と、値踏みと、時折混じる侮りが入り混じっている。
「あれが例の、最弱職とやらか。」
「古代遺構を見つけたというが、本当に信じていいものか。」
「まあ、話の種にはなるだろう。」
聞こえよがしの囁きが、あちこちから漏れてくる。
その時、一人の初老の貴族が、レオンたちの前に歩み出た。
仕立ての良い黒の礼服に、家紋を刻んだ襟章。
「初めまして。歴史事業を預かる、モーリス伯爵だ。」
「レオンです。」
「リリアです。」
二人が名乗ると、モーリスは値踏みするような視線をレオンへ向けた。
「星の紋章の遺構、興味深い報告だった。」
「ありがとうございます。」
「だが……忠告しておこう。」
モーリスの声が、わずかに低くなった。
「歴史というものは、時に触れてはならない領域がある。ガチャ師の起源についても、な。」
「……どういう意味でしょうか。」
レオンは静かに聞き返した。
「そのままの意味だよ。過去には過去の事情がある。掘り返せば良いというものではない。」
モーリスの目には、単なる老獪さだけでなく、どこか警戒に似た色が滲んでいた。
「知らぬままでいる方が、幸せなこともある。若い君たちには、特にな。」
「それは、俺たちを心配しての忠告ですか。それとも……。」
「さあ、どちらだと思う?」
モーリスは薄く笑い、それ以上は語らず、静かに離れていった。
「……今の、警告だよね。」
リリアが小声で確認する。
「ああ。」
レオンは頷いた。
エヴァンスの言っていた「空白の時代」に、確かに触れかけている。
その感触が、はっきりとした形を持ち始めていた。
◇◆◇
夜会の終盤、別の貴族の一団が、話題にしていたのはまた違うことだった。
「そういえば、《勇者》様も近々こちらに戻られるとか。」
「北部の遠征から?」
「ああ。あちらも、何やら忙しない動きがあるらしい。」
「魔物の出没が増えている、という話は本当なのだろうな。北部の集落がいくつか、避難を余儀なくされたとも聞くぞ。」
「物騒な世の中になったものだ。」
その会話が、レオンの耳にも届いた。
勇者――アレスのことだ。
思っていたよりも早く、その名前が現実味を帯びてきた。
北部の遠征、魔物の出没増加。
道中で聞いた噂、演習場に現れた未確認種。
すべてが、少しずつ同じ方向を指し示しているように感じられた。
「……近々、会えそうだな。」
レオンは呟いた。
「どんな顔で会うつもりなの?」
リリアが興味深そうに尋ねる。
「普通に、久しぶり、でいいだろ。」
「本当にそっけないなあ。」
リリアが呆れたように笑った。
「向こうは、レオンのこと覚えてるかな。」
「さあな。まあ、覚えてなくても別にいい。」
レオンにとって、それは特に気に病むようなことでもなかった。
◇◆◇
拠点への帰り道、夜風に当たりながら、レオンは今日の出来事を振り返っていた。
モーリス伯爵の警告。
空白の時代。
そして、近づきつつあるアレスとの再会。
バラバラだったいくつかの糸が、少しずつ一つの方向へ収束していくような感覚があった。
「なんだか、大きな話になってきたね。」
リリアが夜空を見上げながら言う。
「ああ。」
レオンは短く答えた。
村を出た時は、ただ図鑑を埋めながら世界を見て回りたい、という程度の気持ちだった。
それが、いつの間にか国の歴史の空白や、王家の思惑めいたものにまで繋がってきている。
それでも、不思議と怖さは感じなかった。
むしろ、知らなかったことを一つずつ知っていく過程そのものが、レオンにとっては純粋に楽しいことだった。
それでも、頭の片隅では、今日の夜会で見かけた見たことのない紋章入りの食器や、王城の建築様式について、こっそり図鑑に登録できないか考えている自分がいた。
我ながら、つくづくブレない性分だと思う。
(第45話へ続く)
【あとがき】
第44話を読んでいただき、ありがとうございました!
王城での夜会、そして歴史事業を預かる貴族モーリス伯爵からの、意味深な警告。「歴史には触れてはならない領域がある」という言葉は、確実に核心に近づいている証拠のようです。
そして、ついに勇者アレスの名前が現実的な話題として登場しました。次回、いよいよ二人の再会が近づきます。
次回、第45話もお楽しみに!




