第43話 王都の学者
D級への昇格から数日後、レオンたちは王都に用意された拠点で、比較的落ち着いた日々を過ごしていた。
王都の職員が手配してくれた宿は、これまで泊まってきたどこよりも立派なものだった。
「なんだか、落ち着かないね、こういう場所。」
リリアが部屋を見回しながら言う。
「贅沢な悩みだな。」
レオンは笑いながら答えた。
とはいえ、レオンの頭を占めているのは、依然として一つのことだった。
「王都の図鑑カテゴリ、まだ一つも埋まってないんだよな。」
朝食を終えたレオンが、地図と首っ引きになっている。
「せっかくの大都市なんだから、色々見て回ろうよ。」
リリアが呆れつつも提案した。
「賛成だ。」
「ワウ!」
フェンも同意するように鳴く。
二人(と一匹)は、まず王都の図書館を訪れることにした。
◇◆◇
王都の図書館は、これまで見たどの建物よりも荘厳な佇まいをしていた。
高い天井まで届く本棚、静かな空気、紙とインクの匂い。
受付で軽い手続きを済ませると、司書らしき女性が「ご自由にお回りください」と会釈した。
「すごい数の本……。」
リリアが感嘆の声を漏らす。
見上げるほどの書架がいくつも並び、その一つ一つに、これまで見たことのない分厚い書物が収められている。
「これ全部読んだら、何年かかるんだろうな。」
レオンは思わず呟いた。
レオンは早速、片眼鏡を構えて古代文明・遺構関連の資料を探し始めた。
だが、思うような情報にはなかなか行き着かない。
「……ないな。」
「星の紋章とか、古代のガチャ師とか、そういう話は?」
「表向きの歴史書には、それらしい記述が全然ないんだ。」
レオンは眉をひそめた。
まるで、意図的に何かが抜け落ちているような、不自然な空白があった。
その時、近くの書架の陰から、しわがれた声が聞こえてきた。
「星の紋章について、調べているのかね。」
驚いて振り返ると、そこには白髪の老人が立っていた。
分厚い眼鏡をかけ、腕には古びた書物を何冊も抱えている。
「あなたは……?」
「私はエヴァンス。王都の歴史編纂室に籍を置いている、しがない学者だよ。」
老人――エヴァンスは、興味深そうにレオンたちを見つめた。
その視線は、レオンよりもむしろ、その手にしていた片眼鏡と、腕の手甲へと向いていた。
「その道具……いや、失礼。年寄りの悪い癖だ、つい物に目が行ってしまう。」
「星の紋章に興味を持つ者など、この王都では珍しい。差し支えなければ、話を聞かせてもらえないかね。」
◇◆◇
エヴァンスに案内されたのは、図書館の奥にある小さな研究室だった。
壁一面に、地図や古い書物、手書きの資料が所狭しと貼られている。
机の上にも、開いたままの書物や羊皮紙が重なり、足の踏み場もないほどだった。
「散らかっていて申し訳ない。誰かにこの部屋を見せるのは、久しぶりでね。」
エヴァンスは苦笑しながら、書物の山を少しだけ脇に寄せた。
「実は、私もここ数年、星の紋章について独自に調べていてね。」
エヴァンスは椅子を勧めながら、興奮を抑えきれない様子で続けた。
「地方の遺跡、廃教会、古い遺構……あちこちに同じ紋章が刻まれていることは分かっているんだ。だが、王都の正式な記録には、それに関する記述がほとんど残っていない。」
「俺たちも、似たようなことに気付きました。」
レオンは、これまでの発見をかいつまんで話した。
忘れられた洞窟、旧採掘場、廃教会、石橋、そして「星の中枢」。
ただし、図鑑や運命ポイントといった、レオン自身の内部システムに関する部分は、注意深く伏せたままにした。
「……なんと。」
エヴァンスは、話を聞くほどに目を輝かせていった。
「星の中枢、か。そこまでの規模の遺構が実在していたとは。」
「石版には、古代にガチャ師の力を持つ者たちが、恐れられて貶められた、という内容が刻まれていました。」
その言葉に、エヴァンスの表情が、初めて曇った。
「……やはり、そうか。」
「何か、心当たりが?」
「確証はない。だが、王都の記録の中には、明らかに不自然な『空白の時代』がある。」
エヴァンスは、壁に貼られた年表を指さした。
「今からおよそ三百年前。この時期の公式記録は、驚くほど簡素に書き換えられている。まるで、誰かが意図的に、何かを消し去ったかのようにね。」
「三百年前……。」
リリアが呟く。
「戦乱の記録はある。飢饉の記録もある。だが、その原因や詳細に触れた記述だけが、不自然に抜け落ちているんだ。」
エヴァンスは年表の一点を、指先でとんとんと叩いた。
「歴史学者としては、こんなに気になることはない。だが、公式にこれ以上踏み込もうとすると、決まって『重要度が低い』の一言で調査が止められる。」
「王家に伝わる秘蔵書庫には、もっと古い、書き換えられる前の記録が残っているという噂もある。」
エヴァンスは声を潜めた。
「だが、そこへ足を踏み入れる許可を得るのは、簡単ではない。王族、あるいはそれに準ずる立場の者の後ろ盾が要る。」
「王族……。」
レオンの頭に、ふとアレスの顔が浮かんだ。
勇者という立場なら、あるいは。
「心当たりが、あるようだね。」
エヴァンスが、レオンの表情を見て小さく笑った。
「いえ、まだ何とも。」
レオンは曖昧に答えたが、内心では、確かに一つの可能性を意識し始めていた。
◇◆◇
図書館を出て、宿へ戻る道すがら、リリアが言った。
「エヴァンスさん、思ったより協力的だったね。」
「ああ。あの様子だと、味方にできるかもしれない。」
レオンは静かに頷いた。
「連絡先も交換できたし、次に何か分かったら、お互い情報を持ち寄る約束もできた。」
「うん。心強い味方が増えたね。」
夕暮れの王都は、昼間とはまた違った表情を見せていた。
通りには灯りがともり始め、行き交う人々の影が、石畳に長く伸びている。
図鑑コンプという当初の目的から始まった旅は、少しずつ、もっと大きな流れの中に組み込まれ始めている。
それでも、レオンの気持ちはあまり変わらなかった。
「王都の図鑑カテゴリ、まだ埋まってないんだよな。」
「……そこに戻るんだ。」
リリアが苦笑する。
「わふ!」
フェンも同意するように鳴いた。
三人と一匹は、王都の夕暮れの中を、拠点へと歩いていった。
(第44話へ続く)
【あとがき】
第43話を読んでいただき、ありがとうございました!
王都の図書館で出会った学者エヴァンス。彼もまた、星の紋章について独自に調べていた人物でした。
王都の公式記録に残る、不自然な「空白の時代」。そこに触れるには、王族の後ろ盾が必要だという話も出てきました。レオンの頭に浮かんだのは、もちろんあの人物のことです。
次回、第44話もお楽しみに!




