第28話 帰り道の襲撃
集落を出たレオンたちは、アルトへ続く街道を歩いていた。日が少しずつ傾き始めている。予定より長居してしまったが、急げば日が暮れる前には街へ戻れそうだった。
「帰りは何もないといいね。」
「そうだな。」
レオンはそう答えながら、何度か後ろを振り返った。集落はもう見えない。森も少しずつ遠ざかっている。結局、何が起きているのかは分からなかった。魔物の目撃、減っているという鳥、夜に聞こえるという妙な音。気になることはいくつもある。それでも、今のレオンたちにできるのはギルドへ報告することくらいだった。
「フェン、どうした?」
少し前を歩いていたフェンが、突然足を止めた。
「わふ……。」
耳が立っている。
レオンも立ち止まり、街道の先を見る。
「何かいる?」
リリアが杖を握る。
返事をする代わりに、フェンが鼻を動かした。
くん、くん。
その直後だった。
街道の向こうから、馬の蹄の音が聞こえてきた。
カッ、カッ、カッ。
「馬車?」
丘の向こうから、一台の荷馬車が姿を現した。こちらへ向かってかなりの速度で走っている。だが、様子がおかしい。御者が必死に手綱を引いている。
「止まれ! 止まってくれ!」
男の声が聞こえた。
レオンたちが道の端へ寄る。
その瞬間。
ガサッ!
街道脇の草むらが大きく揺れた。
「来る!」
フェンが唸る。
次の瞬間、灰色の影が草むらから飛び出した。
「魔物!」
馬が大きく嘶く。荷馬車が左右に揺れ、車輪が地面を跳ねた。
「危ない!」
レオンが走り出す。飛び出してきた魔物は、狼に似た姿をしていた。ただ、レオンがこれまで見たウルフよりも一回り大きい。灰色の毛並みに鋭い牙。そして、前脚には刃物のような爪が伸びている。
魔物は馬へ狙いを定め、そのまま飛び掛かった。
「フェン!」
「わふっ!」
フェンがレオンより先に駆け出した。小さな身体が魔物の横へ回り込む。魔物が振り向いた。
その一瞬。
「今だ!」
レオンが地面を蹴った。初心者ナイフを構え、魔物の懐へ飛び込む。
ザッ!
刃が毛皮を浅く切り裂いた。
「グルルッ!」
魔物が怒りの声を上げる。レオンへ向き直った瞬間、横からフェンが飛び込んだ。
「わふっ!」
魔物の足へ噛みつく。巨体が僅かに揺れた。
「リリア!」
「任せて!」
リリアが杖を掲げる。
「《風刃》!」
鋭い風が走った。魔物が身体をひねる。だが、完全には避けられない。風の刃が肩を切り裂いた。
「今!」
レオンは踏み込んだ。魔物の動きを見て、真正面からではなく横へ回る。
「これで!」
ナイフを振り抜いた。魔物が大きく後退する。フェンが追いかけようとする。
「待て、フェン!」
レオンの声で、フェンが止まった。魔物は一度こちらを睨みつけると、そのまま森の中へ逃げていった。
静かになった街道に、荒い息だけが残る。
「……逃げた。」
「追わなくていいよ。」
リリアが息を整えながら言った。
「馬車の方を見て。」
レオンが振り返る。荷馬車は道端で止まっていた。御者の男が、呆然とこちらを見ている。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。」
男は何度か瞬きをした。
「助かった……本当に助かった。」
レオンは荷馬車へ駆け寄った。馬はまだ興奮しているものの、怪我はないようだった。御者の男も大きな怪我はしていない。
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ。俺は平気だ。それより、あんたたちがいなかったら馬がやられていた。」
男は森へ逃げていった魔物を見つめる。
「この辺りであんな魔物を見るのは初めてだ。」
「最近、魔物が増えているって話は聞いてますか?」
「聞いてる。けど、ここまで街道に出てくるとは思わなかった。」
レオンは魔物が逃げていった森を見る。姿はもう見えない。
「さっきの魔物、何か分かります?」
レオンは片眼鏡を取り出したが、魔物はすでに森の奥へ消えていた。今の距離では確認できない。
「……分からないな。」
「俺も知らない魔物だった。」
男が答える。
「最近、この先の古い街道でも魔物を見たって話がある。だから商人の中には、もうあっちを通らない奴もいる。」
「古い街道?」
「ああ。昔は使われていたんだが、今はほとんど使われていない。森の中を抜ける道でな。」
レオンは集落で聞いた話を思い出した。森の鳥が減っていること。夜になると獣とは違う音が聞こえること。そして、街道近くで魔物が目撃されたこと。
全部が繋がっているのかは分からない。ただ、偶然にしては気になることが多かった。
「アルトへ戻るなら、俺たちも一緒に行っていいですか?」
「もちろんだ。こっちとしても助かる。」
荷馬車が再び動き始める。レオンたちはその横を歩きながら、アルトへ向かった。
フェンはしばらく森を気にしていたが、やがてレオンの隣まで戻ってきた。
「フェン、怖かったのか?」
「わふ。」
「いや、怖かったのは俺たちの方かもしれないな。」
リリアが笑う。
「でも、ちゃんとレオンの言うことを聞いてたね。」
「そうだな。」
レオンはフェンの頭を撫でた。
「助かったよ。」
「わふっ。」
フェンが嬉しそうに尻尾を振る。
しばらく進んだところで、レオンはふと街道脇の木に目を向けた。
「……ん?」
木の幹に、三本の深い傷が残っている。
「何それ?」
「ちょっと見てみる。」
レオンは近づいて片眼鏡を覗いた。
────────────────
【樹木】
一般的な樹木。
表面に魔物によるものと思われる傷跡あり。
────────────────
「普通の傷か。」
黒い魔力は感じない。侵食核の時に見たような異常もない。
レオンはそれ以上調べず、馬車の横へ戻った。
「どうだった?」
「ただの傷みたい。」
「そう。」
リリアはそれ以上気にしなかった。
レオンも同じだった。
今のところ、昨日の事件と今日の魔物を結びつける理由はない。だからこそ、まずはギルドへ報告する。それで十分だ。
夕暮れが近づく頃、アルトの門が見えてきた。
「やっと帰ってきたね。」
「思ったより長かったな。」
レオンは少し疲れたように笑う。
門へ近づいたところで、今日一日のことを思い返す。集落で聞いた話。帰り道での魔物。そして、古い街道の話。
「ギルドで話すこと、増えたな。」
「うん。」
リリアが頷く。
「ちゃんと報告しないとね。」
「そうだな。」
レオンが答えた直後だった。
フェンが突然、足を止めた。
「わふ……。」
「どうした?」
レオンも振り返る。
遠くに森が見える。
夕暮れの森は、もう薄暗くなっていた。
何も見えない。
けれど。
風に乗って、かすかな音が聞こえた。
低く。
長く。
獣の鳴き声とは少し違う。
「……今の、聞こえた?」
リリアが小さく呟く。
レオンは答えなかった。
フェンだけが、森をじっと見つめている。
レオンはゆっくりと息を吐いた。
「……やっぱり、何かいるのかもしれないな。」
アルトの門が、すぐ目の前まで迫っていた。
レオンたちはそのまま街へ入っていった。まずはギルドへ報告する。それから、今日のことを整理しよう。そう考えていた。
まだ、この時のレオンは知らなかった。
今日の帰り道で聞いたあの音が、これから始まる出来事の最初の合図だったことを。
◇◆◇
【運命ポイント】
2Pt → 4Pt
【今回の獲得】
+2Pt
獲得理由
・街道を襲った魔物を撃退
・商人と荷馬車を守った
◇◆◇
【あとがき】
第28話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は集落からアルトへ戻る途中、突然の魔物の襲撃に遭いました。
フェンも戦いに加わり、レオン、リリア、フェンの三人で初めてしっかりと連携して戦うことになりました。
そして今回の戦いによって、運命ポイントは2Ptから4Ptへ。
少しずつですが、またガチャへ向けてポイントが貯まっていきます。
一方で、集落で聞いた話と今回の魔物の出現には、まだ気になる部分が残っています。
特に、古い街道から聞こえるという妙な音。
レオンたちはまずギルドへ報告することになりますが、果たしてこの異変は何なのか。
次回、第29話もお楽しみに!




