第27話 アルトの外へ
翌朝。レオンたちは朝食を済ませると、昨日と同じように荷物をまとめて宿を出た。フェンはすっかりレオンたちとの生活に慣れたらしく、昨日よりも自然にその後ろをついて歩いている。時々、レオンの足元へ身体を寄せてくるのも、もう珍しいことではなかった。
「今日はどんな依頼にする?」
リリアが依頼板を眺めながら尋ねる。
「昨日は薬草採取だったから、今日は少し遠くまで行ってみたいな。」
「遠くって?」
「アルトの外。」
レオンは街の外へ続く道を見た。
「せっかく冒険者になったんだし、ずっと近場だけっていうのもな。」
「確かに。」
フェンもレオンの視線を追うように、街の外を見つめている。
「わふ?」
「お前も行きたいか?」
「わふっ!」
「じゃあ決まりだな。」
三人は冒険者ギルドへ向かった。
◇◇◇
ギルドへ入ると、昨日と同じ受付嬢がすぐに気付いた。
「あ、おはようございます!」
「おはようございます。今日も依頼を探しに来ました。」
「はい。昨日の依頼は問題ありませんでしたか?」
「無事に終わりました。」
レオンが答えると、足元にいたフェンが尻尾を振った。
「……ふふ。」
受付嬢が微笑む。
「昨日より、ずいぶん仲良くなりましたね。」
「そう見えます?」
「はい。」
レオンはフェンの頭を撫でる。
「まあ、昨日一緒に依頼へ行ったので。」
「今日はどんな依頼を?」
「少し遠くまで行けるものがいいです。」
「それでしたら……。」
受付嬢は依頼板を確認する。
いくつかの依頼書を手に取り、その中から一枚を抜き出した。
「こちらはいかがでしょう?」
レオンが受け取る。
「物資の運搬?」
「はい。アルトから街道沿いの集落まで、生活用品を届ける依頼です。荷物はそれほど多くありませんし、道も比較的安全です。」
「どれくらいかかります?」
「歩いて半日ほどですね。集落で荷物を渡したら、その日のうちに戻ることもできます。」
レオンは依頼書を読む。
報酬はそれほど高くない。
ただ、今まで受けた依頼よりも遠くへ行ける。
「これにしよう。」
「いいと思う。」
リリアも頷いた。
「では、受理しますね。」
受付嬢が依頼書へ判を押す。
「街道を外れなければ、危険はそれほどありません。ただ、最近は小型の魔物が出ることもあるので、念のため気をつけてください。」
「分かりました。」
レオンは依頼書をしまった。
「行こう、フェン。」
「わふっ!」
◇◇◇
街を出ると、目の前に長い街道が伸びていた。アルトを離れるのは、レオンにとってこれが初めてだった。
左右には草原が広がり、その先には低い丘がいくつも見える。アルトの街中では聞こえなかった風の音が、やけに大きく感じられた。
「アルトの外って、こんな感じなんだな。」
「私も少し楽しみだった。」
リリアが周囲を見回す。
「何か見つけたら図鑑にも登録できるかもね。」
「それだ。」
レオンの表情が明るくなる。
ガチャから出てくるものだけではなく、知らないものを見つけることでも運命ポイントは増える。昨日の依頼で再び1Ptから始まったばかりだが、新しい場所へ行けば、それだけ新しいものに出会える。
「今日は色々探してみよう。」
「わふっ!」
「フェンも張り切ってるね。」
三人は街道を歩き始めた。
しばらく進むと、道端に見慣れない黄色い花が咲いているのを見つけた。アルト周辺では見たことがない花だ。
「これ、何だろう?」
レオンがしゃがみ込む。
星詠みの片眼鏡を取り出して覗いてみる。
────────────────
【風鳴り草】
風の強い場所に自生する植物。
葉が風を受けると小さな音を鳴らす。
────────────────
「風鳴り草……。」
レオンが花へ顔を近づける。
風が吹く。
チリン。
小さな音が鳴った。
「本当に音がする。」
「かわいいね。」
リリアもしゃがみ込む。
レオンがしばらく観察していると、目の前に表示が浮かんだ。
────────────────
【図鑑登録】
No.021
風鳴り草
────────────────
続いて、運命ポイントの表示が現れる。
────────────────
【運命ポイント】
1Pt → 2Pt
【今回の獲得】
+1Pt
獲得理由
・未知の植物を発見
・図鑑への新規登録
────────────────
「2Pt。」
レオンは表示を見つめる。
たった1Pt。
それでも、昨日からまた一つ増えた。
「順調だね。」
「この調子で色々見つけよう。」
リリアが笑う。
「そうだな。」
レオンは風鳴り草をもう一度見る。
その横でフェンが花の匂いを嗅いでいる。
「フェン、食べるなよ。」
「わふ?」
「昨日、枝を食べようとしただろ。」
「わふ……。」
フェンが少しだけ目を逸らす。
「覚えてるんだ。」
リリアが笑った。
「たぶん。」
レオンも笑いながら立ち上がる。
「行こう。」
三人は再び街道を進んだ。
◇◇◇
それからしばらく歩いた。
街道は緩やかな丘を越え、森の近くを通っている。
フェンは先ほどまでとは違い、少し前を歩いていた。
「フェン、あまり先に行くなよ。」
「わふ!」
返事はある。
けれど、フェンは足を止めた。
「……?」
レオンも立ち止まる。
フェンが森の方を見ている。
耳がぴんと立っていた。
「どうした?」
レオンが近づく。
フェンは森へ向かって小さく鼻を鳴らした。
くん。
くん。
「何かいるのかな?」
リリアが周囲を見回す。
森は静かだった。
鳥の声は聞こえる。
風も吹いている。
だが、魔物の姿は見えない。
「気のせいか?」
レオンが聞く。
「わふ……。」
フェンはしばらく森を見つめていたが、やがてこちらへ戻ってきた。
「まあ、何もないならいいか。」
レオンは歩き出す。
フェンもその後ろをついてくる。
だが。
少し進んだところで、レオンは道端に妙なものを見つけた。
「……これ。」
地面に小さな足跡が残っている。
四本足。
人間のものではない。
しかも、街道の脇から森へ向かって続いている。
「魔物の足跡?」
リリアがしゃがみ込む。
「たぶん。」
レオンは片眼鏡を覗く。
────────────────
【魔物の足跡】
小型魔物によるものと思われる。
種類の特定はできません。
────────────────
「種類までは分からないか。」
レオンが立ち上がる。
フェンは足跡をじっと見ていた。
「さっきフェンが見てたの、これだったのかな。」
「わふ。」
「分かってたの?」
フェンが尻尾を振る。
「……すごいじゃん。」
レオンが頭を撫でる。
フェンは嬉しそうに目を細めた。
「昨日より、少し分かることが増えてるのかもね。」
「まだ生まれたばかりみたいなものなのにね。」
「これからもっと成長するのかな。」
「わふっ!」
まるで返事をするように鳴く。
レオンは笑った。
「期待してるぞ。」
◇◇◇
さらに街道を進む。
しばらくすると、丘の向こうに小さな集落が見えてきた。
「あれかな?」
「たぶん。」
依頼書に書かれていた場所と一致している。
レオンは背負っていた荷物を確認した。
「ここまで来れば、あとは荷物を渡すだけだな。」
「思ったより早かったね。」
フェンも集落を見ている。
「わふ……。」
その時だった。
集落の入口に立っていた男が、こちらへ気付いた。
そして。
こちらへ駆けてくる。
「冒険者か!?」
「はい。アルトから物資を届けに来ました。」
男はレオンたちの後ろを見る。
「そうか……。間に合ったか。」
「何かあったんですか?」
レオンが尋ねる。
男は一瞬だけ言葉に詰まった。
「実は……。」
その視線が、街道の先へ向く。
「さっき、この先で魔物が出たらしい。」
レオンの表情が変わる。
フェンも同時に街道の先を見た。
耳がぴんと立つ。
「……わふ。」
小さな唸り声が、静かな街道に響いた。
◇◇◇
集落の入口に立っていた男は、街道の先を何度も振り返っている。
「魔物って、どんな奴ですか?」
レオンが尋ねると、男は首を横に振った。
「まだ姿は見ていない。ただ、街道の脇で何かが動いたって話があってな。念のため、今日は街道を使わないようにしている。」
「なるほど……。」
レオンはフェンを見る。
フェンは街道の先を見つめたまま、じっと動かない。
「フェン?」
「……わふ。」
小さな唸り声。
レオンは片眼鏡を取り出した。
「一応、見てみる。」
街道の先へ視線を向ける。
けれど、遠くまで続く道には何も見えない。
「今のところ、何もいないみたいだ。」
「そうか……。」
男が少しだけ安心したように息を吐く。
「まずは荷物を渡します。それから、もし必要なら話を聞きます。」
「ああ。助かる。」
三人は集落へ入った。
小さな集落だった。
家が十数軒ほど並び、中央には井戸がある。畑もあるが、アルトの街と比べればずっと小さい。
荷物を届け終えると、男は何度も頭を下げた。
「本当に助かった。最近は街道を使うのも少し怖くてな。」
「魔物が出るようになったのは最近ですか?」
「ああ。今まではこんなこと、ほとんどなかった。」
レオンはその言葉を聞いて、少しだけ気になった。
昨日までなら、ただの魔物の出現だと思っていたかもしれない。
でも。
黒い魔力。
裂け目。
侵食核。
そして、これまでいなかった魔物。
最近になって起きている異変を知っているからこそ、妙に引っかかる。
「何か変わったことはありませんでした?」
「変わったこと?」
「例えば、森の様子とか。」
男は少し考えた。
「そういえば……。」
その顔が曇る。
「最近、森の鳥が少なくなった気がする。」
レオンとリリアが顔を見合わせる。
「それと、夜になると妙な音が聞こえることもある。」
「どんな音ですか?」
「うまく説明できない。ただ、獣の鳴き声とは少し違う。」
フェンが突然、レオンの足元へ寄ってきた。
「わふ……。」
レオンはフェンの頭を撫でる。
「どうした?」
フェンは答えず、森の方向を見ている。
やはり何かを感じている。
レオンは少し考えた。
「今日はもう遅くなるので、俺たちはアルトへ戻ります。」
「ああ。それがいい。」
男も頷いた。
「魔物のことは、ギルドへ報告しておく。」
「助かる。」
三人は集落を出た。
街道へ戻る。
来た時と同じ道。
けれど、帰り道は少しだけ緊張していた。
フェンは先ほどから何度も森を振り返っている。
「何かいるのか?」
「わふ……。」
レオンが立ち止まる。
フェンも止まった。
森の中から、風が吹く。
木々が揺れる。
それだけだった。
「……今日は帰ろう。」
レオンはそう言って歩き出す。
フェンも後ろからついてくる。
まだ何も分からない。
ただ。
この集落の周辺で、何かが起き始めている。
そのことだけは、レオンにも感じられた。
アルトへ戻ったら、ギルドへ報告しよう。
そう考えながら、レオンは街道を歩き続けた。
◇◆◇
【あとがき】
第27話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回はアルトの街を出て、初めて少し遠くの集落まで足を伸ばしました。
新しい植物《風鳴り草》も図鑑に登録され、運命ポイントも、
1Pt
↓
2Pt
と少しずつ増えています。
そして、フェンが何かを感じ取っているような場面もありました。
集落周辺で起きている魔物の目撃情報。
森の鳥が減っていること。
夜に聞こえるという、獣とは少し違う音。
まだ何が起きているのかは分かりません。
レオンたちはアルトへ戻り、まずはギルドへ報告することになります。
次回、集落周辺で起きている異変の正体とは?
第28話もお楽しみください!




