第20話 異変の痕跡
翌朝。
宿の窓から差し込む朝日で目を覚ましたレオンは、大きく伸びをした。
昨日手に入れた《魔力探知の腕輪》が、机の上で朝日を受けて静かに輝いている。
「今日は調査だったね。」
身支度を終えたリリアが声を掛ける。
「ああ。」
レオンは腕輪を左手首へ装着した。
見た目は細い銀色の腕輪だ。
特別な力を感じるわけではない。
それでも、昨日ガチャから出た意味はきっとある。
「行こう。」
二人は宿を出て、冒険者ギルドへ向かった。
◇◇◇
朝のギルドは昨日以上に活気づいていた。
依頼書の前では冒険者たちが言い合いをし、受付には長い列ができている。
その中でガレスは腕を組み、入口近くで待っていた。
「来たか。」
「お待たせしました。」
「黒い結晶だが、一晩調べても何も分からなかった。」
ガレスは率直に告げた。
「鑑定士にも見せた。だが全員お手上げだ。」
「そうですか……。」
「だからこそ調べる。」
ガレスは地図を広げる。
「昨日、お前たちが異常個体と遭遇した場所へ向かう。」
「調査依頼ですね。」
「そうだ。」
レオンは頷いた。
予想していた展開だった。
「危険と判断したら即撤退する。」
ガレスは二人を見回す。
「調査が目的だ。討伐じゃない。」
「はい。」
「分かりました。」
三人はそのまま北門を抜け、ベルン平原へ向かった。
◇◇◇
一時間ほど歩くと、昨日回復草を採取した場所が見えてきた。
戦闘の跡はまだ残っている。
抉れた地面。
倒れた大木。
乾き始めた血痕。
「昨日のままだ……。」
リリアが小さく呟く。
ガレスは周囲を見渡しながら頷いた。
「ギルドが魔物の死体だけ回収した。」
「他には何も?」
「何もなかった。」
レオンは静かに腕輪へ視線を落とす。
(頼む。)
(何か見つけてくれ。)
その瞬間だった。
腕輪が微かに温かくなる。
「……!」
青い光が一瞬だけ灯った。
「反応した。」
「本当か?」
ガレスが近寄る。
「はい。でも、まだ弱いです。」
レオンはゆっくり歩き出す。
一歩。
また一歩。
腕輪の光が少しずつ強くなっていく。
さらに。
腰に下げた《幸運の羅針盤》も小さく震え始めた。
「羅針盤まで……。」
針は迷うことなく、一つの方向を指している。
「こっちです。」
三人は草をかき分けながら進んだ。
やがて大きな岩場へ辿り着く。
「こんな場所、昨日は見てない。」
リリアが首を傾げる。
レオンも同じだった。
昨日はブラッドファングウルフとの戦闘で周囲を見る余裕がなかった。
ガレスは岩肌を見回す。
「この辺りは以前にも調査したことがある。」
「何も無かったんですか?」
「ああ。」
その時だった。
腕輪の光が一段と強くなる。
ピィィン……
今まで聞いたことのない澄んだ音が鳴った。
「この岩の向こうだ。」
レオンはゆっくり岩場へ近付く。
羅針盤の針も、真っ直ぐ同じ場所を指していた。
岩陰へ回り込む。
そこには人一人が通れるほどの細い裂け目が口を開けていた。
「洞窟……?」
レオンは思わず息を呑む。
裂け目の奥は暗く、その先は何も見えない。
だが。
奥から黒い靄のような魔力が、ゆっくりと流れ出していた。
ガレスの表情が険しくなる。
「昨日はこんなものは無かった。」
「え?」
レオンが振り返る。
「少なくとも、こんな裂け目から魔力が漏れ出してはいなかった。」
ガレスは腰の剣へ手を添えた。
ベテラン冒険者らしく、すでに周囲への警戒を始めている。
リリアも杖を握り直した。
「中から……魔力を感じる。」
昨日までとは明らかに違う。
肌が粟立つような、重く淀んだ気配。
普通の魔物が放つ魔力ではない。
レオンは魔力探知の腕輪へ目を向けた。
淡い青色だった光が、洞窟へ近付くにつれて少しずつ強くなっていく。
「間違いない。この中です。」
同時に、幸運の羅針盤も真っ直ぐ洞窟の奥を指したまま動かない。
二つのガチャアイテムが、同じ場所を示していた。
「……偶然じゃない。」
レオンは小さく呟く。
昨日引いた《魔力探知の腕輪》。
以前手に入れた《幸運の羅針盤》。
どちらも、まるでこの場所へ導くために手に入れたようだった。
「入るか?」
ガレスが問いかける。
レオンは洞窟の奥を見つめた。
暗闇しか見えない。
しかし、その暗闇の奥から何かがこちらを見ているような感覚だけは消えなかった。
「……。」
少し考えたあと、首を横に振る。
「今は危険です。」
ガレスは口元を緩めた。
「正解だ。」
「え?」
「力量も分からない場所へ飛び込むのは勇気じゃない。ただの無謀だ。」
その言葉にリリアもほっとしたように息を吐く。
「私も少し怖かった。」
「今日は場所を確認できただけで十分だ。」
ガレスは洞窟の入口をじっと見つめる。
「ギルドへ報告する。準備を整えてから改めて調査だ。」
その時だった。
ゴォ……
洞窟の奥から黒い靄がゆっくりと流れ出す。
腕輪が強く震えた。
「っ!」
レオンは思わず腕を押さえる。
羅針盤も激しく震え始める。
「離れろ!」
ガレスの声と同時に三人は後方へ飛び退いた。
黒い靄は入口付近まで広がると、不意に霧のように消えていく。
静寂。
風の音だけが草原を吹き抜ける。
だが次の瞬間。
洞窟の奥深くから、低いうなり声が響いた。
「グルルルル……」
ブラッドファングウルフとは違う。
もっと低く。
もっと重い。
聞いただけで本能が危険を告げる声だった。
ガレスの表情からも余裕が消える。
「今日は撤退する。」
誰も反対しなかった。
三人は決して背中を向けず、洞窟を警戒しながら少しずつ距離を取る。
やがて十分な距離まで離れると、ガレスが静かに口を開いた。
「レオン。」
「はい。」
「お前の腕輪がなければ、この洞窟は見つけられなかった。」
レオンは左手首の腕輪を見る。
もう光は消えていた。
「昨日のガチャが、もう役に立つなんて思いませんでした。」
「運か、必然か……。」
ガレスは苦笑する。
「少なくとも、お前は普通のガチャ師じゃないらしい。」
その言葉を聞きながら、レオンはもう一度だけ洞窟を振り返った。
あの奥に何があるのか。
黒い結晶と、異常個体の正体。
そして、この世界で起き始めた異変。
その答えは、すべてあの暗闇の先にある。
レオンは拳を握り締めた。
「必ず、突き止める。」
◇◆◇
【あとがき】
第20話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は戦闘ではなく「探索」をメインに、異変の入り口を描きました。
ガチャで手に入れた《魔力探知の腕輪》も早速活躍し、ガチャ師ならではの強みが少しずつ見え始めています。
次回はいよいよ洞窟探索開始。黒い魔力の正体に迫ります!




