第11話 世界を巡る者
レオンは机の引き出しから、布に包まれた古代の石板を取り出した。
昨日、『忘れられた洞窟』の最深部で手に入れた石板。
そして、今日ガチャで引き当てたSR魔道具――『星詠みの片眼鏡』。
「本当に、この二つに何か関係があるのかな……。」
レオンは石板を机の上へ置き、片眼鏡をゆっくりと目に当てた。
青いレンズ越しに石板を覗く。
しかし――。
「何も変わらない?」
刻まれた古代文字は相変わらず読めないままだ。
ガチャ師によく似た人物の彫刻も、昨日見た姿と何一つ変わっていなかった。
「やっぱり駄目か……。」
肩を落としかけた、その時だった。
図鑑の説明が頭をよぎる。
――魔力を流して覗くことで、隠された情報や真実の一端を映し出す。
「そうだった。」
「魔力を流さないと意味がないんだ。」
レオンは片眼鏡を外し、小さくため息をつく。
魔力。
この世界では誰もが当たり前のように口にする言葉だ。
だが、自分は一度も意識して使ったことがない。
「どうやって流せばいいんだろう。」
試しに片眼鏡を握りしめ、力を込めてみる。
「うーん……。」
何も起きない。
もう一度集中する。
目を閉じ、身体の奥にある何かを探すように意識を向ける。
しかし、片眼鏡は静かなままだった。
「やっぱり分からないか。」
無理に続けても埒が明かない。
レオンは片眼鏡をケースへ戻し、石板も丁寧に布で包むと、部屋を出た。
◇ ◇ ◇
食卓では、母が朝食の準備をしていた。
「おはよう、レオン。」
「おはよう。」
父も席へ着き、焼きたてのパンを頬張っている。
「洞窟から帰ってきてから、ずいぶん難しい顔をしてるな。」
父が笑いながら言った。
レオンは少し迷った末、正直に話すことにした。
「父さん。魔力って、どうやって使うの?」
その一言に、父は少し驚いたような顔をする。
「急にどうした?」
「魔道具を手に入れたんだ。でも、『魔力を流せ』って書いてあって……。」
「なるほどな。」
父は腕を組み、少し考え込む。
「残念だが、俺は剣士だから詳しくはない。」
「えっ?」
「身体強化くらいなら感覚で使えるが、魔道具を扱う知識は専門外だ。」
少し期待していただけに、レオンは肩を落とした。
すると母が思い出したように口を開く。
「それなら、村の教会へ行ってみたら?」
「教会?」
「シスターのエレナさんなら、魔法や魔道具にも詳しいはずよ。」
レオンは顔を上げる。
「そうなの?」
「昔は王都で魔法を学んでいたって聞いたことがあるわ。」
父も頷いた。
「ああ。魔力の扱い方なら、俺たちよりずっと詳しいだろう。」
「ありがとう!」
レオンは急いで朝食を食べ終えると、星詠みの片眼鏡を大切にポーチへしまった。
石板も忘れずに持つ。
「行ってきます!」
「慌てるなよ。」
「気を付けてね。」
二人に見送られながら家を飛び出した。
胸の中には、不思議な高揚感が広がっている。
もし、この片眼鏡で石板が読めるようになれば。
ガチャ師の秘密に、一歩近づけるかもしれない。
レオンは教会へ向かって駆け出した。
ベルン村の教会は、村の外れにひっそりと建っている。
白い石造りの建物は決して大きくはないが、村人たちの祈りの場として長く親しまれてきた。
レオンが扉を開けると、柔らかな光が差し込む静かな空間が広がっていた。
「失礼します。」
声を掛けると、祭壇の前を掃除していた一人の女性が振り返る。
「おや、レオン君じゃない。」
穏やかな笑みを浮かべたのは、シスター・エレナだった。
優しい人柄で村人から慕われ、子どもたちにも人気がある。
「今日はどうしたの?」
レオンはポーチから『星詠みの片眼鏡』を取り出した。
「この魔道具を手に入れたんです。でも、『魔力を流して覗くことで』って書いてあって……。」
エレナは片眼鏡を見つめ、小さく目を見開いた。
「ずいぶん珍しい魔道具ね。」
「知ってるんですか?」
「名前だけなら。でも、実物を見るのは初めてよ。」
片眼鏡を返しながら、エレナは優しく微笑む。
「魔道具は力任せに魔力を流しても動かないの。」
「じゃあ、どうすれば……?」
「まずは、自分の中にある魔力を感じること。」
レオンは真剣な表情で頷いた。
「目を閉じて。」
静かな教会に、自分の呼吸だけが響く。
「胸の奥に、小さな灯火があると思って。」
ゆっくり息を吸い、吐く。
何度も繰り返していると、胸の奥がほんのり温かくなってきた。
「……何か、温かいです。」
「それが魔力よ。」
エレナは嬉しそうに頷く。
「その温もりを、手の先まで運ぶように意識してみて。」
レオンは片眼鏡を握り締めた。
胸の奥の温もりが腕を伝い、手のひらへ流れていく。
その瞬間。
カチッ。
片眼鏡にはめ込まれた青い魔石が、淡く輝いた。
「光った!」
「初めてでそこまでできれば十分よ。」
エレナは穏やかに微笑む。
「魔力は焦って身につくものじゃないわ。毎日少しずつ慣れていけば大丈夫。」
「ありがとうございました!」
レオンは深く頭を下げ、教会をあとにした。
◇ ◇ ◇
教会を出たレオンは、すぐには家へ戻らなかった。
人目の少ない村外れの丘まで歩き、一本の大きな木の下で足を止める。
「ここなら誰にも見られないな。」
ポーチから布に包まれた石板を取り出し、そっと草の上へ置いた。
片眼鏡を目に当てる。
先ほど教わった通り、胸の奥の温もりを意識する。
その魔力を、ゆっくりと片眼鏡へ流し込んだ。
カチッ。
青い魔石が淡く輝く。
レオンは息をのんで石板を覗き込んだ。
すると、ただの模様だった古代文字の一部が、淡い金色に光を放ち始める。
「読める……!」
浮かび上がった文字は、ほんのわずか。
――図鑑を完成せし者。
――世界を巡り。
――真実へ至る。
光はそこで消えた。
何度見直しても、それ以上の文字は沈黙したままだ。
「全部は読めないのか……。」
レオンは石板を静かに布で包み直した。
それでも十分だった。
図鑑を完成させること。
世界を巡ること。
それがガチャ師に託された使命なのだと、胸の奥で確信する。
続いて、幸運の羅針盤を取り出した。
針はゆっくりと揺れたあと、村の外へ向かって静かに止まる。
目を上げると、その先には見たこともない世界が広がっていた。
「……そうか。」
レオンは小さく笑う。
「答えは、村の外にあるんだ。」
石板を大切にポーチへしまい、羅針盤を握り締める。
「決めた。」
「旅に出よう。」
まずは父と母に、この決意を伝えよう。
レオンは力強く頷くと、夕日に照らされた村へ向かって歩き出した。
(第12話へ続く)
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
『星詠みの片眼鏡』によって、古代の石板に刻まれた文字の一部が明らかになりました。
「図鑑を完成せし者、世界を巡り、真実へ至る。」
その言葉は、レオンに大きな決意を与えます。
次回はいよいよ第1章最終話。
レオンがどんな一歩を踏み出すのか、ぜひ見届けていただけると嬉しいです!




