8 親友は割と聡い
本を読んだりしていると、良い感じの時間になったので支度をして家を出る。
一応、瑞希のスマホにメッセージは送ったが既読が付くのは会ってからだろうと理解してるので本当に念の為だ。
あの親友は時間にルーズで朝に弱い。
マイペースな天才気質と言えば聞こえはいいが、基本約束事をするのに向いてないくらいには社会不適合な部分を兼ね備えている。
正直、高校卒業した後が心配になるが卒業出来るかどうか。
出席日数足りなくて留年は割と有り得るが、それ以外はそこまで心配する必要がないをそれなりに長い付き合いでよく分かってる。
私なんかと比べるまでもなくあの親友は要領が良くて頭がいい。
女癖の悪さがあれではあっても、なんやかんやああいうのがのらりくらりと社会を余裕で横断してくのだろうと他人事ながらしみじみ思う。
その点で言えば私の将来の方が余程心配だ。
成績は中の中を揺蕩っており、得意なことはそれ程多くない。
強いていえば料理や家事全般だが、私以上は五万といるだろう。
学歴を考えると、進学したい気もするが叔父さんにお金のことで負担はかけたくない。
高校のうちにお金を貯めて、大学生通いながらアルバイト掛け持ちとか出来るかな。
難しいかもだけど、割と真剣に考えるべきか。
もしくはそのまま就職も手だが、高三までにはしっかりと進路を決めておきたいものだ。
ブルーな気持ちと己の低スペックさはさておき、親友の瑞希の家は学校からさほど遠くない。
元々叔父さんと住んでいた家の近くなのでよく知ってる場所だ。
私が中三になった時。
叔父さんは県外に転勤となった。
私も転校するつもりだったが、元々高校も今のところを受けるつもりだったのと『友達と離れるべきじゃない』という叔父さんの優しさでこちらに残ることになった。
一人暮らしをしてるアパートは叔父さんの知り合いの管理する所で、そっちの方が家賃が安いとくれば私は拒否する理由もなし。
本音としては叔父さんに着いていきたい気持ちもあった。
まだ恩返しも全然出来てないし、何より私は思ってたより叔父さんに甘えていた。
そんな私を可愛がりつつも、叔父さんは将来を考えてこうして一人暮らしをした方がいいと言ってくれた。
私を思えばこその選択だ。
これに答えないのはダメだろうとこうしてなんとか一人暮らしをしている。
なんだかんだ、近所には叔父さんの知り合いが多いし困ったことはあまりないが、それでもたまに夜一人が寂しいと言うのはワガママだろうか。
瑞希の家は比較的大きな一軒家で、何度も遊びに来ているが玄関に立った時は未だに緊張する。
別に瑞希の家や家族に緊張はしてない。
私を見ると飛びついてくるのがいるからだ。
「あら、さっちゃん。もしかして遊びの約束かしら?」
「はい。こんにちは、おばさん。お迎えです」
「いつもごめんなさいね〜。あの子ったらまーだ寝てるから入ってちょうだい」
相変わらず綺麗な瑞希のお母さんはやれやれと娘の様子に呆れつつ笑顔で出迎えてくれる。
優しくて朗らかな人で私は密かに憧れの存在にしてたりするが、それは内緒だ。
「ワン!」
ギクリとその鳴き声が聞こえた瞬間、横から私は襲撃を受ける。
大きなそれはじゃれつくように私をハスハスするが、鼻息が生暖かい。
「ステイ、ステイ」
「わふぅ、ワンワフ!」
うん、聞く耳持たないわな。
大きな襲撃者の正体は水蓮寺家の番犬こと大型犬の『イヌヌワン』だ。
名前については触れないように。
瑞希のお母さんの命名らしい。
「こら、いぬぬんダメよ」
「くぅん」
私には見かける度に飛びかかってくるが、おばさんには甘えたような声をあげる。
きっと私はこの犬に舐められてるのだろうが、それはいい。
問題は会う度に物理的に舐められることだ。
今も手がネチョネチョする。
「おばさん、洗面所貸して」
「ええ、いつもごめんなさいね〜」
「慣れてますから」
おばさんがイヌヌワンの相手をしてるうちに家に入ると、洗面所で手を洗う。
「あれ?さっちゃんじゃん」
手を洗って少し落ち着いていると、瑞希そっくりの瑞希の姉の瑞穂さんが私を見て頭をワシワシしてくる。
「瑞穂姉、今日は休み?」
「これからサークルに行くよ。さっちゃんはアホのお迎えだね。いつもごめんね」
「慣れてるから」
それにしても大学生になってから瑞穂姉の色気がヤバい。
前から大人びてたけど、なんか一挙手一投足が色っぽくなってる気がする。
そんなアホなことを考えつつ、瑞穂姉と少し話してから二階に上がる。
奥の隅の部屋にノックをするが、無論反応なし。
ノックはしたので問答無用で部屋に入ると、まだ寝てる親友の姿が。
「瑞希、朝だよ」
「むにゃぁ……あと一億と二千年……」
「愛してる歌はいいから」
ベロンと布団を捲って床に転がすが起きる気配はなし。
いつも通りなので私が着替えさせる。
無駄に大きい胸が揺れる度に私の憎悪が深くなるが、親友はそんな私に気づかずされるがまま着替える。
「む」
準備が終わって、後は連れ出すというタイミングで瑞希は覚醒するなり一言。
「なんか幸恵からラブの気配が!」
いいから起きんかいボケ。
そう口にした私を責めるものはいまい。
「いやぁ、ごめんごめん。この時期は眠くてね〜」
「いつもでしょ」
「冬よりはマシだよ〜。冬はね布団から出たらダメって法律で決まってるんだ」
「じゃあ、彼女とアフターお泊まりは出来ないってことだ」
「それは例外だから」
都合の良いことを言う親友はよく寝たようにご機嫌だ。
「幸恵いっそ私の妹にならない?お母さんも瑞穂姉も絶対喜ぶからさ」
「やだよ。毎朝瑞希の世話するのは」
「けちー」
そう言ってから、不意にぷくくと笑う瑞希。
「でもいつ見ても幸恵とイヌヌワンはじゃれてるよねー。仲良しさんだ」
「絶対下に見られてるだけだよね」
「そんな事ないって。お父さんと一緒だよ」
そういえば、瑞希のお父さんもよく飛びかかられていたっけ。
「私が女の子連れ込んだ時は吠えるんだよ〜。酷くない?」
「悪い虫がついたと思われてるんでしょ」
「過保護なわんちゃんだよね〜」
そう言って「う〜ん」と背伸びをする瑞希。
目につく二つのスイカに舌打ちしなかっただけ、私は今日も理性的だ。
「さてと。じゃあホテル行こうか」
「まだ寝るの?」
「分かってるくせに〜。このマセガキめ!」
えいえいとツンツンしてくる面倒くさい親友。
「なんか機嫌いいけど昨日いい事あった?」
「ふっふっふ〜。それを見よ!」
そう言ってスマホを取り出すとスクショを見せてくる瑞希。
「あ〜。欲しがってたやつ出たんだ」
「その通り!しかも単発だよ?凄くない?」
スマホゲーで高レアの欲しいやつが単発で出たらしい。
それでご機嫌なわけか。
「やっぱり無課金の時に出た時は脳がじゅわぁって弾けるよね〜」
「分からなくないけど」
「そういえば幸恵も昨日なんかあった?」
ふと、そんな事を聞いてくる瑞希。
「そう見える?」
「うーん、パッと見嬉しさ三割、困惑二割、乙女心四割に見えるかな」
「残りの一割は?」
「ひ・み・つ」
片目で人差し指を立てる姿でこうもあざとく出来るのは流石だなぁ。
「んでんで?」
「んー、強いて言うなら良いアルバイト先が見つかった」
「ほうほう」
「そんで、叔父さんの知り合いが居た」
「なるほどなるほど」
「あと、少し楽しいバイトかもってくらいかな」
朝の忘れかけてる夢やらなんやらは言わない。
絶対からかわれるし。
「うーん、じゃあ勘違いかな〜」
「何が?」
「幸恵からラブの気配がしたのが」
「まだ言うか」
「絶対勘違いじゃないと思うんだよね」
勘違いかそうじゃないかで言えば勘違いだろう。
確かに聖女様のことは割と気に入ってるし、私に珍しいことに関わりを煩わしいとは思わない。
でもそういう所謂ラブな感じじゃないと思う。
確かに一緒にいると楽しかったり、めちゃくちゃ顔が良くて、私にだけ見せる表情がみたいって凄く思うし、美味しいもの作ってあげたいと思ったり、飾ってないナチュラルな笑顔が見たかったり、胸が変な鳴り方したりするがそうじゃないはずだ。
朝の夢?うーん、忘れてきましたね。
「まあ、でも幸恵ってそういうの絶対隠そうとするから私間違ってないと思うんだよね〜」
「隠さないって」
「本当に?」
「ホントホント」
決して、横から掻っ攫いそうだから話さないとかじゃないから。
「親友の想い人は奪わないって〜」
「でも中学の時、美香子の彼女と二股してなかった?」
「……ちょっと記憶にないですね〜」
私は覚えてる。
盛大に修羅場ったのを。
そして美香子が彼女から別の男にあっさり乗り換えたのを。
両方いけるって強いなぁとしみじみ思うけど、私はそういう強かさはないのであしからず。
「まあ、でも良かったよ」
「何が?」
「幸恵ってば、そういうラブな気持ちわざと遠くに持ってきやすいから、恋できそうなこと」
「確定じゃないってば」
「でも気になるんでしょ?」
確かに気にならないと言えば嘘になるけど。
「好きになったら迷っちゃダメだよ〜。横から取られる前に射止めて自分のものにしないと」
「私はそういうのとは無縁だから」
もしこの気持ちがそれだとしても、聖女様のことをそういう対象にしてたとしても。
私は恋をするべきじゃない。
お母さんみたいに絶対なるから。
重くて面倒くさくて、捨てられて好きな人を殺して自分も死ぬような面倒な女になっちゃうから。
そんな私の気持ちを分かってるように瑞希は頷くとポンと私の背中を叩いて言った。
「幸恵が怖いのも傷つけたくないのも分かるけど……相手がさ、もし同じ気持ちで、幸恵が我慢しなくていい相手だったらさ。もう少し勇気出してもいいんじゃない?」
そんな一方的に押し付けたくはないんだけどなぁ。
「それにね。幸恵が好きになる人って幸恵と同じくらい面倒だって絶対思う」
「根拠は?」
「乙女の勘!」
なんの根拠もないやつだが、頭の乙女と恋した女の言うことだし妙な説得力がある。
ふと、脳裏に昨日会った聖女様の姿が浮かぶ。
受け止めてくれるだろうか。
同性で、しかも私みたいな面倒くさいのを。
そう思ったが頭を振って忘れる。
例えそうでもし気持ちが通じたならその時は……勇気出せるといいな。
私は恋をするべきじゃない。
その考えは変わらないけど、もし聖女様が夢のように居なくなったらと考えると私は耐えられそうもない。
玉砕するにせよ隠し通すにせよ、まずは気持ちがハッキリと分かるといいよね。
「ねぇねぇ、幸恵。あの子可愛いよね。ナンパしてきていい?」
「台無しだよ色々」
寄り添うなら最後まで頑張って欲しかったが、フリーダムな親友だし今更だよな。




