5 聖女様の屋敷の厨房と料理長
「聖女様、哀れな子羊にどうかご容赦を……」
現在19敗目。
同じ初心者でも地頭の違いは覆せないと悟れなかった己が憎い。
「勿論ですよ。聖女ですからね」
そう言って当たり前のように20勝目をかっさらう聖女様は実に活き活きとしていた。
「はい。300点のダメージで私の勝ちです」
「あぁ!私のダネちゃんが〜!」
「残念ながら私が美味しく頂きました。では、20敗分服の方を調整しておきますね」
「鬼!悪魔!聖女!」
私を弄んで楽しいのか!
うん、楽しそうだわな。
私の言葉を実に心地よさそうにスルーしてるし。
「明後日くらいには届けさせますのでその時は楽しみましょうね」
「あ、明後日で思い出したけど明日は来れないかも」
「ご用事ですか?」
「うん、ちょっとね」
瑞希との約束明日なんだよね。
逆にアルバイトの紹介があった昨日の今日で私用の首輪やメイド服あるのが謎すぎるけども、深くは考えまい。
「分かりました。明後日は来れますよね?」
「問題なく」
「なら結構です」
20勝の余韻に浸りつつ、私を好き勝手出来るのを楽しみにしてそうな聖女様。
分かってたけど生粋のSだと思う。
カードゲームをやってから私は聖女様の家のキッチンに向かう。
広すぎて迷いそうになりながら着いたキッチンはキッチンではなく厨房だった。
少なくともキッチンに業務用の冷蔵庫は置いてないと思うのでキッチンではなく厨房と呼ぶべきだろう。
「アンタがお嬢様の雇ったっていう同級生か?」
広さと設備に驚いていると、厨房の主らしき大柄のイカつい男に声をかけられる。
シェフというよりドンと名乗った方が似合いそうだ。
「はい。夕飯だけ作らせて貰います」
「ああ、聞いてる。食材も設備も好きに使ってくれ。俺は料理長の長谷川だ」
「鈴木と申します」
思ったよりも友好的で少し驚く。
新参者、ましてや雇い主の気まぐれで来た小娘にもう少し刺々しい対応も覚悟してたのだが。
まあ、いいかと手を洗って食材を集める。
「おぉ……凄い」
どの食材も見たことないくらい良い物が揃ってる。
流石だなぁと思って作業に入ると、食材を見て料理長が納得する。
「肉じゃがか。確かにお嬢様は喜びそうだ」
「出したことあります?」
「いんや。基本的に月のメニューは決まってるからな」
「愛染さんのご両親に合わせてって事ですか?」
「あぁ、まあな。とはいえ奥様も旦那様もここ最近こっちには帰ってきてないんだがな」
「そうなんですか」
口ぶりからして愛染家もなんか色々ありそうなご様子。
「聞かないのか?」
「愛染さんのご家庭のことですか?」
「お嬢様は話さんだろうし聞きたいんじゃないかと思ったんだがな」
「愛染さんが話していいと思ったなら聞きますよ」
人それぞれ事情は違う。
知りたいとは思っても深く踏み込んでいい事と悪いこと、良い時と悪い時がある。
興味はあるがそれは愛染さんが話していいと思った時に聞くべきだろう。
「それよりも一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「料理長は性別どっちですか?」
「そういう事はズケズケ聞くんだな」
「聞かれたそうでしたので」
長谷川と流暢に書かれたネームプレートが胸にある。
これ見よがしにそのネームプレートと一緒に別人の写真っぽい写真が貼ってあって、それが絶妙に同一人物に思えるのは気のせいではないだろう。
「今は男だ。昔は女だ以上」
ハーフということか。
体格まで違うのはファンタジーめいてるけど、世の中不思議なことは多いよね。
「昔、惚れた男が居たんだ。そいつは優しいのに運のない奴でな。俺はそいつに惚れてたんだが、なんやかんやあって気持ちの区切りがついてから、同性の友人になりたくてな。こうなった」
「そうなんですね」
「苗字は変わってなければ鈴木らしい」
「へー……え?」
ありふれた苗字だけど、優しくて運のない鈴木に心当たりがあり過ぎた。
私を育ててくれた叔父さんだ。
チラリと作業しながら視線を向けると料理長はニヤリと笑って言った。
「娘だか姪だか知らんが保護者によろしくな」
……叔父さんのお知り合いでしたか。
どうりで余所者で新参者の小娘に刺々しさが薄い訳だ。
そんな偶然あるのかと思うが、世の中意外と狭いものだ。
そんな事もあるのだろうと、後日叔父さんに電話で知らせる事にして今は作業に集中する。
お仕事もあるけど、どうせならあの意外とイタズラ好きな聖女様に美味しいって言って欲しいもの。
賭けのスカート丈についての情状酌量があるかもなんて、下心もなくはないが美味しいと言われたい気持ちの方が強いのが我ながら不思議な感じもする。
案外こうして人に作るのが好きなのか、はたまた聖女様だからかは……そのうち知ることになるのだが、この時の私にはどちらかは分からなかった。
気づいてないくらい鈍チンだと言われても仕方ないけど、これまで知らない感情だったり気持ちって人間意外と分からないものよ。
そんな言い訳はさせてもらいましょう。




