3 聖女様とお弁当
「おっはよー」
三時間目を超えて、ようやく登校してきた瑞希。
成績よりも、出席日数が足りなくて留年しそうな予感が強いけど、ギリギリ足りるように計算して来ているのだからタチが悪い。
というか、不測の事態で休むことになった時どうするのだろう?
その辺も本人はちゃんと考えてそうだけど、気にしても仕方ないか。
「おはよう。というかもうすぐ昼だよ」
「朝起きるのは辛くてねー。そういう幸恵も眠そうじゃん」
「早起きしたからね」
有言実行、きちんと聖女様の分もお弁当を作ってきて、カップケーキまで作ってきたのだから褒めて欲しいレベルだ。
「今日、お昼は用事あるから」
「じゃー、私は彼女と過ごすねー」
「彼女って、この前の上級生の人?」
「違う違う。あの先輩とはもう別れたよ。今度は同学年の子。クラス違うけどねー」
この前まで、弓道部の部長だかと付き合ってたのに、もう変わってるのだからフットワークが軽いものだ。
「幸恵もたまには恋したら?」
「私みたいなのがモテるとでも?」
「幸恵、顔は悪くないじゃん。磨けば光るし、胸がないだけ」
「よし、喧嘩だな。表にでようか」
押し付けるように母性の塊を当ててくる親友に思わずキレそうになると瑞希はふと視線を逸らして聖女様の居る方に向ける。
「どうかしたの?」
「んー、何でもない。多分気のせい」
「瑞希が好きな男子からの視線でも感じたの?」
「どちらかといえば、幸恵のことが好きな人からの視線……かな?」
「その冗談は私の怒りを更に上げるだけだと分かっての発言?」
「だから気のせいだってばー。それよりも、幸恵。明後日予定ある?」
「明後日って……土曜日?」
「そうそう、その日」
土曜は掃除くらいしかやる事はないけど、強いて言うならテスト勉強かな?
「何かあるの?」
「駅前にできた新しいカフェ行きたいなーって」
「それはいいけど、土日はデートとか言ってなかった?」
「アフターデートは来週だよー。流石にテスト前だから襲うのはテストの後で」
普通、恋人に襲うという単語を使うだろうか?
まあ、合意の上なのでプレイみたいなものか。
「分かったよ。じゃあ瑞希の家に集合で」
「お、分かってるね〜」
待ち合わせをしても、この親友は時間に来ることはないので、迎えに行く又は瑞希の家に直接行くのが手っ取り早い。
そこそこ長い付き合いだからこそのある種の信頼である。
まあ、こういう性格だから、恋愛の方は長続きしないのかもしれないが……恋人には妙にマメなんだよなぁ。
だからこそ、同性にモテるのだろうけど。
「四時間目は国語かー。遠藤はうるさいからバックれようかな」
「文句言ってないで大人しく参加しときな。今日の遠藤先生は多分大丈夫だから」
「その心は?」
「奥さんが妊娠したらしくて朝から浮かれてるって噂」
「あー、なるほどねー」
父親になったことで色々とハイテンションになっていた遠藤先生の国語の授業は今日一楽でありました。
「じゃあ、行ってくるねー」
お昼休みになり、瑞希が恋人の元に向かうのを見送ってから、私も部室へと足を運ぶ。
聖女様は抜け出すのが大変そうだったし来るのにもう少し時間が必要かと思っていたけど、思っていたよりも早く部室へとやってきた。
「まだ食べてませんよね?」
やって来て早々の言葉がそれ?
「食べてないよ。でもお腹空いたし早く食べたいかな」
「では、堪能させて貰いますね」
「はいはい」
そう言ってから、予備のお弁当箱の方を聖女様に手渡す。
「可愛らしい包みですね」
「それしか無くてね」
うさぎ柄のそれは、私の趣味ではないけど確かに可愛らしい。
一応弁解しておくと、他に包めそうな物がなかった故のチョイスだ。
私にそんなファンシーな趣味はない。
「そういう事にしておきますね」
「含みを持たせないでよ」
「いえ、違いますよ」
「というと?」
「可愛いものが可愛いものを愛でるのは仕方ないという事です」
何故だろう、うっすらと語尾に「ペットとしての自覚が出てきましたね」と聞こえた気がした。
「あら、彩りの良いお弁当ですね」
謎の副音声に深く考えていると、あっさりとお弁当の蓋を開けて中身を見てそんな感想を漏らす聖女様。
「タコさんウインナーですか。初めて実物を見ました」
「可愛くて美味しいからね」
少し切るだけなので手間でもないし、焼いた時に本当にタコみたいになるので私は割と好きなメニューだけど、聖女様もお気に召したようだ。
「お茶もあるけど」
「では、頂きますね」
「高いのじゃないけど大丈夫?」
「高いだけが全てではないのですよ」
それを言われるとそれまでだけど。
まあ、本人が良いのならいいか。
本日のお弁当のメニューはタコさんウインナーに、カボチャを煮たもの、ほうれん草のおひたしに、甘い味付けの卵焼き、鮭の塩焼きにきんぴらごぼうにプチトマト。
ご飯の上には私の好きな味のふりかけを。
デザートのカップケーキは後で出すとして、とりあえずは定番なものを中心に入れてみた。
「では、いただきますね」
「どうぞー」
そう言いながらも、少しだけ緊張気味な自分も居た。
定番で地味すぎたかもしれない。
そう思っていると、タコさんウインナーから食べる聖女様。
頭からいくのかと思っていたら、足の足をパクリと一口。
何故だろう、その様子が艶やかに見えるのだけどそれ以上に足から食べたことに深いものを感じてしまう。
たい焼きをどこから食べるのかの議論とは違うもので、なんと言うか徐々に味わう様子が本人の趣味嗜好に根付いてそうに感じてしまうのは深読みだろうか?
最近考えてばかりだから気の所為だよね。
「美味しいですね」
「それなら良かった」
「赤いウインナーなんて初めてみました」
「そうなの?」
「ええ、それに誰かの手作りのお弁当というのが初めてかもしれません」
「あれ?でもお昼いつもお弁当食べてなかった?」
重箱とは言わないけど、そこそこ高そうで色合いの良いやつを食べてたような気がする。
「あれはウチのシェフのものなので、家庭料理とは別です」
本人曰く、ジャンルが違うらしい。
「子供の頃、他の子のこういうお弁当が羨ましかったんですよね」
懐かしむようにそんなことを言う聖女様。
聖女様は聖女様なりに色々思うところもあるのかもしれない。
「そっか。まあ、お気に召して貰えたなら良かったよ」
「ええ、とっても美味しいですね。とくにこの卵焼き。甘い卵焼きなんてあるんですね」
「砂糖を使ってるしね。卵焼きといえば私はこれが一番好きだから」
だし巻き玉子や何かを入れた卵焼き、プレーンなものも好きだけど甘い卵焼きは一弾違った美味しさだと思う。
「お料理はご家族に習ったのですか?」
「あれ?その辺は何も聞いてないの?」
「ええ、話してくれませんでした」
瑞希なりに気を使ったのかな?
その割にはかなり私の情報は流れてそうだけど……まあ、聖女様になら隠すこともないか。
「ほとんど独学だよ。卵焼きなんかはお母さんから習ったけど……お母さんに教えてもらったのはそれくらいかな」
「そうなんですか」
「瑞希……いや、情報源からどの程度聞いてるのか分からないけど、私の家ちょっとドロドロした家庭事情があってね。今はその末に両親ともに亡くなったんだよね」
ピタリと箸を止める聖女様。
「……その話、このタイミングでするのはズルいですよ」
「ご飯美味しくなくなりそう?」
「残念なことに完食です」
見れば、本当に全て平らげていた。
「なら、デザートのカップケーキだね」
「その前に鈴木さんのお話を聞きたいです」
「聞いてもプラスになりそうな有益な話は持ってないよ」
「マイナスでも鈴木さんのことは知っておきたいんです」
「物好きだねぇ」
本当なら人に話すような話でもないんだけど、不思議と聖女様になら話しても良い気がしてきた。
「うーん、ざっくり言うと、私は両親から望まれて生まれてきた訳じゃないのね」
「胃もたれそうな導入ですね」
「事実だからね」
やる事やって、出来てしまって、堕ろすお金もなく生まれたのが私。
「早いうちに施設に預けられてね。長らく両親の顔を知らずに育ったんだけど、5歳くらいの時かな?母親が迎えに来たのね」
「今更ですか」
「うん、本当に今更。しかもかなり利己的な理由で私を施設から連れ出したんだよね」
私の父親にあたるひとの気を引くための玩具として、私は母親に引き取られた。
その後は虐待、放置なんでもありだったけど、召使いのようなポジションなら痛い思いはしなくて済んだので色々と幼いながらも頑張ったものだ。
「まあ、その程度で気を引けるような責任感のある男じゃなかったし、結果は言わずもがななんだけど、ある日珍しく穏やかなお母さんが教えてくれたのが甘い卵焼きの作り方だったんだよね」
その日のことは今でも覚えている。
泣きわめいたり、怒り狂ったりと情緒不安定なお母さんが穏やかな顔で料理を教えてくれたのだ。
卵焼きだけだけど、それでも初めて向けられた愛情らしきものが私には眩しくて今でも記憶に焼き付いている。
「んで、その数日後だったかな?お母さんがお父さんを発見して馬乗りになって滅多刺しにしてお父さん殺したと思ったら、首吊って後追いしたんだよね」
「説明端折ってません?」
「事実だから」
急展開過ぎるのは読者側にいた私の感想。
その前から、私の生まれるよりずっと前からドロドロした伏線が二人にはあって、ついに勢い余ってやってしまったというのが後の解釈だ。
「その後、もう一度施設に戻ったんだけど、お母さんの弟の叔父さんが私を引き取ってくれてね。そこで私はようやく愛情らしいものを知ることが出来て、何だかんだと高校生まで育ちましたとさ。めでたしめでたし」
「今度こそ端折ってますね」
「否定はしないよ」
というか、両親のことなら問題ないけど、私の黒歴史をわざわざ詳細に話すことはないだろう。
唯一、この高校で知ってるのは瑞希だけだし、その瑞希もわざわざ話したりは……しないと言いきれないのが残念だけど多分しないから、私が黙ってれば大丈夫なはず。
「叔父様が鈴木さんのことを知ったのは事件の後ですか?」
「そうらしいね。元々お母さんも叔父さんも、本家から絶縁されてて、二人の仲も悪かったから、私が生まれたことも知らなかったそうだよ」
優しい叔父さんが、目に涙をためて『ごめんな、本当にごめん』と謝っていたのをよく覚えている。
日本人離れしたガタイの良い大男が大泣きしながら私に謝る姿はかなり目立っていたけど、不思議とそれも愛嬌に変わるのが叔父さんという人だった。
「さて、そんな昔話はさておき。今度こそカップケーキ居るでしょ?」
「……いただきます」
自信作を渡すと、一口食べる聖女様。
「……強いんですね、鈴木さんは」
味の感想よりも先にそんな言葉が出てくる。
「強くはないよ。ただ、鈍いのかもね」
引き取られてから、それなりに暗黒期もあったけど、結局私は両親を憎むほどには愛せなかったのだろう。
優しい叔父さんのお陰でまともな道には戻れてるし、過去は過去。
引きずっても仕方ないし、執着するほど思い入れもない。
私にとっては、あの料理を教えてくれたお母さんがきっと本来のお母さんなのだろうと分かったし、愛憎で人が変わるという教訓にもなった。
だから、鈍いというのが適切だと思う。
「強いですよ。少なくとも私みたいに小さいことで悩んでませんし」
「小さい悩みなら私にだってあるよ」
「例えば?」
「目の前の姫君から、味の感想をまだ聞けてない……とかね」
そう言うと、キョトンとしてから聖女様はくすりと微笑んで言った。
「美味しいですよ。毎日食べたいくらいです」
「太るよ?」
「ますます胸が重くなりますね」
強調するようにそのご立派な胸を張る聖女様。
両親にすら憎悪はないのに、何故か巨乳には抱けてしまうのが恐ろしい。
お母さんはかなり大きかったのに何故私は地平線なのか……お父さんの遺伝子のせいかな。
やっぱり男は信じちゃダメだね。
叔父さん以外は。
「ご馳走様でした。お弁当もお菓子もとても美味しかったです」
「それはどうも」
「ところで……鈴木さんはバイトなどは探してませんか?」
「稼ぎの良いところなら探してるよ」
世の中、お金が無いと生きていけないし、叔父さんに甘えてばかりもダメなので中学の頃は新聞配達を特例をもぎ取ってやってお小遣い稼ぎをして、高校では時間のある時に良さそうなバイトもしていた。
まあ、学校生活との両立が中々難しいし、中々稼げるバイトも少ないのが現実なんだけど。
そんな私に聖女様は実に良い笑顔でそれを言った。
「凄く稼げる鈴木さん向けのバイトがあるのですが……お話を聞きませんか?」




