2 聖女様は退屈が嫌い
一学期の期末テストが近い。
中間テストでは中の中を漂っていた私だけど、覚えの良くない私からしたらそれでも良かった方だと思う。
だが、そんな凡人以下を嘲るようにテスト勉強をしない人物もいる。
親友の瑞希だ。
「出そうなことろ大体覚えれば余裕だよね〜」
舐め腐ってるけど、教科書丸暗記、私のとったノート丸暗記も余裕な親友からしたら、テストなんて、ゲームの延長線上でしかないらしい。
解せないが、これが才能の差なのだろう。
「あら?珍しいですね。ここで教科書を広げてるなんて、赤点でも取りそうなんですか?」
その日の放課後、部室に着くとテストへの不安から軽く教科書を開いて勉強していると、聖女様がそんな失礼なことを言いながら入ってくる。
瑞希がトップ10余裕、そして聖女様は学年トップが余裕な人物。
私の周りには規格外しか居ないらしい。
理不尽だけど、仕方ないと割り切ってもいる。
よそはよそうちはうち。
「愛染さんは期末テストどうなの?」
「毎日きちんと予習、復習してますから問題ないですね」
瑞希と聖女様の違いは、普段からの勉強量だろう。
全く勉強してない瑞希と違い、日々の努力と自身のスペックの高さで余裕の学年一位キープの聖女様。
親友よりもむしろ素直に凄いと思えるのはこちらかもしれない。
「鈴木さんは確か理数系が苦手でしたね。良かったら教えましょうか?」
「いいの?」
「ええ、勿論です」
教室で見る笑みを向けてくる聖女様。
その笑顔に少しモヤッとする。
「ふふ、変わってますね。いつもの笑みでそんな顔をするのは鈴木さんくらいですよ」
顔に出てたらしい。
気をつけないと。
「そうですね……では、テストの後にハンバーガー奢ってください。それでテスト勉強見てあげます」
「いいけど……ハンバーガーで良いの?」
「ご不満なら、富裕層向けの高級ディーナーのレストランを予約しておきますけど?」
「是非ともハンバーガーを奢らせて頂きます」
私のような平民が、雲の上のお店なんて行ったら、一体何十人の諭吉が私の元から去るのか計り知れないのでそう答えると満足気に頷く聖女様。
そんな聖女様に勉強を教わるけど、聖女様の教え方は分かりやすい。
教師の授業に遅れ気味だった私にも分かりやすいと感じるのだから、そりゃあ普段から色々と聞かれるわけだ。
「愛染さん、教師とかも向いてそう」
思わずそんな事を言うと、聖女様はニヤリと笑みを浮かべる。
「女教師が好きなんて、マニアックですね」
「そういう意味じゃないっす」
何故に向いてる向いてないの話を、女教師フェチへと変えたのか。
確かに嫌いじゃないけど、趣味かと問われると頷くのは違う気がする。
「鈴木さんみたいな生徒だけなら、教えるのもやぶさかではないんですけどね」
「私みたいな?」
「アホだけど、やる気はある子です」
不出来な教え子で申し訳ない。
「その点でいえば、クラスメイトの方々はつまらないですね」
「私もそんなに面白くない気がするけど」
「存在が面白いのでセーフです」
褒めてるのだろうか?
褒めてるんだろうなぁ……喜んでいいのか定かじゃないけど。
「その割には聖女様を頑張ってるよね」
「求められればそうしますよ。あれが一番受けがいいですし、キャラも作り慣れてます」
キャラを作りなれてるって言葉を聞くとゾクッとする。
不思議だ。
「鈴木さんは、いつもニュートラルですね」
「そう?」
「ええ、その顔を見てるといつも思うんです――私好みに歪めたいと」
「サド過ぎませんか?」
というか、それは本人に言わなくていいのでは?
本気なのか冗談なのか微妙なラインの言葉に何とも言えない気持ちにさせられつつも、テスト勉強はきちんとする。
聖女様から分かりやすく理数系を中心に教わる。
「ノートは綺麗に取ってますね。文字も……まあ、そこそこ綺麗ですね」
ペラペラと私のノートを見て感想を呟く聖女様。
丸文字という程ではないけど、私は少し独特な字の癖があるようで、筆跡で分かりやすいとのこと(親友の瑞希曰く)。
聖女様のノートを見せて貰ったら、あまりの女子力の高さと文字の綺麗さに絶望したりもしたけど、分かりやすいのでコピーを取らせてもらうことにする。
プライドよりも、テストの点の方が大切なのだから仕方ない。
「愛染さん、ノートの隅のこのミニキャラは?」
ふと、とあるページの下に描かれた小さなミニキャラが目に入る。
どことなく既視感のあるキャラだけど、かなり上手くて、絵まで描けるとか完璧過ぎじゃね?と思いながら尋ねると、聖女様は特に考える様子もなく答えた。
「鈴木さんのミニキャラですよ。先生の板書が遅くて暇で描きました」
……これ、私だったのか。
道理で既視感があるはずだ。
にしても、この絵の私には妙に愛嬌がある気がするが……。
「愛染さんにはこう見えてると?」
「そうですね」
「この首輪とかリードは?」
「私が鈴木さんに将来的に着けたいものを描いてみました」
本格的に私はペットとして狙われてるのかもしれない。
その事実に恐怖しつつも絵は上手いので写真に残しておく。
「退屈とは罪です。だから学校生活の大半が罪なんですが……ここでの時間は楽しいのでアリですね」
「喜んでいいのかな?」
「是非とも。私をここまで夢中にさせるのは鈴木さんくらいですよ」
夢中(ペットにしたいorイジりたい)という事だろうと解釈しておく。
「いっそ、教室でも素で居たら?」
「それは嫌ですよ。たかだか数年の付き合いにしかならないクラスメイトにそこまで心を開いてもメリットがありませんし」
「私はいいんだ」
「将来の私のペットですから」
「友達とかにして貰いたいところかなぁ……」
「……まあ、どうしてもって言うなら友達にもしますけどね」
そう多少照れつつ言われてしまう。
ツンデレさんなのだろうか?
似合うけど、私にそれを見せても萌えるしか出来ませんよ?
「私は前からずっと友達だと思ってるよ。愛染さんのこと」
「そ、そうですか……好きにしてください」
満更でもないご様子の聖女様。
可愛いなぁ。
「あ、もうこんな時間か」
ふと、時計を見ると時計は午後五時半を指していた。
「何かご予定でも?」
「スーパーのタイムセール。今日は卵だから何がなんでも取らないとね」
「そういえば、鈴木さんは一人暮らしでしたね」
「諸事情でね。あれ?愛染さんに話したっけ?」
「水蓮寺さんが教えてくれました」
親友よ、腹黒だと警戒してたのに私の情報をちゃっかり渡してるのはどういったことなのか今度説明してもらおう。
「料理も得意だとか」
「それなりにね。愛染さんの方が上手だとは思うけど」
家庭科でも、手際よく作っていたし、慣れてる様子に見えたのでそう言うと、聖女様は実の所を教えてくれた。
「正直、料理はそこまで好きじゃないので、作ってもらう方が良いです。家庭科だとそこまで凝ったものじゃないから集中力が続きますが、凝ったものになると多分私は料理を投げ出して帰宅すると思います」
そこまでなのか?
いや、聖女様の素の面からしてそれは普通に有り得そうに思えた。
「まあ、それはともかくです」
聖女様の一面に関しては置いておいてと、聖女様は仕切り直すように言った。
「私もこの後お稽古事がありますので、今日はここまでにしますが……これから時間のある時は見るのでここに来てください」
「いいの?」
「鈴木さんが補習になってもメリットはありませんから」
強いて言うなら、赤点を笑うことしか出来ないとのこと。
笑うんだ……まあ、笑われても仕方ないけど。
「とはいえ、それだとハンバーガーだけではお礼としては足りませんね」
「ポテトとコーラも付けろと?」
「それは大前提なので今更です」
どうやらハンバーガーを奢るというのは、セットごと奢るという意味であったらしい。
ここまで丁寧に教わっておいてケチくさいことは言わないけど、もう少し小さな取り引きも堪能してはどうかと思わなくもない。
「そうですね……では、私のお弁当を明日作ってくるで勘弁してあげましょう」
「えっと、私のでいいの?」
「嫌ならフォアグラやキャビアが出てくるお店でも予約しておきますけど?」
「喜んで作らせて頂きます」
食べたことも無いお高い商材の名前に及び腰になる私は小市民だけどそれが普通だと思う。
聖女様みたいな人じゃないと慣れてないってば。
そういえば、近場にお嬢様学校もあったけどそっちなら皆キャビアとかフォアグラを100円のお寿司感覚で食べてるのだろうか?
所得の差かぁ……世の中闇が深いものだ。
「苦手なものとかある?」
「特にはないですね」
「アレルギーとかも大丈夫?」
「ええ、問題ないです」
どちらも無いなら良かった。
人にお弁当を作るということは、相手の食のゾーンを知らないといけないということ。
特にアレルギーは要素として大きい。
苦手とアレルギーを混同させるのは良くないけど、アレルギーを甘く見てるといつか酷い目にあうと私は思う。
それくらい、アレルギーというのは重要な項目なのだが、聖女様は無いらしいしあとは好みの問題なので気に入って貰えそうなのを考えておこう。
「重箱とかないけど、大丈夫?」
「そんなに食べられませんから。必要なら今からお弁当箱も用意しますけどどうします?」
「普通のでいいなら、予備がウチにあるからそれで良いならかな?」
「それで大丈夫ですよ」
「分かった。なら、シェフのお任せコースを明日は用意するよ」
正直、料理は凄く得意という訳でもないけど、そこそこの自信はあった。
長年、台所には立ってきたし、瑞希相手には何度も振舞ってきたので不味いわけではないはず。
瑞希は正直なので、美味しくなければ素直に不味いというけど、私の料理でそれを言われることはほとんど無く完食とお代わりまで強請る始末。
大丈夫なはずだけど……問題は私の料理が聖女様のお口に合うかどうかかな。
「ところで、鈴木さんはお菓子も作れるのですよね?」
「そこそこね。というかそれも知ってたんだ」
「情報源が居ますので」
親友が私の個人情報を垂れ流してる件について。
今度きちんと話しておかないと。
「姫君は何がご所望なので?」
「カップケーキが美味しいと聞きました」
「承知しました。じゃあ、一緒に明日作ってきます」
多少作業が増えはするけど、許容範囲内だし今後も勉強を教わるのだとしたらそれくらいの手間は安いくらいだ。
「じゃあ、今日はこの辺で」
「そうですね。では、明日を楽しみにしてますね」
そう言ってから、先に聖女様が部室を出ていく。
一緒に行ってもいいんだけど、何となく残っていると、いつも通り黒塗りの車で帰っていくのを部室から確認できた。
運転手付きとは贅沢だなぁ。
さて、私も行かないと。
一度家に戻ってから、スーパーのタイムセールに間に合うようにタイミングを計って突入。
主婦たちの熾烈な戦いの場に若輩者である私も頑張って混じって2パック入手に成功。
あとは明日のお弁当だけど……いつもは夜の余り物とかが多いけど人に作るのなら多少は気を使わないと。
瑞希辺りだったら余り物でも問題ないけど、聖女様の場合はある程度キチンとしたものを作りたい。
見栄……という訳ではないけど、何となく特別な存在のような気がして、頑張りたくなる。
何故なのか、私はこの時はよく分からなかったけど、それでも不思議と悪い気はしなかった。
顔なじみのパートのおばちゃんとレジで話してから、食材を持って帰路に着く。
聖女様はお稽古事があると言ってたけど色々習ってそうだよなぁ。
確か、書道とかピアノとか色々って言ってたけど今日は何を習っているのやら。
バイオリンも習ってそう(偏見)。
私もお稽古とまではいかなくても、小学生の頃は多少水泳を頑張っていたけど、中学まで続ける余裕はなかったからなぁ。
まあ、そこまで水泳が好きなわけじゃなかったけど、大きくなるにつれてもう少し特技らしい特技があれば良かったのにと思うこともある。
きっとこれがあれなのだろう。
大人になってからもっと勉強しておけば良かったと思う現象とやらがあるらしいし、それに近いと思う。
まだ高校生でそれを痛感するのだから、世知辛い世の中だが、見識は広いに越したことはないものね。
家に帰り、夕飯を食べつつドラマを見ていると、手作り勉強を作る恋する主人公を見て何となく気まづくなって思わずチャンネルを変えてしまう。
違う、そういう意味ではないはず。
確かにシチュエーションは似てるけど、そんな乙女な思考回路で百合百合してはいないから。
私にそっちの趣味が無いわけではないので言いきれないけど、少なくとも向こうは友人のつもりのはずだし、邪な考えはよくない。
そう割り切って寝るけど、不思議と明日が楽しみで寝るのが遅くなって翌朝少し辛かったのは自業自得かもしれない。




