1 聖女様は私にだけ辛辣
眉目秀麗、才色兼備のスーパー美少女なんて、二次元にしか居ないと私は思っていた。
女の子に夢を見過ぎてる人達の幻想で、少なくとも低スペック、低燃費の私には一生縁のない存在。
そう思っていたのに……。
「うわぁ、今日も『聖女様』大人気だね」
ぼんやりと教室の隅で時を無為にしていると、当たり前のように遅刻してきた親友の瑞希が教室の一角の一際人の多い場所を指してそんな事を言う。
視線を向けると、入学式から変わらぬ光景がそこにはあった。
白銀の綺麗な長髪に、左右の目の色が違うオッドアイの美少女――通称『聖女様』が優しい笑みにてクラスメイト達の人気を集めている。
共学校なので、男女どちらも居るが、総じて皆特別な感情を持っているとしても違和感のない存在。
誰にでも優しく、美しい容姿と総じて優れたスペックで、アイドルと名乗っても違和感はない。
実際、スカウトもされた事があるらしいけど、やんわりと断ったと噂になっていた。
「あれ?そういえば、聖女様の本名ってなんて言うんだっけ?」
「クラスメイトなんだしそこは覚えておきなってば」
「いやー、私は絶対関わらないし気にしなくていいかなーってね」
にっししと笑う瑞希。
その笑みに教室の隅で私と同じように陰キャムーブしてる奴らが一部視線を向けてくるが……諦めな陰キャ仲間よ。
瑞希は女の子しか愛さないから。
オタクに優しいギャル系の容姿で、女の子大好きな親友とは中学からの付き合いだけど、イケメンに告白されてもあっさりと断るのに、美少女相手だと当たり前のように付き合うのだから、私のようなモテない陰キャには羨ましい存在でもある。
まあ、モテなくても別に困らないけど。
「それよりも、名前だよ、な・ま・え!」
「……愛染カレンさんだよ」
聖女様と呼ばれ過ぎていて、本名で呼ぶのは教師くらいというのが、彼女――愛染カレンという女の子であった。
「あー、そんな名前だったね。カレンって名前の時点で如何にもって感じだけど」
「如何にも?」
「外国人っぽい!」
「まあ、私よりはそうかもね」
「幸恵はバリバリ日本人の典型じゃん」
ケラケラと笑う瑞希。
私のフルネームは鈴木幸恵。
どう頑張っても西洋風の名前には変換できなそうな、そんな古式ゆかしい名前だけど、キラキラネームでないだけマシだろうか?
なお、瑞希のフルネームは水蓮寺瑞希だ。
水蓮って響きが良すぎる。
「しかし、それにしてもあんだけ愛想良くて性格良いなんて疲れないのかね?私だったら一秒も持たなそう」
「瑞希だって愛想いいじゃん」
「いやいや、あれを見ると流石にねぇ……」
チラッと視線を聖女様に向ける瑞希。
「聖女様、ここなんですけど……」
「覚えるのが少し難しいですよね。でも理解すれば早いので一緒に頑張りましょう」
「聖女様、聖女様。昨日のテレビ見ました?」
「ええ、新番組はいつも心が踊りますよね」
「聖女様、昨日の配信良かったですよね」
「そうですね。あの方の配信は見てて楽しいですよね」
「聖女様、予定空いてたら付き合って欲しいんだけど……」
「お時間があえば、よろこんで」
矢継ぎ早に話しかけてくるクラスメイト達に、聖徳太子ばりに全て聞き取って対応する聖女様。
最後のはデートのお誘いだけど、軽くあしらってしかもあしらわれた方も悪い気持ちにさせない所に慣れを感じる。
「美少女で、おまけに性格も良いとくると、本当に非の打ち所ないよね〜」
「瑞希は聖女様のことあんまり好きじゃないよね」
いつもなら、美少女な聖女様には絶対にデレデレする瑞希なのだが、聖女様にはそうはならなかった。
「だって、腹黒そうなんだもん」
それが瑞希の答え。
その勘が当たり前のように当たっているのだから、やはりこの親友は凄いと思う。
「おっと、次は佐々木の授業か。ガチャ石貯めとこー」
遅刻魔で、授業もきちんと受けないくせに成績は常にトップ10入りする親友に若干理不尽な気持ちを覚えつつ、授業の予鈴が鳴って皆が席に着く中、私は軽く聖女様に視線を向けると、聖女様は一瞬私を見てから授業の準備のために教科書を取り出して何事もないようにノートを開く。
今日はアリの日か。
放課後、瑞希が颯爽と帰宅する中、私はとある文化部の部室へと足を運ぶ。
写真部と書かれた、その部屋に入ると、まだ来てないことを確認して適当に椅子に座る。
この部屋は写真部の部室だけど、部員は私と成り行きで瑞希しかおらず、しかも瑞希は部活には出ない幽霊部員なので基本私一人の部屋だ。
そう、そのはずだった……。
「あら?早いですね」
スマホを取り出して、適当にweb小説を検索していると、当たり前のように入ってくる聖女様。
「遅れると愛染さん、うるさいし」
「それはそうですよ。私の方が立場が上ですから。鈴木さんはペット枠ですし」
教室では絶対に出てこないそんな言葉を浴びせられるけど、慣れとは恐ろしいものでその程度では気にしなくなった。
「一応、正式な部員は私なんだけど……」
「なにか?」
「いえ、なんでもありません」
「よろしい」
そう言ってから、隣の椅子に座る聖女様。
カバンから、先程校内の自販機で買った炭酸飲料を取り出して渡すと、聖女様は行儀を気にせずそのまま一気に飲み干す。
いつも思うけど、よく炭酸をイッキできるよね。
私だったら途中でむせそう。
「ふぅ……疲れた後はやっぱりこれですね」
「いつも思うけど、自分で買えばいいんじゃないの?」
「ダメですよ。聖女がジュースを飲むのは戒律に触れますから」
いつから聖女になったのだろうか?
「ふふ、冗談ですよ。でも、イメージ的にもここ以外では控えないといけませんから」
「それは大変なことで」
「ええ、大変です。いつも教室の隅でぼんやりしているだけの鈴木さんには分からないでしょうけど」
「羨ましい?」
「控えめに言って、締め上げたくなるくらいには」
この子ならマジでやりかねないと、若干身を引くと、何故か寄せてくる聖女様。
「それで、例のものは持ってきましたか?」
「持ってきたよ」
「では、早くこちらに」
渡せとばかりに手を出してくる聖女様に、私はカバンから何冊かの本を取り出す。
「ふふふ、やっぱり鈴木さんは私と感性が近くて良いですね。どれも楽しめそうです」
「さいですか」
聖女様に渡したのは、私が気に入ったラノベや漫画だ。
ジャンルは幅広く、どんな物でも読むけど、その中で気に入ったものだけをこうして渡している。
「鈴木さんは読んだんですよね?」
「読んで面白いのを渡さないと怒るでしょ?」
「ええ、怒ります。お仕置で鈴木さんが露出魔だとクラスメイト達に流してしまうかもしれません」
「人を変態にしないでよ」
そんな背徳的な趣味は生憎と持ち合わせてない。
寒いだろうし、したくない。
「それじゃあ、早速いつものをしてもらいましょうか」
「はいはい」
いくつかの椅子を横に並べると、軽くスカートの上を整えて、聖女様を待つ。
すると、聖女様はその場所に横になると私の膝に頭を乗せて膝枕で先程渡した漫画を読み始める。
聖女様の顔が間近になって、軽くドキッとするけど、気にしてないですよーと言わんばかりに私もスマホで電子書籍を読む。
しばらくは無言の時間が続くが、聖女様が身動ぎする度にこそばゆくなる。
教室では、いつも優しげに微笑んでいるような表情ばかりなのに、今は年子の女の子らしく、表情豊かに漫画やラノベを楽しんでいる。
そんなギャップを知るのは私だけなのだが……どうしてこうなったのやら。
「鈴木さん」
ペラペラとページを捲りつつ、私を呼ぶ聖女様。
「なに?」
「お菓子も欲しいので、お金は渡すから今度買っといてください」
「パシるねぇ」
「おつりはあげると言えばどうです?」
「よろこんで犬になりますわん」
諭吉さんを当たり前のように出してそんな事を言われたら、金欠女子は犬にでもなってみせる。
そんな私にクスクスと笑ってから、諭吉さんを適当に渡してくると、満足気に本の続きに戻る聖女様。
これが素なのだから、聖女様ではなく女王様の気質の方が強そうだ。
諭吉さんを大切に財布に仕舞うと、スマホのメモ帳にお菓子を買っておくとメモをしておく。
「しょっぱい系?甘い系?」
「おつまみ系で」
「……酒でも飲むの?」
「それもいいかもしれませんね」
「未成年だからノンアルにしましょうよ」
「ええ、勿論そのつもりですよ。ただ、鈴木さんが買ってきたのなら私には非はありませんので、全て鈴木さんのせいにできます」
「どのみち、未成年が帰る場所は今の時代にはないと思うけど」
一昔前なら、身分証などなくても帰る場所もあったらしいけど、今はどこも厳しいし、現実問題手に入れるのは無理だと思う。
「柿の種とかサラミとかその辺でいい?」
「ええ、お願いします」
「おっけー。あとは適当にチョコとポテチでも買っとくよ」
「サイダー系の飴もお願いします」
「虫歯になっても知らないよ」
「自分の手入れを怠ると思いますか?」
全く思わない。
そう答える前に、私に見せるように口を大きく開ける聖女様。
……なんで、口を開けただけで色気が出てるのだろうか?
歯並びもよく、綺麗な真っ白な歯で健康的なはずなのに、聖女様本人のものなか妙なエロスを感じる。
これが才能なのだろうか?
「分かったから、口閉じなよ。というか、恥ずかしくないの?」
「何がです?」
「他人に口の中見せるの」
「嫌いな人なら嫌ですけど、鈴木さんなら構いませんよ」
それは私を好いているという意味なのか、はたまたペット枠だからOKということなのか?
深くは聞くまい。
「ちなみに私はいくら食べても太りません」
「あ、私もそうかも」
「私と鈴木さんでは多分その意味合いは違いますね」
私の地平線のような胸と、自身の豊満な胸を見比べて、悪戯っぽく笑う聖女様。
ほほぅ、いい度胸だ小娘。
胸の優劣が比べたいのなら仕方ない。
ワシっとその豊満な胸を横から掴む。
「ひゃん!」
……あの、エロい声出さないで貰えます?
というか、わざとでしょ?
「いやん……鈴木さんってば、テクニシャン……ああん!」
断っておくけど、私は横から乳を鷲づかんだだけで、その先には進んでない。
だというのに、艶っぽい声をわざとらしく出して、表情までそれっぽくするのは演技派すぎる。
「疲れないの?」
「いつもの演技は疲れますけど、鈴木さんをからかう名目でのお芝居は全く疲れませんね」
「ならいいけど」
というか、ボリューミー過ぎませんか?
何がとは言わないけど。
そんな事を考えていると、じーっと私の首元に視線を向けてくる綺麗なオッドアイ。
「なに?」
「首輪……似合いそうですね」
怖いことを言うオッドアイだった。
「そんなにペットにしたいの?」
「ええ、毎日愛でますから来ませんか?」
「生憎と人間らしい生活が好きだから、飼われるのは遠慮しておく」
「それは残念。気が変わったら教えてください。犬小屋と首輪はウチにありますから」
冗談だよね?
冗談だろうけど、意味深な笑みを浮かべるのはどうかと思う。
聖女様の家はかなりのお金持ちらしいし、本当に私用の犬小屋と首輪が用意されてても違和感がないのが恐ろしい。
「あ、そういえばクッキー残ってたんだった」
恐ろしい想像は忘れて、カバンから残ってるクッキーを二つ取り出すと、一つを聖女様に渡す。
「いいんですか?」
「いいよ」
そう答えると「ありがとうございます」と嬉しそうに微笑んでから、何故か私に戻してきた。
……いらないのだろうか?
そう思ったけど、口を開いて待ってるのを見て納得する。
食べさせろということか。
「横になったままだと危なくない?」
「いいから、ください」
「はいはい」
袋を破いて、クッキーを取り出して聖女様の口に放り込むと、私の指ごと喰らおうとしていた様な動きで口を閉じる聖女様。
「……残念」
もぐもぐと食べつつ、そう呟くのでマジで食べられそうだったのかもしれない。
恐ろしい聖女様だ。
「明後日はメロンソーダが飲みたいです」
「買っておくよ」
「お願いしますね」
パシられてる感が半端ないけど、いつも教室で見せてる笑顔よりもこの笑顔の方が好きなのでついつい従ってしまう。
自腹という訳でもないし、悪意も……きっとないのでそう感じるのだろうけど、この聖女様に私は魅せられたのだろうか?
案の定、クッキーを詰まらせている残念な様子を見てると違う気もしてるが……何となく放っておけないのがこの聖女様だ。
それにこの時間は嫌いじゃないしね。
聖女様と二人きりのこの時間は、私だけしか知らない顔が多いようだし、悪い気はしない。
そんな私はチョロいのだろうか?
深くは考えまい。




