25 親子
なけなしの貯金でホテルをハシゴする気でいたけど、潜伏二日目にして和解とあいなった。
祝日挟んでたから学校を休んだのは実質一日。
二人で駆け落ちするくらいの気持ちで色々準備してたんだけど、カレンが「お祖母様が取り成してくれたそうです」と非常に残念そうに教えてくれた。
話によると相手方もこのお見合いは断る気だったらしく、カレンの祖母がごねるカレンの母親を説き伏せて今回の件は無かったことに。
そして私とカレンの件も認めさせたそうな。
都合がよすぎる話だ。
罠ではないかと疑ったけど、カレンは「恐らく大丈夫です」と根拠を話してくれた。
「お祖母様は信用は出来ませんが、幸恵さんの手助けをしていたのもその気がなければやってませんから」
手助けと聞いてはて?となったけど、どうやら二度……いや、乗り込んだ時を含めて三度か。
面識のある銀髪の外国人女性、クラウディアさんがカレンの祖母らしい。
「カレンさんのお祖母さんだったんだ……」
「似てませんからね」
いや、言われてみるとかなり似てる。
というか珍しい銀髪で、オッドアイではないけど綺麗な瞳、そして面影のある顔立ちの美人さんと判断材料は幾重にもあった。
なんとも自分の間抜けさが際立つ。
それだけテンパってたとはいえ不甲斐ない。
しかしそうなると私に道を尋ねた時から知ってたのだろうか?
そうなるとあの店に居たもう一人の女性……恵さんも関係者なのだろうか?
「じゃあ、恵って女性もカレンさんの知り合い?」
「……いえ。違いますよ」
少し間があったが嘘では無い様子。
なら一体……?
「それよりもです。自転車を飛ばしてください」
ベッドから降りてそんな事を言うカレン。
「どこか行くの?」
「決まってます。文句を言いに堂々と帰りましょう」
「もう少し駆け落ちを楽しみたいですが」と断腸の思いをもらしつつそんな事を言うカレン。
「二人乗りは良くないんじゃないの?」
「愛を叫んだあの日の幸恵さんはカッコよかったですよ」
……ズルいなぁ。
そんな事を言われるとちょろい私はその気になってしまう。
なお、それなりに飛ばしてきた潜伏先だったので、カレンの家に戻るまでに私が沢山の体力を生贄に捧げたことは言うまでもないだろう。
最近走ってばっかだ。
久しぶりのカレンの屋敷。
二人で堂々と門を潜るとやり遂げた妙な感慨が浮かぶ。
……汗だくでなければかっこよかったのに。
「よう」
途中で長谷川さんとすれ違うと、ニヤリと笑ってた。
長谷川さんの紹介であの店に行って、クラウディアさんと恵さんと会った。
つまり最初からグルだったのだろう。
ぺこりと頭だけ下げておく。
カレンの母親は自室に居た。
向こうに戻る準備をしてた所に娘が乗り込んで行ったが、大変珍しい親子喧嘩というやつを目撃できた。
いや、瑞希の家では何度か見てるな。
それよりも育ちの良い二人が毒を吐きまくってから軽く揉み合いになるとは予想できないって。
親子って不思議だなぁとしみじみ思った。
カレンの母親、名前はキアナさんと言うらしい。
カレンとよく似た美人さんで、銀髪は一緒でオッドアイでないのとカレンの未来の姿といった感じが印象的だ。
「先程は醜いところをお見せしました」
「いえ」
気まずい。非常に気まずい。
縁談をぶち壊した私を快く思ってる訳がない。
絶対何か言われる。
でもここで引く訳にはいかない。
私はもう――逃げたくない。
「カレンの恋人と聞きました。カレンのことを愛してますか?」
「はい。世界一愛してます」
カレンが非常に嬉しそうに微笑む。
「絶対に幸せにできますか?」
「最愛の叔父の名と自分自身に誓って必ず」
「……なるほど。似てるようで案外似てませんね」
ぽつりとそんな事を言うキアナさん。
誰とだろうかと思っていると、キアナさんは頭を下げて言った。
「カレンの事よろしくお願いします。頑固な子なので大変かもしれません。でも母と何よりその子が選んだ以上とやかく言うつもりはありません。私が求めるのは唯一つ」
真剣な目でキアナさんは言った。
「必ず幸せになること。これを破らない限り私はあなたを娘の伴侶として認めましょう」
伴侶。
好きと言った。
愛してるとも。
誰にも渡したくないそれも確か。
全ての気持ちを言語化されて更に関係が深くジャンプして震えそうになる手をなんとか抑えてみせた。
「必ず幸せにします」
そう答える。
その答えに試すような視線を浴びることしばらく。
ふっとキアナさんの口元に笑みが浮かんだ。
「今日は泊まっていってください。それと母とその子に聞きました。料理が得意と」
……おや?クラウディアさんに料理なんて作った記憶ないけど。
「私を完全に納得させるなら胃袋を掴んでみせてください」
要するに料理を作れと。
仰せのままにと答えると、少しカレンが複雑な表情を浮かべた。
関係を認めさせたのは良いし、久しぶりに私の手料理を食べられるのも良いが自分が命令したかった。
そんな所か。
「カレンさん。あなたの為に料理を作る許可を」
「許可します」
私は鈍いけどカレンの事は気遣えるようだ。
いや、単純に私がカレンに料理を作って美味しいと言わせたいのだろう。
スキップはしないけど、少し浮かれ気味に厨房に向かう。
途中、クラウディアさんと出会いめちゃくちゃ撫でられたけど何故に?
あと夕飯を作ってるとつまみ食いにも来た。
フリーダムな人だなぁとしみじみ思った。
ていうか、未来の姑と大姑に料理振る舞うのか。
浮かれ気味でいいのかと思わなくもないが……久しぶりにカレンに料理を振る舞えるのは素直に嬉しい。
ようやく日常を取り戻せるような気がしたし……きっと私はカレンに美味しいと食べてもらうのが何よりも大好きなのだろうなぁ。
☆☆☆
「カレン。今回のこと謝ったりはしませんよ」
幸恵が厨房に向かうとキアナが後を追いたそうな娘のカレンにそう言い切った。
「私も許す気はないのでご安心を」
確執はある。
それでも互いに譲れないものがあったし、間違ってたとは思ってないからこそ妥協点。
似た者親子はそう無理くり区切りをつけたのだった。
「ですが、貴女が彼女を選んだことを少し理解はできました」
去っていった扉を見てキアナはそう呟く。
最初見た時は男のような格好をしてた。
娘のために自分の作ったチャンスを潰した元凶に良いイメージはなかったが、話してみてその印象は少し変化した。
こちらを恨んでもおかしくない中、あくまでこちらを尊重しつつも譲れないと真っ直ぐに見てきたあの目は確かに悪くないと。
「彼女とそっくりですね。でも彼女と明確に違う部分もある」
「……それは幸恵さんのお母様のことですか?」
カレンは知っている。
幸恵を調べた時に自分の母と幸恵の母が同学年だったという事実を。
友人と呼べる仲でもあったようだと。
幸恵にはまだ教えてない。
良くも悪くも幸恵は無意識に母親に縛られてる。
その呪縛は幸恵の無意識の奥底で彼女をまだ蝕んでて――それをいつかは二人で乗り越えることになるだろうと。
「どんな方でしたか?」
「私と違って愛情深い子でしたよ。己を苦しめるくらいに」
追憶の奥にある僅かな寂しさ。
かつての己も愛に狂わされそうになり、夫に救われた過去がある。
だが、その友人は最後まで愛に狂わされていたようだと聞いてるからこそ、娘のパートナーを見て、懐かしさと危うさも感じたのも事実。
「カレン。愛とは素晴らしいものですが人を歪めてしまう程の力があります」
長らく自分を見てこなかった瞳が初めてと言っていいほど真っ直ぐにカレンの瞳を見つめる。
言外に問うていた、
『貴女と彼女は狂わないですよね?』と。
挑発も含んだ母親の瞳にカレンは不敵に微笑んでみせた。
「狂う狂わないで言えば私の心はとっくに狂わされてます」
過去に出会った男の子のようなその子は静かに孤独を埋めてくれた。
再び会ったその子は女の子として己を恋に狂わせた。
カレンが振り回してるように見えて、カレンもまた幸恵に心を動かさまくっていた。
「先は分かりません。でも何があっても――終わりは二人でとそう覚悟は出来てます」
幸せにする覚悟などとうの昔にできてる。
カレンは例え二人がついえても、この先何があろうと二人で進むとそう決意をしていた。
「お母様。私は幸恵さんと生涯を共にします」
それはさっきの幸恵の誓いの対のようなものだ。
いつか幸恵にも口にする誓いを先に母に告げてダメ押ししておく。
絶対、幸恵と幸せになる。
だから二度と邪魔をするなと。
「……子は育つとはよく言いますね」
自分が見てない間の成長と確かに自分と同じ気持ちと覚悟をパートナーに持ってる娘にそれ以上とやかく言う気はなかった。
ただ一言だけ。
「カレン。孫は見たいです」
そんな無茶振りだけをしておく。
「養子くらいは取りますよ」
多分と心の中で付け加える。
カレンは幸恵さえいればいいが、幸恵は子供をいつかは欲しがるかもしれない。
その時はその時だろうと考えもある。
いっそ自分たちが生きてる間に同性で子供が作れるように化学が進歩するように支援しようかとも考えたが、子供は何れ考えればいい。
幸恵とはこの先人生を共にするのだ。
ゆっくりと考えてベストな答えを出せばいい。
ただ今は久しぶりに幸恵の料理を楽しみたい。
そんな気持ちで母親と話したカレンは久しぶりに悪くない気持ちであった。
いつ以来だろうか。
母親と話した後に怒りがないのは。
それは誰のお陰か。
分かっているからこそ、大義名分を持ってこっそりと愛しい人の様子を見つめるカレンに疚しい気持ちはない。
そうこれは純粋な愛だから、恋人なのだから問題ない。
むしろ親公認の婚約者みたいなものだしこれ以上を求めてもいい。
二人きりのホテルで爆発しそうになって、なんとかギリギリ我慢した分が悲鳴をあげている。
理性の限界は近そうだったカレンであった。




