23 どうか私を連れ去って
――愛染カレンは求めてる。
いつだって彼女のことをさらってくれる王子様(ないし女騎士)の存在を。
心だけでなく、カレン自身もこの世界から連れ出してくれる愛しい人を。
ーーー
(本当に最悪)
着物を着させられたカレンはこの日、自分の意思とは無関係にお見合いへと連れ出されていた。
日本人にはない祖母と母親譲りの銀髪は他の人から見たらミスマッチに見えてカレンの美しさにプラスとして見られているがカレン自身はこの髪色をそれ程好いてはいなかった。
人とは違う白銀の髪は綺麗だろうと根本的に他者との違いを幼い頃からカレンに教えてきた象徴だ。
左右で色の違うオッドアイも、人より優れた何もかもがそれらに拍車をかけている。
(どうせなら、あの子に着させたいのに)
自分よりも着物が似合う少女に想いを馳せる。
自分よりも背が高く、比較的整ってるのに普段の纏う気怠げなオーラでそれを打ち消してる一人のカレンの同級生。
ただ一人、カレンが求めたその人は今どうしてるか。
(絶対似合うでしょうね)
本人は否定するが、スラリとした体型で黒髪なので着物がよく似合うだろうと無意識に笑みを浮かべる。
今もぎゅうぎゅうになってるカレンの胸元とは違い余裕があるだろうといえば、胸がないとコンプレックスを抱いてるその少女はカレンの胸元に嫉妬の視線を向けてくるだろう。
そんなカレンの癒しとは最近ほとんど会えてない。
同じクラスなので教室では顔を見れるが、聖女としての自分を崩す訳にもいかず結局横目で眺めるしか出来てない。
部室で楽しくおしゃべりしたり、お昼にお弁当を作ってきて貰ったり、家で二人でゲームをしたり。
そのどれもがことごとくここ最近潰されてしまっていた。
その元凶たる母は口にする。
『全てあなたのため』――と。
鼻で笑ってしまう。
(自分が失敗したからって、娘も同じだとでも思っているのでしょうね)
カレンの母は初恋に敗れたと聞いてる。
一時期は荒れてて、父との出会いで変わったと。
だからこそ、娘が何を言おうと同じ末路になると思ってこんな事をしてるとカレンは知ってる。
余計なお世話だとどれだけ声を大きくしても聞かない頑固な母に呆れつつ。
(もう少し遅かったらこんな事にならなかったのに)
カレンは決して魔性の女ではない。
それでも、カレンは気づいていた。
あの時、あの瞬間、あの公園で何もなければ自分と彼女は何にも阻まれることなく気持ちを共有できていたと。
その先さえあったと。
(本当に口惜しいです)
高校で彼女と再会したのは偶然だった。
幼き日にあの公園で孤独を埋めてくれたあの男の子が彼女だと最初から気づいてた訳じゃなかった。
接してるうちに疑念が確信に代わり、あの日それが真実だと分かった。
運命だと心から思う。
何もかも対照的なのに愛に飢えてるその様が。
そして互いに互いにしかきっと自分の秘めたる大きな気持ちを受け止められないと。
他の誰にも出来ないそれを求めていると。
(また鈴木さんの手料理を食べたい)
初めて知った。
周りの人が楽しそうに食べてた自分と違う食事の味を。
(また会って話したい)
初めて知った。
好きな人との時間がこんなに愛おしいと。
(もっともっと――鈴木さんを求めたい)
自分だけのものにしたいと。
柄にもなく彼女の親友に嫉妬してしまうくらいに心を埋めつくしてるのは一人の同級生の存在。
認めよう。
いや、最初から認めてる。
愛染カレンは鈴木幸恵のことを愛してる――と。
(種は撒きました。鈴木さんが来てくれるかは分からないですが)
あんなタイミングでようやく自分への想いを自覚してくれた想い人が苦しんでいたのを遠目から見てカレンは知ってた。
夜も寝れないくらいに深く心を揺らしてるいると。
今すぐ駆け寄って抱きしめたい気持ちをカレンは何千回と押し殺してきた。
家でのアルバイトも部室でも睦合い(カレンの中ではそう)も何もかも我慢したのは全部全部想い人を守るため。
頑固な母に想い人の存在が知られれば、何をされるか分からない。
最悪カレンの知らぬ間に想い人から自分への想いを消されかねないという危惧もあった。
それをしないと信じられるだけの時間をカレンは両親と歩めてない。
今更その時間を取り返したいとも思わない。
望むのはただ一つ。
想い人と――幸恵と一緒に居たい。
それだけを願う。
(矛盾、してますね)
守りたいから遠ざけたのに、迎えに来て欲しいなんて矛盾してる。
それでもカレンは恋する乙女としてごく当然の権利としてそれを願う。
叶わなければ……その時は何もかも壊して自分から奪いに行けばいいと物騒なことも考えて今日に望む。
どうか何もかもを無茶苦茶にしてくれますように――と。
「お嬢様。到着しました」
退屈な車の時間を終えて、億劫な気持ちで車を降りるとそこは趣のある旅館だった。
わざわざこの日のために貸し切ったようで従業員はほとんどおらず、両家の人間が警備やら何やらをしている。
そこでカレンは些細な違和感に気づく。
(ほとんどがお祖母様の手の者……でしょうか?)
お相手と母親の部下も居るが、カレンの苦手とする祖母の手勢が多すぎる気がした。
まさかと些細な違和感に首を傾げていると、そのカレンにとって苦手な祖母が実に元気に歩いてきた。
「オー!カレン来ましたネー!会いたかったデース!」
「お祖母様、近いです」
チューとキスして来そうな祖母を雑に避けるカレン。
母ともカレンとも違う存在の祖母とはほとんど会わないけど、会えばおちゃらけでこうしてじゃれてくるので正直あまり得意じゃなかった。
「お祖母様。お母様は?」
「中で既に待ってマース」
一緒に来ることも無く、ご機嫌伺いのように相手に先に会いに行ってる母親に思わずカレンは呆れてしまうが、元からそういう人間だと諦めてる。
言葉にしないと分からないというのはカレンでさえ知ってるのにあの人はそれをしなくても伝わってるとどこか家族間の愛情を驕ってると。
「カレ〜ン」
コソッと祖母が顔を近づけてくる。
「ラブリーなプリンスの通る道はお任せデ〜ス。好きに動いてイイですヨ〜」
思わずカレンは驚きを表情に出してしまう。
そんな孫娘に実に良い顔をして祖母は親指を立てて言った。
「サチエはキマ〜スよ」
「本日はお日柄もよく。このような形で知り合えた両家にまずは感謝を」
どこか胡散臭く仕切る男がカレンのお見合い相手らしい。
顔も良くて家柄も良くて、出世も約束されてて、何より性格も良いと条件だけなら、なるほど確かに凄く良縁だと思うことだろうがカレンは全く興味がなかった。
むしろどこか胡散臭い目の前の男よりもさっきの祖母の言葉を思い出していた。
『サチエはキマ〜スよ』
何故祖母がその名を知ってるのかとか、自分より早くその名を呼んだことに嫉妬したりもしていたが不思議とその言葉はカレンの機嫌を少し良くしていた。
祖母が裏で何か動いていたのは何となく知ってはいた。
だが、さっき言い切ったことで確信に変わった。
苦手な祖母ではあるが、今回は自分の……いや、自分と想い人である鈴木幸恵の味方であると。
ペラペラと胡散臭いお見合い相手が一方的に話す中、カレンはそれを聞き流して黙って座っていた。
反応すらしないカレンを何度か母親が見えないところで小突くが、そんなものはカレンには響かない。
(来てくれる。私のために鈴木さんが来てくれる)
その希望で頭がいっぱいだった。
「少し失礼しますね」
カレンの態度は常日頃ならしなかったものであり、困惑しながらも一度切り替えようと母が席を立とうとした瞬間だった。
他の客など居ない中で外から走ってくる足音が聞こえてきたと思ったら、形だけ静止する祖母の手の者をスルーして扉を開けてその人は現れた。
「このお見合い……待ったです!」
いつもの制服を下だけズボンにしたカレンにとって、王子様のごとき想い人は荒れる息を落ち着ける間もなく、カレンの元に歩み寄るとカレンの手を取ってお相手……否、カレンの母に見せつけるように言った。
「娘さんを連れていきます。彼女は私の大切な人です」
堂々と、いつもの想い人にはない大胆な笑み。
どくんとカレンの胸が脈打つ。
「何を言ってるのですか?」
僅かばかりの静寂。
それを破ったのはカレンの母親だった。
訳が分からないと言いたげなその様子が少し痛快で、思わず笑いそうになるカレンだったが、カレンの想い人は……幸恵は真っ直ぐにそれこそ自分を奮い立たせるようハッキリと言い切った。
「私は鈴木幸恵と申します。愛染カレンさんの恋人です。この縁談を壊しに来ました」
「……恋人がいるなど聞いてませんが」
「私と彼女。同じ性別の私達を見て例え知ってても認められましたか?」
その言葉に少し苦い顔をするカレンの母親だったが、キッと強気の視線をカレンに向けて言った。
「カレン。面白いお友達が居たのは初めて知りました。ですが相応しくないでしょう。すぐにお帰り頂くように」
拒絶しろと妄言を吐く母に咄嗟に出てきた言葉があったが――ぎゅっと、繋がれた幸恵の手でそれは消える。
「愛染さん……いや、カレンさん」
ドクンと更に心臓が脈打つ。
いつも以上に優しい目をしたカレンの想い人は「素直に答えていいよ」と全てを受け入れるつもりでそう言い切った。
どんな変化が想い人にあったのか。
そんな事は些細なことだ。
カレンは歓喜した。
迎えに来てくれたと。
カレンは早鐘を打つ心臓と高鳴る気持ちに任せて母親に言い切った。
「私はこのお見合いを受け入れません。私の好きな人はこの人です!」
そう言って幸恵の腕に抱きつくカレン。
ここ最近で気分は最高潮だった。
「愛してます――幸恵!」
そう想いを口にしていた。
唖然とする一同の中、約二名が同じタイミングで楽しげに笑った。
一人は幸恵の進軍に手を回していたカレンの祖母のクラウディア。
そしてもう一人はカレンのお見合い相手である、胡散臭いイケメンだった。
そんな彼らを無視して、カレンは幸恵を見て、わざと叫んでいた。
「私をここから――連れ去ってください!」
その言葉に……幸恵は頷くと「娘さんを連れていきます」とカレンの母に言い切ってカレンを連れて去っていく。
カレンは引かれる手を――ようやく繋がれた手の温もりと来てくれた喜びでいっぱいだった。
ようやく来てくれた。
自分を連れ出してくれる――王子様が。
ようやく繋がった。
――二人の想いが。
☆☆☆
幸恵がカレンを連れて去った後。
「いやぁ。愉快ですね〜」
驚きからしばしフリーズしていた場を動かすように、すぐさまカレンを戻すように、後を追うように告ようとしたカレンの母親とお相手さんの家族を遮ったのはカレン曰く、胡散臭いお相手のイケメンだった。
「さしずめ自分は愛する恋人を引き裂いた悪役ですね。これは彼女に怒鳴られそうだ」
呑気にそんな事を言うイケメン。
「嬉しそうデスネ〜」
同じく楽しげなカレンの祖母のクラウディアがそう言うと、イケメンは実にケロッとした顔で告げた。
「ええ。元々このお見合いは断る予定でしたから。ぶっ壊してくれて手間が省けました」
クラウディア以外の一同が「はぁ!?」と驚きとも怒りともしれない声をあげる。
「そりゃ、そうでしょ。父さん知ってたでしょ?俺に愛する彼女居るの。その人以外と結婚なんてしな
いよ」
「ましてや女子高生を囲い込みとかないない」とさっきまでの胡散臭さが消え去るように本性を見せるイケメン。
「馬鹿者!この縁談の意味を忘れたのか!ましてやあんな何処の馬の骨ともしれん女お前の嫁に出来るか!」
「ほら、それだよそれ。父さんのそういう所、嫌いじゃないけど……俺の女をバカにするのなら話は別だ」
グイッと父親の胸元を持ち上げてイケメンは釘を刺す用に告げた。
「忘れんなよ。アンタがいくら言おうが俺はあいつを選ぶ。今度こんな真似したら……父親だろうがぶっ殺す」
そう言ってから父親を突き飛ばして「じゃあ、帰るね〜」と実に飄々と出ていくイケメン。
それを見て口をパクパクするカレンの母親であり、自身の娘にクラウディアは実に楽しげに言った。
「男は怖〜いデスね〜。でもキアナも愛しのカレンにああされることしたんデ〜すよ〜」
そう言う母親の言葉に驚きつつもカレンの母親であるキアナはまさかという視線を向けて聞いた。
「母様が仕込んだのですか?」
「ノンノン。ワタシは恋人を応援しただけデ〜ス」
そう笑ってからクラウディアはいつもの陽気な笑みから母親としての顔をひてキアナに言った。
「娘の将来を考えるのは大切だけど、カレンちゃんの気持ちまで無視して何でもかんでも押し付けるのはダメよ〜」
「でも……」
「そんなに心配しなくてもノーセンキュー!あの子はカレンちゃんを幸せにシマ〜ス」
「……あの子は誰なんですか?」
まるで信頼してる様子の母親にそう尋ねるキアナ。
その返答は実にシンプルだった。
「マイフレンドの愛しい孫娘デ〜ス」
知らぬ間に片付いた戦場の様子を去った二人が知るのは後になってから。
幸恵の覚悟もカレンの願いも全ては叶えるべくして叶ったものだと後にしたり顔で語ってみせるクラウディアにカレンが何とも言えない表情を見せるのだが、この時のカレンは必死な想い人と違い幸せ絶好調なので知る由もないのだった。




