22 親友の後押し
「……なんでここに?」
「彼女待ってたら帰ったはずの幸恵が走って学校に戻ってきたって知り合いから聞いてなんとなく来ただけ」
「そっか」
「泣いてるの?」
止まらない涙を見て、瑞希がストレートに聞いてくる。
「聖女様のこと?」
「……うん」
「好きなんだよね。ようやく幸恵が本心を自覚できた」
「……うん」
「それで私には分かりないけど聖女様と……いや、聖女様に何かあったってことだよね」
「……うん」
止まらない涙を流して、情けない姿を見せながら親友にぽつりぽつりと話していく。
瑞希はそれを黙って聞くと、少しして「はぁ」とため息をついてから私の前に座ると――パチンとデコピンした。
「いたっ」
「馬鹿な幸恵にお仕置だよ」
「馬鹿って……事実だけど……」
何も出来ない無力な自分の馬鹿さ加減についてだと思っていると、瑞希は「違う違う」と見透かしたように否定した。
「馬鹿なのは幸恵が勘違いしてること」
「勘違い……?」
「こんな物残して、用意周到で幸恵の気持ちを引き出した狡猾なあの女がしおらしい事を言って諦めると思う?」
酷い言い方。
だけど、何故かその言葉に違和感を覚える。
「確かに未成年だし、親の言うことに逆らえないってのはあるかもね。でもさ、忘れてなんて言えるほど安い気持ちで幸恵の気持ちわざわざ自覚させたと思う?そんなに弱い女だと思う?」
思わない。
むしろ何があっても諦める姿は思いつかない。
「なるほど、悲劇のヒロインみたいに相手を慮って幸恵に忘れろって言ったのなら凄いね。でも幸恵の知る聖女様はそんな人間?好きな相手を思うしおらしい控えめなか弱い乙女なの?」
少し怒ったように瑞希はそう聞く。
「違うよね。幸恵が誰よりもそれを知ってる」
「……瑞希。私、どうすればいいかな?」
気がつけば初めて……そんな事を口にしていた。
不安でも混乱してても普段なら言わないそんな言葉に……瑞希は実にらしい笑みで言いきった。
「幸恵が信じた聖女様を信じて動けばいいじゃん」
「私の信じた……」
「本当にどうしようもなくて、どうしてもダメなら二人で駆け落ちなりなんなりしてでも連れ出せばいいじゃん」
迷うなと揺れるなと瑞希が雑な言葉で私を奮い立たせる。
「幸恵も聖女様も馬鹿なんだから、今更何しでかしても私は変わらず幸恵の親友だよ」
「瑞希……」
「好きな人に遠慮しない。向こうが遠慮なくしてないなら余計にそうしないとダメ」
ぴしりと私の心を縛る呪縛が音を立てる。
「幸恵が怖い全部と比べてみ?聖女様を失うのとどっちが怖いかって」
まるで、呪いを無視して私の背中を蹴り飛ばすように瑞希は言ってのけた。
「答えが出たならやることやりなよ。私は慰めも同情もしないよ。ただ親友として見守ってあげるだけ。幸恵の隠してる気持ちも想いも全部全部……面倒くさいくらいに好きな人に吐き出せばそれでいいじゃん」
深く考え込むのが馬鹿みたいに。
余計なことを考えるくらいなら進めと瑞希は背を推す。
「涙なんてもう見せないで」
その言葉の前に……既に涙は止まっていた。
赤く純血してる瞳を隠さず、私は不器用に瑞希に笑って言った。
「容赦ないね、本当に」
「当たり前じゃん。幸恵と何年親友だと思ってるの?面倒くさい幸恵はこうした方がいいって、あの聖女様が悔しがるくらいこういう所は私の方が幸恵を知り尽くしてるんだよ」
ニカッと笑って手を上げる親友に……私も立ち上がってハイタッチをする。
「ありがとう、瑞希」
完全に呪縛が解けた訳じゃない。
不安も迷いも消えたわけじゃないし、怖さだって何一つ変わらない。
でも、考える前に動けと瑞希は背を推す。
臆病な私と過去の呪縛は今尚囁く。
本当にいいのかと。
でもそれらを無視して私は親友の言葉に奮い立つことに決めた。
今だけは迷いも恐れも忘れて。
そして同時に決意した。
聖女様に気持ちを伝えようと。
その為に私は人の迷惑なんて考えず、あと先も忘れて気持ちを全部全部、聖女様に押し付けようと。
きっと迷惑をかける。
聖女様の家族や見合い相手には恨まれるだろう。
叔父さんにも瑞希にも色々迷惑をかけることになるだろうけど、もう逃げたくない。
聖女様を……愛染カレンを失いたくない。
そのためになけなしの勇気を振り絞って、たった一度の彼女だけのヒーローになろう。
愚者と言われても愚か者とソシられても構わない。
私は私のエゴで、気持ちで聖女様を……愛染カレンという女の子を高みから最高の眺めから連れ去ろうと決意した。
私は母と同じく重くて面倒くさい女。
そんな女に好かれたことを後悔させて、させた分だけ幸せにしてみせる。
そのために動こうと。
外はすっかり日が沈み夜になっていた。
残ってる生徒も僅かで、見回ってた先生に早く帰れと二人で怒られつつ、部室を後にする。
『また部室で』
瑞希は図らずもあの公園で、メッセージで聖女様が伝えたかった言葉の真意を伝えてくれた。
連れ去ってくれとまでは言わないが、待ってると、迎えに来いとそう言ってたのかもと。
なんて面倒くさくて……なんて愛おしい人だろうと、私は思わず笑みを浮かべる。
私は囚われの姫を救う騎士ではない。
白馬に乗った王子様でもなければ、永遠の眠りをキスで起こす王子様でもない。
鈴木幸恵という、この上なく面倒くさくて重い――ごく普通の高校生だ。
ヒーローなんて柄じゃないが、若者特有の無茶無謀で後先考えずにぶち壊すモブくらいにはなれるだろう。
覚悟して待っててね――愛染さん。
涙が乾き、不敵に笑う私を親友は実に満足気に見ていた。
共犯とは言うまい。
元凶と、私に余計なことを言った……最高の親友だと言っておこう。
ありがとう瑞希。
私と親友になってくれて。
来るべきその日を見据えて何をすればいいかは明白。
このちっぽけな勇気が風化しないかだけ心配だが、この有り余る彼女への想いで燃やし続けてみせる。
絶対絶対――失うもんか。




