21 聖女様の家庭事情
久しぶりの全力疾走に息も絶え絶えに部室に着くと、夕日が沈み始めていた。
部室に入ると金庫は変わらずそこにあった。
なんでこんな目立つものをスルーできていたのか自分の鈍感さに呆れつつもそれ程取り乱していたと言うことかと納得もしていた。
「悪戯じゃないといいけど」
震える手で金庫の鍵穴にカギをさす。
鍵はきちんと回り厳重そうな金庫は音を立てて開いた。
中にはいくつかの資料や紙が入っていた。
ごくりと緊張しながら手に取って目を通していく。
聖女様の言う通り、中に入っていたのは聖女様の……愛染カレンという一人の女の子とその家族についてのものだった。
知ってることは元より、私の知らない愛染カレンという女の子のことが書かれたそれを読んでいく。
愛染カレンという女の子は愛染家の長女として生まれた。
本来は上にもう一人居たはずだが、不運な事故で流産してしまい結果として聖女様は長女としてこの世に生を受けた。
生まれた彼女は忙しい両親に変わって父親の古い友人であり世話係の近藤によって育てられた。
両親とはほとんど会えず、親への愛情に飢えて育ってきたのは確かなようだ。
名家の長女てして厳しく育てられて、何でも出来るように教育を施されてきた。
一見、何不自由ない幸せな環境だが私と違う理由で私と同じように彼女は愛情に飢えていた。
かつての公園で幼い私と出会った時、彼女は少し孤独が埋まったと言ってた。
それが事実かは分からないが、私と出会った前後から落ち着きが見えるようになったというのが屋敷の人間の認識らしい。
だが、それは完全に満たされたものでは無かった。
そして同時に、彼女は気づいた。
それを埋められる者は今の自分の周りには居ないということを。
知ってる感覚だ。
叔父さんも瑞希も居て、幸せなはずなのに心の奥底の自分は出せない感覚。
それを出せるのはきっとこの世にただ一人いるか居ないかというそんな期待。
来歴を生い立ちを知る度、真逆なはずの自分と重なるこの気持ち。
しかし彼女が用意していたのは過去だけでなく未来もだった。
彼女の両親は多忙ながらも決して彼女に愛情がなかった訳ではなかった。
それ故に自分たちの手から離れて……というのも変な言い方だが、大人になって嫁いでも幸せになれるように良い家との縁談を度々模索してたようだ。
主体となってたのは彼女の母親。
父親は彼女の意思に任せると基本丸投げだった様子だが、それこそが彼女の母親を加速させた。
彼女の両親はお見合い婚らしい。
そしてそれで幸せになった彼女の母親はそれが一番娘のためなると考えて、仕事の合間を縫って縁談を取り付けたらしい。
娘の気持ちは考慮しないものとして。
彼女と縁談するのは父親の会社と懇意にしてる会社のご令息で、年は向こうが二十歳らしい。
既に幹部として父親の会社に勤めており、将来は会社を継ぐことが確定しており、顔もよく周囲からの評判も良いとされてるスーパー勝ち組エリート様。
そしてそのエリート様が今回のお見合いの条件として出したのが高校のうちから許嫁として自分の元に来ることというのと、学校を辞めるというのもらしい。
何だか嫌な感じが満載だが、伝え聞く限りでは色事にはほぼ無関心だと言うことで彼女の母親は了承して、既に周囲の地盤固めもしてたらしい。
彼女はそれに気づいていたが、彼女自身はそれ程力があるわけでもないので出来ることは限られる。
幾度となく母親からの話を拒否していたが、今回話が固まって強硬手段に出たのだろうと彼女は調べた限りの情報と一緒に推測を書いていた。
『私は縁談を受けたくありません。嫁ぐ気もありません』
ハッキリとそう書かれていた。
『ですが、母は頑固で意固地です。もし今のタイミングで鈴木さんのことを知ればあなたに何をするか想像がつきません。故に私はあなたと会えません』
だからこそバイトもキャンセル、部室にも来ないと。
『何もしないと言いきれない。私は母の全てを言い切れるほどあの人を知りません』
それはきっと本心だろう。
そんな事をする暇があればもっと自分と接して欲しかったと言外に語っている気がした。
『あなたを巻き込みたくない』
何故かと疑問を抱く前に答えは書いてあった。
『私のせいで重荷を背負わしたくない。万が一があって欲しくない』
ぎゅっと胸が苦しくなる。
『何とかしてみせます。でももし本当にダメな時……鈴木さんが苦しくてたまらない時はどうか――私を忘れてください』
あの日の公園での言葉の意味を今知った。
『もしどうしてもという時は……私を忘れてください』
あの時は気持ちが混乱してて、分からなかったけどそんな覚悟がこもっていたのだと今知らされた。
彼女の母親の暗躍でほぼ出来レースなお見合い。
聖女様でも抗えるか五分五分な現実を知り、聖女様の気持ちも知った。
その上で私はどうすればいいのか。
聖女様のことを……愛染さんを知りたくて鍵を開けた。
その結果、彼女が私の手の届かない世界で頑張ってることを知って、私に何ができるか。
私を巻き込みたくない。
忘れて欲しいという彼女の気持ちを……どうすればいいのか。
呆然として気がつければ目から涙が零れていた。
色んな感情が混じりあって、訳わかなくて涙だけがこぼれる。
愛染さんが好きだ。
好きなのに私には何もできない。
そんな現実と彼女のこれまでのことを知り、彼女の気持ちの一端も知れた。
私は……一体どうすればいいのか。
ぐちゃぐちゃな気持ちを吐き出すように涙だけがこぼれ落ちていく。
無力な私のおぞましき無様ここに極まれり。
「幸恵」
ぽつんと外が暗くなる中、部室で静かに一人孤独に泣く私の背に聞きなれた声が響く。
振り返るとそこには普段の賑やかさを抑えて、静かに佇む親友の瑞希の姿があった。




