19 すれ違いの次は
次の日も、その次の日も空虚に過ぎる。
瑞希が言葉にして心配するくらいには、寝不足の証がクマとなって出てるようだ。
聖女様に気づかれると思って柄にもないメイクで、しかも他の人にも気づかれない程度のそれで隠すけどバレてないとは思ってない。
距離があろうと正面で会ってなかろうと聖女様に隠し事は出来ないからだ。
『夜、寝てますか?』
そんなメッセージが届く。
『寝てるよ』
『嘘ですね』
『そう見える?』
『見えます』
部室で会わなくても、教室の離れた位置にある視線は私の小細工なんて無意味なように見抜いてくる。
最近は教室でしか顔を合わせてない。
メッセージでしか言葉を交わしてない。
その事実が私の夜を長くする。
悪あがきのように放課後は部室で一人、時間を潰して家に帰る。
来るわけない、来れないと知ってても女々しい私が縋るように部室に足を向けてしまう。
来ないのを分かってて待ってから、一人空虚に家路につく。
またボーッとして悪い想像が巡って無意味な時間を過ごすのだろうと思っていた。
けど、その日は少し違った。
家に帰ると玄関の前で見知った人が待っていた。
「叔父さん……」
「やぁ。久しぶりだね」
日本人とは思えない程背が高くガタイが大きく、何より顔も強面気味なのに、目元の柔らかさと言葉遣いが柔和でちぐはぐな印象が面白い私の保護者。
私の知る中で最も心優しく、最も運に恵まれてないその人は私を見るとぽんぽんと優しく頭を撫でて言った。
「とりあえず、中に入ろうか」
合鍵は渡してるのに、叔父さんは律儀に家の前に立っていた。
曰く、「身内とはいえ、女性の部屋に勝手に入れないよ」とのこと。
本当に紳士な人だ。
「叔父さん、仕事は大丈夫なの?」
「ああ。今日は休みだよ」
「……もしかして、瑞希?」
休みという叔父さんだが、叔父さんが来るタイミングが良すぎることに、ふと親友の顔を思い浮かべて尋ねる。
私の心配をして、ストッパーとして呼んでくれたのかと。
「元々そろそろ様子を見に来ようと思ってたんだよ。瑞希ちゃんに幸恵が悩んでてこのままだと身体を壊すかもと聞いて飛んできちゃったのも事実だけど」
そう微笑んで、叔父さんは「今日は夕飯作るから、楽しみにしててよ」と笑う。
「私が作りたいのに」
「たまにはいいだろう?これでもそこそこ料理は上手いと思ってたけど、あっという間に幸恵の方が料理が上手くなったよね」
「指導が良かったからだよ」
そうかいと笑ってから、叔父さんは少し考えて言った。
「その前に少し寝ようか」
私の顔色を見て、寝不足だと思ったようで夕飯前に昼寝ならぬ夕寝をしろと仰せだ。
大丈夫だと言っても叔父さんはやんわりと横になるように言ってくるので言う通りにして横になると、昔みたいに寝かせつけるようにポンポンと優しく心地よく子守唄を歌った。
「もう子供じゃないのに」
「私にとってはお前はいつまでも可愛い子供だよ」
そう笑ってあやす叔父さんに、この時だけは色々忘れて安心して、気がつくと眠っていた。
起きたのは叔父さんの夕飯を知らせる言葉が掛かった時。
子供の頃から変わってない己に少し恥ずかしくなるけど、叔父さんには適わないからなぁ。
叔父さんは何も聞かない。
叔父さんは事情を知らない。
でも、ただただ私に寄り添うように安心させるようにいつも通りにしてくれる。
「幸恵、どうだい?」
「美味しいよ」
「そうかい。なら良かった」
里帰りした子供にそうするように、叔父さんはここ最近の自分の近況を話す。
なんて事ない雑談だ。
それが少しだけ私の心を軽くする。
「この前は鉄骨が降ってきてね。危うく怪我をしかけたよ。一昨日は痴漢と間違えられてね」
……訂正、相変わらずの不運な叔父に心配が湧いてくる。
何に悩んでるのか、叔父さんは絶対聞こうとしない。
私が話したとしても、それで解決しないと思ってるからだろうか。
きっと、話して楽になることなら叔父さんは黙って聞いてくれる。
そうでなくても私の話を聞いてくれるだろうけど。
「帰っちゃうの?」
「ああ。明日も仕事があってね」
夕飯を終えて、叔父さんは帰り支度をする。
本当にギリギリの予定で会いに来てくれたのだろう。
「……心配かけて、ごめんね」
「幸恵は良い子過ぎるからたまにはこんなのも悪くないよ」
そう笑ってから叔父さんは私に言った。
「幸恵。迷っても悩んでもいい。後悔だけはしないようにね」
いつもの様に優しい笑顔で、その瞳にどこか何かを重ねてるように叔父さんは言った。
「何があっても私はお前の味方だ。頼りない味方だが、お前は一人じゃない」
「……うん」
「私よりも遥かに頼りになる友達がお前には居る。悩みを打ち明けることが出来ない時もあるだろう。でも、決して立ち止まって、一人で抱え込んで沈み込んだ挙句に後悔だけはしちゃいけない」
叔父さんは私の頭を撫でると微笑んだ。
「お前のやりたいように、進みたい道を選びなさい」
そう言って叔父さんは部屋を出ていく。
「たまには自分の心に素直になるといい」
「また来るよ。元気でね」と共にそんな言葉が去っていく背中と共に妙に鮮明に残った。
「素直にか」
不意にこの前の聖女様のメッセージを思い出す。
『鈴木さんに会いたいです』
叔父さんと話して、少し寝たことで少し心が軽くなっていた。
気がつくと私はさっきの言葉に従うように家をあとにしていた。
一人で出歩くには遅めの時間、叔父さんの後を追いかける訳でも無く向かったのは聖女様の家。
たった数日ぶりの大きな屋敷にどこか懐かしさを覚えて門の前に立っていると、見覚えのある顔が門の中から歩いてきた。
「よう。仕事は休みじゃなかったのか?」
「料理長こそ。こんな所に居ていいんですか?」
「タバコ休憩くらいは許されるだろ」
そう言って火をつけてないタバコを咥える料理長の長谷川さん。
「お嬢様呼んでくるか?」
お願いしますと口に出しそうになる。
でも、今会ったらきっと私は私を見失う。
「愛染さんは元気ですか?」
「学校でも会ってるだろ」
「話せてません」
「そうかい」
トントンとライターを取り出しながら長谷川さんは答えた。
「お冠だったよ。お前さんとの時間邪魔されて」
「そうですか」
「それと……心做しか寂しそうだったぞ」
そう答えてから長谷川さんは「今会えば喜ぶだろ」と試すように尋ねてくる。
「会ってもいいんですか?」
「知らん。だが、会いたいって気持ちを邪魔する理由は俺にはない」
だろうね。
この人にはそんなものはない。
聖女様に会いたい。
会って話して、また前みたいに……そう思ってふと思う。
私は前とは違って聖女様への特別な気持ちを意識してしまってる。
前みたいには無理だろうと。
屋敷の塀が門が、遥か高く感じる。
これが今の聖女様と私の距離。
そっと門に触れてから……一瞬、目を瞑ってグッと我慢する。
「今は会えません」
「ほう。なんでだ?」
「会う資格がないからです」
聖女様への気持ち、聖女様の今の状況、聖女様の家庭事情、聖女様のこと、何よりも……自分自身。
知らない事が多すぎる。
時間は無い。
お見合いとやらはすぐそこだ。
足踏みして不貞腐れた時間は戻らない。
だからこそ、焦ってるしもどかしくなる気持ちを律する。
私に何が出来るか分からない。
でもまずは自分の気持ちを意思を想いをきちんと、ハッキリとさせたい。
だから。
「次、ここを通る時はどんな形でも愛染さんと……自分と向き合ってからでないと」
最低限の条件を口にして少ししっくりきた。
自分には覚悟が足りないと。
全てと向き合う覚悟が。
「そうかい」
長谷川さんは肯定も否定もしなかった。
ただ、どこか羨ましそうに……眩しそうに私を見てから、タバコをしまうと代わりにスマホを取り出して私に赤丸のついた地図の画像を送ってきた。
「これは?」
「そこに明日の放課後行ってみろ。お前の保護者よりは答えをくれる人が待ってる」
そう言って去っていく長谷川さん。
私は一人になってそっと聖女様の居る部屋の方向を見て、門に今一度触れる。
待ってて欲しい。
絶対、絶対……覚悟を決めてくるから。
「愛染さん」
会いたいよと口にはせずそっと門から離れる。
後ろ髪を引かれる思いとはこういうことかと思いながら、不思議と燻ってた時よりは前を向けてる気がした。
帰る瞬間、視線を一瞬感じた気がした。
聖女様のものだったらと考えると足を止めたくなるが、お互いのためにも今は会えないと分かってしまった。
なら、まずはその準備をしないと。
時間が許してくれるかは分からないが、出来ることをしないと。
後悔だけはしないようにという叔父さんの言葉が脳裏に焼き付く。
叔父さんの気持ちは分からないが、きっと叔父さんも過去に自分のことで思い当たることがあったのだろう。
故の言葉なら尚のこと向き合わないと。
どんな結果になろうと後悔だけはしたくない。
それは嘘偽りない本心だと思う。
叔父さんにとっても、私にとっても。




