17 聖女様への気持ち
その後も色んな店を回った。
夕飯までには帰るつもりだったのに、この時間を終わらせるのが勿体なくてつい夕飯にまで誘ってしまった。
聖女様も同じ気持ちなのかそれとも見越してたのか、当たり前のように誘いを受けてくれたけど、家に連絡さえしてないので恐らく後者は確定なのだろう。
前者もそうだと思われるが、主観に全幅の信頼を置けるほど私は私を信じてない。
「美味しかったですね」
「だね。たまには外食だらけもいいものだ」
ファミレスでの夕飯を済ませて外に出ると日が落ちて暗くなってきていた。
こんな時間まで出歩くのはあまりないが、こんなに別れ難いのもあまりない気がする。
「鈴木さん。少しだけ帰る前に寄り道いいですか?」
「いいよ」
考えるまでもなく頷いていた。
聖女様はスマホで地図を確認してから、ルートを一瞬で覚えたのか、はたまたさっきので思い出してただけなのか、迷いなく歩いていく。
立ち寄ったのは覚えのある公園だった。
「来たことありますか?」
「昔ね」
記憶よりも少し錆びてる遊具と無駄にデカイ砂場。
かつて、何度かここには来たことがあったが……そうか、こんなに近くだったのかと少し驚く。
私が母に引き取られてから、家を変えた回数は覚ええるだけでも片手の指を優に超える。
その中で一番長くいた場所の近くの公園がここだ。
母が家に居ない時ここには何度か来た。
あの人は不定期で居なくなる時があった。
父関連なのだろうと幼いながらも何となく分かってたし、行かないでと言っても聞くわけない。
引き止めても痛いことされると分かってたし。
「少しお気に入りの場所だったよ」
居る時は何されても側に居ないともっと酷い目にあうと分かってたので母から離れることは出来なかった。
だからといって母が居ない時1人で家にいるのは凄く寂しかった。
ある意味幼いからこそ何をされてようと私は母に依存心マックスだったのだろうなぁ。
「愛染さんもここ来たことあるの?」
「ええ。一度だけ」
わざわざ立ち寄るくらいだからそうなのだろうと思っていると予想通りの答えが返ってきた。
しかし、続く言葉は予想できてなかった。
「ここで私は一人の男の子と出会いました」
過去を慈しむような優しい瞳をした聖女様。
誰とも知らないその男の子とやらに少しモヤっとした気持ちを抱いていると、聖女様はそれを分かってるように続けた。
「その子は夏なのに長袖を着てて、男の子にしては髪が長かったです」
ん?
「少し変わってたけどその当時は男の子だと私は思ってました」
んー……なんかなんだろうなぁ。
引っかかる言い方だが。
「実は女の子だったってこと?」
「そのようですね」
ジーッと私を見て肯定する聖女様。
「ここに来たのは本当に偶然でした」
追憶するように聖女様は続ける。
「習い事が嫌で、自由が欲しくて、反抗期というか幼い私は滅多に帰ってこない両親からの愛情にも飢えてて、色んな物が爆発したんです」
「近藤達には悪いことしました」と苦笑する聖女様。
「近くであった習い事の最中に癇癪を起こして逃げたんです」
大人たちを隠れてやり過ごして夢中で逃げてきて、辿り着いたのはこの公園だったらしい。
「他の子と遊ぶこともせず、私は見えない場所で一人泣いてました。そんな所にその子は来たんです」
時期外れな、ボロボロの長袖を着た髪の長い男の子に見えたその子とやらは聖女様を見つけて聞いたそうな。
「『どうしたの?』って聞かれたんです。私は『放っておいて』と言ったのにその子は気にした様子もなく気安く隣に座りました」
ムカつきますよね?とおかしそうに聞いてくる。
「『離れてよ』って言った私にその子なんて言ったと思います?『泣き止んだら考える』ですよ。本当に変な子でした。私はその子の態度にムカついて、ぶちまけるように色々吐き出してました。当たるような真似をした私をその子は全然気にした様子もなく黙って聞いてました」
なんだろう。記憶の奥底から既視感が湧いてくるこの感じ。
知ってる気がする別視点のこの話を。
「また泣き出した私をその子は少ししてから、慰めるように頭に手を置いて言ったんです」
『寂しいんだね。分かるよ』と。
「私は泣きながら初めてその子の顔をしっかりと見ました。髪に隠れてたその子の目は風で一瞬揺れてその奥を見ました」
その瞳に映る自分と共にそれを見たと。
「凄く暗いのに不思議と優しさが籠った瞳をしてました。それにその子の目が鏡で見た時の私と同じ気持ちの目なのも分かりました」
寂しい気持ちを共有できた二人は何を話すでもなくその場で座ってたらしい。
「その子本当に何も言わないんですよ。慰めたのも泣いた時だけで、本当に側に居るだけ。寂しさを埋めるためにただ私の隣に座ってたんです」
どこか嬉しそうにそんな事を言う聖女様。
「でも、私は初めて少し寂しさが埋まった気がしました」
その後、夕方まで何を話すでもなく二人は座ってたらしいが、途中で迎えがきて聖女様は帰ったらしい。
「その子とはそれっきりでした。でも自分一人じゃないって事は少しだけ私の救いになりました」
その後、ここを通りかかった時にその子は発見できず、聖女様は徐々にその事を忘れていったらしい。
「高校に入って、私は変な子に出会いました。皆が求める聖女の笑顔より、私の素の笑顔を好む変な子に」
そう言って視線を向けてくる聖女様。
「その変な子に私は変な既視感がずっとあったんです。初めて会った気がしないという気持ち。何より昔見た誰かと瞳が同じ気がしました」
……そういう事か。
「鈴木さん。あの時の男の子はあなたですか?」
「……多分そうかな」
思い出した。
昔会った公園で一人で泣いてた高そうな服を着た女の子の姿を。
その子に妙な親近感が湧いて、自分の寂しさも埋めるように隣に座ってたことを。
「やっぱりそうですか」
そう言って微笑む聖女様は少しスッキリしたように頷く。
「私のこと雇ってくれたのはそれを確かめるため?」
「いいえ。その子が鈴木さんだろうとそうじゃなかろうと、鈴木さんを気に入っていた結果は変わりません」
それを聞いて少し安堵する自分がいた。
「鈴木さん。寂しさは癒えましたか?」
「……昔よりはね」
「私もです。大人になってきたのでしょうね。でも、まだ足りません」
「そう」
「鈴木さんは違うんですか?」
「違わないよ」
母と父が死んで、叔父さんに引き取られて瑞希と出会った。
鈴木幸恵という人間はかつてより孤独でなくなった。
それでも埋められない隙間のような孤独がしこりのように残っているのは事実だ。
叔父さんも瑞希も私の寂しさを埋めてくれた。
でも、本当の本当に隠してる自分の醜くさ、本性の私はどこかで思っていた。
こんな私のエゴを受け止めてくれる人が欲しいと。
叶わない願いだ。
なにせそれを受け止めた人は絶対不幸になるから。
母みたいに私は必ずなるから。
「本当の私を受け止めて欲しい」
無意識に口に出てたそれを慌てて塞ごうとするが、聖女様に抑えられる。
「それが聞きたかったんです」
そう笑って聖女様は言った。
「私も同じです。本当の私を受け止めくれる人が欲しいんです。聖女ではなく、カレンというとっても孤独で自己中で絶対に私を離さないように気に入ったものを束縛してしまう面倒くさい女を受け入れてくる人が」
同じなんだ。
聖女様も。
「鈴木さん。今も昔も私と出会ってくれてありがとうございます」
そう微笑む聖女様の……いや、愛染カレンという少女本人の笑顔に私は見惚れてしまう。
その言葉に心臓が早鐘を打つ。
ずっと、思ってた。
私は生まれてきて良かったのかと。
それを肯定してくれる叔父さんも親友の瑞希も居た。
嬉しかった。
でも、それとはまた違う運命と出会って聞けた言葉。
それは私の抵抗を壊すには十分すぎる言葉だった。
「愛染さん。私……」
無意識に気持ちが零れそうになる瞬間だった。
無機質なスマホの着信音が水を差す。
「……本当にいい所で」
忌々しそうにいつも通り着信を切るが、連続で着信は続く。
いつもとは比べ物にならないそれに聖女様は心から何かを我慢するように仕方なく電話に出る。
「……私、断りましたよね?」
「いえ、ですから結構です」
「明日ですか?その為に帰ってくると?」
ややあって電話を切った聖女様は所在なさげにしてる私を見て何かを言おうとして……止めた。
「愛染さん。今の電話って……」
「母からです。明日帰ってくるそうです」
「そうなんだ」
「それと……来週お見合いがセッティングされました」
……は?え?お、お見合い?
なんで?どういうこと?
「鈴木さん」
「……なに?」
「母が居るうちはバイトはお休みです。そして恐らく……私はしばらく部室には行けません」
……え?
そんな、なんで。
「母は私のことを思って断りにくい相手とお見合いさせようとしてます。ほぼ出来レースみたいなもので私は立場上断れないでしょう」
それはつまり……。
「学校……辞めるの?」
「相手次第です」
「婚約者……ってこと?」
「そうなってしまうかもしれません」
ズキンと胸が痛む。
自覚した気持ちに冷や水を浴びせられたようなそんな感じ。
唖然とする私に聖女様は「帰りましょうか」と声をかける。
どうすればいいか分からなくて混乱する気持ちで思わず聖女様の手を取っていた。
「鈴木さん?」
驚きつつもどこか期待するような瞳の聖女様。
私は愛染さんのことが――。
『好き、愛してるの』
ガシャンとさっきは出そうだった言葉が過去の言葉と重なって重い鎖のように巻き付く。
「……ごめん」
「……それだけですか?」
「……ごめん」
らしくない。
まるで初恋が終わるのを怖がるように口をつくのは謝罪の言葉のみ。
無意識の奥底、過去に引きずられて臆病な自分が足を引っ張る。
「……鈴木さん」
ややあって、聖女様は取った手を握って、怖がる私を見て言った。
「もしどうしてもという時は……私を忘れてください」
それは果たしてどんな意味か。
私は何も言えないまま迎えの車で家まで送られてしまう。
グルグルと混乱する気持ちと嫌な想像が頭を巡って言葉が出てこなかった。
「また部室で」
車から出る時、そんな愛染さんの言葉が静かに響いたけど、混乱する私は何も返せなかった。
フラフラと玄関から部屋に入り、覚束無い足を動かしてベッドに横になる。
やっと分かったのに。
やっと向き合えそうなのに。
ズキリと痛む胸の痛みで余計に自覚されられた。
私は――愛染カレンという少女に特別な想いを抱いているということに。




