14 聖女様とデート1
テストの結果に一喜一憂して、迎えた日曜日。
来るべきその日はいつもより早く目が覚めた。
今日は外食だからお弁当を作る必要は無いので本当に無意味な早起きだが、二度寝して万が一遅刻してもいけない。
「とりあえずシャワーかなぁ」
寝ま着を抜いで、ふらりと浴室に入るとアツアツのシャワーに身を委ねる。
起き抜けのシャワーは何でこうも気持ち良いのか。
昨日もお風呂は入ったけど、お湯は抜いたので浴槽にはつかれない。
それでも目を覚ますにはこれがいい。
特段綺麗好きって訳じゃないし、潔癖でもないけどお風呂は好きだ。
昔は少し怖かったけど。
何度か水を張った桶に顔を突っ込まれたことがある。
心優しき叔父さんはそんな事しないので、当然我が母だ。
窒息するように強く頭を押さえつけられたのは今でも恐ろしいが、あの当時は狂った母の奇行の一つでそうならないように立ち回るのに精一杯だった。
『よくね、こうされてたの』
そんな事を朗らかに笑って言ってた時もあっけ。
今ならそういうプレイだと分かるけど子供心に恐怖が根強かったのは言うまでもない。
シャワーを終えて風呂場から出て、髪を乾かしているとメッセージが来てるのに気づく。
一件は瑞希から。
『デートふぁいと〜』
だからデートでは……まあ、いいか。
次に聖女様。
ワクワクするキャラクターのスタンプだけが送られてきていた。
楽しみにしてるということか。
そう思いつつ私も似たようなのを探してスタンプ返し。
そして数秒して既読がつくと更にスタンプ返し返しが。
負けられぬと私も返してしばらくスタンプ連打祭りとなった。
ていうか、こんな時間に起きてたのか。
そう思うのはしばらくスタンプを返しあってからのこと。
時間はまだ十分に早朝と言ってよく、起きるにしてももう一時間遅くても早起きと言えるレベルだが、聖女様は朝に強いらしい。
あるいは、私と同じだったり?
「なわけないか」
そう笑ってからしばらくのんびりして朝食の準備をする。
今朝はパンでいいか。
コーンスープ飲も。
コーヒもいれよ。
サラダを少々付けて動画を流して朝食を食べる。
どうやら昨日寝てからお気に入りの配信者さんが動画を投稿してたらしい。
ゆっくりなやつ好きなんだよね。
東方面のキャラが饅頭みたいにゆったり喋るヤツ。
それを見てくすりと笑って食べ終えると髪を整えて着替える。
それ程私はオシャレな訳じゃない。
ただ、近くにファッションには気をつけてる系女子が居るので参考にはしてる。
別に着飾りたい訳じゃないので、あくまで最低限だがこういう時は本当に助かる。
「オシャレか」
いつもならこれで満足してるが、何かしたいと思ってしまった。
ふと指先を見てからあれはどこだったかと引き出しを調べる。
時間を見るとまだ余裕はある。
ギリギリになるが思いついた以上何となくやりたいと思って瑞希に教わった通りやってみることにした。
今日は待ち合わせの場所を決めてそこに集合となっていた。
待ち合わせの時間は10時。
場所は駅前の外にあるエスカレーターの真横の広場。
余裕を持つつもりが家を出るのが少し遅れてしまったけど、到着したのはギリ30分前。
ホッとしつつ待っていると、程なくして待ち人はやってきた。
日曜日の朝でそれなりに人が居るのにそれらの視線を引き付けてやまない日本人離れした綺麗な銀髪を揺らして、オッドアイがこちらを見て駆け寄ってくる。
「お待たせしました」
「私も今来た所」
そう言うと聖女様は実に楽しそうに微笑んだ。
「待ち合わせの定番のセリフですね」
「それね。ていうかもしかして先来てた?」
「ええ。どうせなら言わせたいと思って少し遠回しましたけど」
なるほど、聖女様らしいな。
「それにしても驚きました」
「何が?」
「爪ですよ。ネイルですか?」
「あー、うん。一応ね」
爪を傷つけるのであまり派手にはしてないけど、まさか真っ先に気付かれるとは。
「そういうとは興味無いと思ってました。気合い入れてくれたんですか?」
「ただの気まぐれだよ」
「ふふ、そういう事にしておきます。私服も似合ってますよ」
「愛染さんには負けるよ」
制服姿と家用の私服は何度も見てるけど、外行のオシャレな服は聖女様の魅力を更に引き立てていた。
「綺麗ですか?」
「うん、綺麗だよ」
「可愛いですか?」
「うん、可愛い」
「気持ちがこもってません」
どないせいっちゅうんじゃ。
「あー……本当に似合ってる。凄く綺麗だよ」
考えたけど上手い言葉が出る訳もなく。
結局シンプルな本心を言うと、聖女様は一応満足したのか笑みを浮かべて頷く。
「素直な鈴木さんは好きですよ」
「……どうも」
「さて、少し早いですが行きましょうか。エスコートはお任せしても?」
「そのつもり」
「では、行きましょう」
そう言って歩き出す聖女様に歩幅を合わせてゆったりと歩く。
最近知ったけど、聖女様より私の方が歩幅が大きくて速いようだ。
「車で来たの?」
「途中まで送ってもらいました。少し渋られましたけど」
そう言って視線を向けると混み合う駅前でいつもの送迎車が信号待ちしてるのを発見する。
「鈴木さんが居るから大丈夫って言ったんですけどね」
「大切にされてるんだよ」
「そう思うことにしておきます」
そう言いつつ聖女様は嬉しそうにこちらを見あげていた。
「なに?」
「いいえ。鈴木さんは背が高いですね」
「栄養がそっちに行ってるから」
悲しくなるが身長は女子の中でもかなり高い方なのに胸だけは育たない。
背丈はもっと低くていいから胸が欲しい。
無い物ねだりとか言わないように。
「こうして並んで歩くのはあまりないので新鮮です」
「そういえばそうか」
同じクラスなのに、学校では基本部室でしか会わないし、屋敷でも並んで歩くことはそんなにない。
「私、小さいですか?」
「こう見るとそうかも」
なお、胸は除く模様。
聖女様はスタイル良いけど、身長は女子の平均前後なのでそれほどでも無い。
私が大きいだけでもあるんだけど。
「悔しい?」
「いいえ。鈴木さんを見上げるの楽しいです」
いつもは私が見上げる側なんだけどなぁ。
立場的な意味で。
聖女様は楽しげに私の横顔を眺めては微笑む。
何がそんなに楽しいのだろうかと横目で聖女様を眺めている私も同類だろうか。
時計を見ると時間はまだ10時前。
行きたい店は軒並み開店時間が10時か11時なのでまだ時間がある。
カラオケならやってるのもあるけど、どうせならフリータイムで入りたいし、1日カラオケはまた今度ということで。
「少し裏にある場所に喫茶店あるし、そこで少し時間潰そうか」
「いいですね」
最近出来た喫茶店のせいで閑古鳥が鳴いてないといいけどと思いつつ、二人で向かうと常連が数名いる程度で比較的空いてた。
「マスター」
「ん?ああ、来たのか」
無愛想なマスターは好きに座れといつも通りなご様子。
案内くらいしろよと思いつつ慣れっこなので窓際の席を確保する。
「鈴木さんの馴染みのお店ですか?」
「叔父さんの関係で何度か来てるんだ」
「なるほど」
叔父さん人脈かなり広いからなぁ。
そう思いながら軽めにコーヒーだけ頼んでおく。
聖女様はクリームソーダを頼んでいた。
「朝からよく飲めるね」
「美味しいですよ」
だろうけど、メロンソーダ単体ならまだしも、アイスクリーム付きのクリームソーダは重い気がする。
別腹発動案件だ。
若さってすごいなぁ。
「コーヒー美味しいですか?」
「いつも通りって感じ」
マスターがジロっと睨むが「いつも通り美味しいですよ〜」と言うとそうだろうそうだろうと頷くのでちょろい。
「少しください」
「いいよ」
「私のもどうぞ」
そう言われたので少しクリームソーダを貰う。
冷たくて美味しいなぁ。
そう思っていると私が飲むのを見て実に楽しそうに微笑んでからコーヒーを飲んで頷く。
「悪くないですね」
「こっちもね」
そう言って返ってきた コーヒーに口をつけようとしてはたと気づく。
私が飲んだところとほぼ同じところに聖女様が口をつけてたことに。
聖女様に視線を向けると「さぁ、どうぞ」と言わんばかりに笑みが刺さってくる。
なるほど、確信犯か。
気づいてて間接キスしたんだろうなぁと思いつつ、そういえば私も聖女様のクリームソーダのストローに思いっきり口つけてたと気づいてしまう。
それを分かってるように同じストローでクリームソーダを飲んで幸せそうに微笑む聖女様。
心做しか動作が色っぽい。
「飲まないんですか?」
「……飲むよ」
「照れてますか?」
「気のせいじゃない」
「そういう事にしておきましょう」
余裕の笑みを浮かべる聖女様。
私は強がることしか出来ないが向こうの押せ押せターンなので致し方ない。
そう思っていると聖女様は少しだけ顔を逸らしてから唇に触れて一瞬、本当に一瞬素顔で乙女な顔をしていたのに私は気づいて更に追い打ちをかけられた。
そんな顔見せられたら更にあれなんだけど……。
私は視線を逸らしてコーヒーを一口。
「美味しいですか?」
「……美味しいよ」
「それなら良かったです」
強かかつ大胆。
乙女とはこうあるべきと言うべき積極性が私には眩しいのと照れくさい。
そんな事を思いながら奪われた初間接キスに照れるのを何とか隠すが私ごときの照れ隠しを見抜けない聖女様では無い。
「今日は良い日になりそうです」
心から楽しそうに笑みを浮かべる聖女様。
こんな状況だがそれには同感だと思いつつ、こんな事が何回もあるのだろうとある意味理解も出来た。
そんなやり取りを他の人に見られてないのは幸いか。
この喫茶店の常連客は良くも悪くも普通とは違うご様子。
新聞紙片手に目を血走らせて当選番号を見るおじ様に、来る度に別れ話をしているカップル。
我関せずとコーヒーを飲みつつ、無視するマスターに一方的に話しかける老人に、コーヒー1杯で居座る受験生。
浮いてるようで私達も浮いてないのだから不思議なものだ。
そんな事を思いつつ、時間までたわいない話を二人でする。
その間、何度私は赤面させられそうになったか……数えるまでもないくらいと答えておこう。
一つだけ。
いつもより聖女様がイキイキしていて、めちゃくちゃ楽しそうで、何よりもいつも以上に積極的なのはデートだと思ってくれてるからだろうか。
そうなのだろなぁ。
そして私も認めるしかない。
はい、認めます、これはデートだと思います。
素直になれた私に乾杯。




