12 聖女様と部室で
期末テストは思った以上に手応えがあった。
中間よりも難しくて範囲も広かったけど、聖女様の指導で以前よりも恐らく点数は高くなると思う。
自己採点をしてみてもそれはよく分かった。
「テスト期間は早く終わっていいですね」
「分かりみが深い」
四日間に分けて午前中だけのテストなので、午後はフリーなのがいい。
そして、その四日間の殆どをいつも通りの時間まで部室で過ごす私たちは変わり者なのかもしれない。
「せっかく早く帰れるのに良かったの?」
「残ってれば鈴木さんのお弁当が自動的に用意されますから」
日課になりつつある聖女様へのお弁当作りだが、レパートリーを増やそうと影でひっそりと努力してるのは内緒だ。
「それにこの場所も鈴木さんとの秘密の場所なので気に入ってるんです」
「うんうん。他の本音は?」
「家だと私の枷が外れやすいという理由もなくはないです」
確かに普段よりも聖女様から愛染カレンという少女の顔が見えてる気はする。
「私は悪い気しないけど」
「慣れすぎて教室でも出しかねませんから」
聖女の仮面ってやつか。
「人気者は大変だねぇ」
「ええ。でも円滑な人間関係のために猫は被りますよ」
「私は普段のままでもいけると思うけど」
「それは嫌です。見せる人は限定したいんですよ」
そんなものかね。
「それよりこんな物がありますがやりますか?」
「将棋か。そんなの置いてあったけ?」
部室の備品にはなかったような。
「鈴木さんは叔父様とよくやってたのでしょう?」
「よくご存知で」
「調べましたから」
「まあ、叔父さん好きだったからね将棋」
女の子のやる遊びは分からないと言って、キャッチボールや将棋をよくやってたなぁ。
「少し羨ましいです」
「そう?」
「私は両親とはそういった交流がほとんどありませんから」
聖女様のご両親は健在で、どちらも会社をやってて忙しいらしいし、なんなら海外とかに居るらしいからそんな暇ないのか。
「育ての親みたいな人は一応居ますが、そっちの方が長く一緒ですね」
「長谷川さん?」
「近藤ですよ。正確には近藤とその奥さんですが」
あのイケおじ家令か。
「近藤はお父様の古い友人らしいです。夫婦共に子供が作れない体質で私のことを娘のように思ってくれてるようですね」
さらっとぶち込まれたけど、割とヘビーな。
「昔は近藤夫婦が本当の両親じゃないかと割と本気で思ってました」
「子供だと分からないよね」
「ええ。DNA検査と両親の写真を見て違うと納得しましたけど」
「ご両親、愛染さんにそっくりな感じ?」
「母には似てますね。父は似てる要素はないです。それで今度は母の不義の子かとも思いましたよ」
そうなるのかぁ。
「まあ、それは違ったようですが」
「それもDNA検査?」
「ええ。とはいえ子供放ったらかしで帰ってきても同じ話しかしないので私に興味あるのか分かりませんが」
将棋盤に駒を並べ終えると、聖女様はふと聞いてきた。
「鈴木さんはもし人生のレールが予め敷かれてて、その途中で本当に行きたいルートが出来たらどうしますか?」
難しい質問だ。
私にはそんな経験もなければ一寸先すら人生危ういから。
でも言えることはある。
「どうしても欲しいものがあるなら何がなんでもルート変更したいかな」
敷かれたレールの上を悠々と歩くのもいいけど、許されるなら望む道に身を委ねた方がどんな結果だろうと気持ちとして納得はできるんじゃないかと思う。
「それを望まない人が居て、その選択で誰かの道を変えることになってもですか?」
「うーん。他人の人生背負うのはごめんかな。でももし私なら愛染さんに巻き込まれるのは嫌じゃないと思う」
そう言うと聖女様は少し驚きつつも何かを考えてから口を開こうとして……スマホの着信で口を閉ざした。
「出ないの?」
「いいんです」
誰か分かってるように即切りする聖女様。
最近、分かったことがある。
聖女様は着信音を人と場所によって変えるタイプだ。
中学時代のクラスメイトからの電話は外にいる間は懐かしの曲が多めで、家だと大体が工事現場の音に変わる。
今のクラスメイトだと流行りの曲が外向きで、家に戻ると選挙カーの演説音。
習い事繋がりまたは家の繋がりだと、クラシック系が外向きで、家に戻ると養豚場の鳴き声。
ほぼ雑音な上わざわざ変えるの面倒くさそうだが、設定で変えられるアプリをわざわざ作らせたらしいので手間でもないのだろう。
意識の切り替えをしたいというのもあるのかもだが、きっと聖女様は聖女様という仮面と愛染カレンという自分の区切りを明確に付けているのだろう。
私の前で素を見せるのが不思議なくらいだ。
そんな中で、たまにある無機質な初期設定の着信音がある。
外でも家でも恐らく同じにしているそれは、確認した訳ではないけど聖女様の両親のどちらかじゃないかと私は考える。
着信履歴を見たわけじゃない。
でも、家で煩わしそうに切った後に画面が切り替わる前に見えた文字的にそう思えた。
「迷惑電話を気にしても仕方ないです」
そう言いながらパチリと初期位置から駒を動かす聖女様。
うん、急に試合始めるんじゃん。
用意したの私だけど。
「せめて先手は譲ってよ」
「知ってますか鈴木さん。今をときめく将棋の若き名人はどちらの勝率も高いそうですよ」
「私みたいな凡人には程遠い世界の話されても」
叔父さん曰く、将棋は先手の方が若干有利らしい。
本当かどうかは分からないけど、叔父さんの『主導権を握れた方がいいんだよ』という理屈は少し分からなくもない。
「それに鈴木さんは受けが似合います」
「褒めてるのそれ?」
「この上なく。攻める姿も見たいですが」
はてさて、何のことを言ってるのやら。
「食べる?」
「いただきます」
夕食の買い出しの時についでに買っておいたサラミを出すと、一つ食べてペロリと手についた油を舐める聖女様。
妙にセクシーなのはなんなんだろうね。
「ジュースが欲しくなります」
「買っておいたよ」
そう言うだろうと思って抜かりはない。
「鈴木さんは便利ですね」
「物みたいに言うね」
「興奮しますか?」
「しないよ」
しないけども。
「愛染さんに言われるのは悪い気しない」
そう言うと微笑む聖女様。
「名家のお嬢様の食べるものじゃ無い気もするけど」
「美味しければいいんですよ。それに非日常がある方が生を実感できます」
よく分からないけど食べても全部胸に行くのか自信満々に実ってる果実にはイラッとする。
まあ、こっそり食べるおやつが美味しいのは分かるかな。
「今は普通の非日常なんです」
そう言ってから聖女様は期待するような視線を向けて言った。
「この特別が別の特別になったら最高ですね」
「なにそれ?」
「さて、なんでしょうね。答えが分かったら教えてください」
まるで答えを私が知ってて、答えるのを待ちわびてるような口ぶり。
何のことを指してるのか鈍ちんな私でも少し理解する。
「出来れば早い方が嬉しいです。時間がなくなるかもしれないので」
「意味深だね」
「望んでなくても時は進むんです」
確かに時間は有限で残酷だ。
あれだけ残ってた母からの虐待跡も深いのを残して消えてしまった。
別に私はマゾヒストではないので喜びを感じてた訳じゃないけど、まるで母の居た痕跡が消えてくような変な感覚はあった。
それを悲しいと思えない私は親不孝者なのかもしれないが。
「それにしても、今日は外が賑やかですね」
「皆、試練から開放されたからねぇ」
今日でテスト期間が終わった。
その影響で部活をしてる生徒も居るのか外の営みはそれなりに聞こえてくる。
運動部の練習の掛け声、吹奏楽部の演奏。
雑音がない時間の方がいいはずだが、不思議と聖女様と居るとどの音も悪い気はしない。
「今夜何食べたい?」
「そうですね。そぼろがいいです」
「そぼろかぁ。分かった」
こうして何んでもないように話してる時間はなんか好きだ。
聖女様もそうなのか笑みが零れてる。
「鈴木さん。なんか今の新婚さんっぽいですね」
「照れさせようとしても無駄だよ」
私の顔の筋肉は最強。
「ではダーリンと呼んでも?」
「私が夫役なんだ」
「なんなら私がやりますが?」
「いや。そっちの方が危険そうだし」
「ちぇー」
そんな些細な動きさえ可愛さの権化なのだから狡いものだ。
そして、そんな彼女のあざとさを悪く思わなち私も同類かな。
ちなみに将棋の勝負の行方は余裕の3タテでした。
強すぎだって、聖女様。




