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一年ぶりです、ご無沙汰してます。

 帰りたい、とどうしようもない焦燥にかられたことはない。

 それでも、俺が生まれ育ったあの世界が俺の帰るべき場所なんだろうとは思ってる。

 だって、あそこには……俺が必要な、筈だから。



「俺の元いた場所ってのはさ、学校だったんだ。白桜(はくおう)っていうんだけど、山ん中にあって、全員が共同生活してた」


 急に喋りだしちまったけど、ゼメキスは何も言わなかった。元々が無口な男だ、聞くほうが楽なのかもしんない。……それなら吐き出してしまおうかと、俺は思い出すように眼を細める。シェインにもネレイドにも言ってない、俺のいた世界。プライバシーなんてあってないような、それが心地よかったあの空間を。


「授業受けて、部活して、訓練して、騒いで、食事の席取りがまた争奪戦でさ。寮に戻っても今度は風呂だ洗濯だって、それがまた大騒ぎ。騒いで、喚いて、笑って、怒って…志望校じゃなかったけど、楽しかった」


 似たような年頃の男ばっかが集まったら騒ぐのもぶつかり合うのも当たり前。時々本気で暴走して杉センセが簡易結界張りながら止めてたっけ。間に合わなくて部屋に穴開いたとか、祈祷室が吹っ飛んだとか、音楽室の楽器が蝶結びになったとか、温室の植物が異常繁殖したとか、いやぁ、抑える方は大変だよなぁ、見てる側はイベント気分で賭けとかしてたけど。若いのにあのセンセの髪が真っ白なのって絶対心労のせいだと思うもん、俺。


「俺んトコはさ、昔っから結構天敵、みたいのがいてさぁ。アンタが言った『妖し(あやかし)』みたいなモンかもしれない。俺たちはみんな『魔』って言ってた。それがまぁ色々で、剣とかで殺せないのも居てさ、だからみんな困っちゃったワケ」


 人を魅了し罪を犯させ破滅へと導くモノ。

 悪意と猜疑を操り人の血を見ることに悦びを感じるモノ。

 ただひたすら人を傷つけ苦しめることが生きがいのモノ。

 そんな人より遥かに強く残忍なヤツ、銃でも、爆弾でも、恐らく核でも殺せない害を成すモノを、ただ天使と語ることしか出来ない人間に何が出来ただろう。


「でもさぁ? 数は少ないけど居たんだよ。そんな『魔』と戦える異能を持った人間って。俺が居たのって、そういうコが集まる学校だったんだ」


 そういう学校を作ったのは、ある大家の守護天使からの命令だったのだと、授業で教わった。ある意味防波堤だったんだろうと思う。

 異能者を集めて訓練することで、卒業生はより安定した能力で多くの人間を助けられるし、『魔』に取り込まれることも少なくて済む。それに……『魔』にその存在を知らせることで襲われても、複数ある学校を全て常に辺鄙な場所に作ってしまえば、普通の人が被害に遭う割合が減っていくから。

 だから俺達は、…卒業までに絶対少しずつ欠けていく俺達は、国中みんなの大切な、防波堤なのだ。

 それが、俺には心地よくもあったから。だから白桜(あそこ)が本当は結構好きだったんだと、今頃になって気づいた。……もう、遅いのかもしんねぇけどそう認めたくはねぇなぁ。


「まぁ、俺は戦うっつっても『壁』作るのくらいしか出来ないから防御担当だったんだけど。うーん、雪王(ゆきおう)雷帝(らいてい)だったらここの『妖し』も一発で倒せるのかもしんねぇけどなぁ」


 悪い悪い、と殊更軽く言って、俺はカップの底にほんの申し訳ない程度残ってた紅茶を飲み干して完全に空にした。うん、でも本当にあの『(キング)』達ならどっちかだけでも簡単だろうな、と攻撃能力が高い二人の学年総長の姿を思い起こす。特に雷帝の力なんて、マジにガルツァの雷といい勝負するかも。


「まー、そんな感じでちょっとはアンタ達に似てるかなーって、さ」


 おしまい、と短くまとめて俺は自分のカップをトレイに乗せる。ポットを持ち上げてみるとほぼ空みたいだし、せめて紅茶くらいは俺が下げてもいいか、と焼き菓子の皿乗っけて、取り皿重ねて、ついでにゼメキスのも、とテーブルの向かい側に座っていたアイツの前に置いてある皿に手を伸ばして片付ける。すると、音に気づいたのか俺の話を頷くワケでもなく本当に彫像なんかじゃねぇの、くらいに固まって黙って聞いていたゼメキスが不意に渋い顔をして俺に話しかけた。


「―――お前のように幼い子供が戦うのか?」

「……ちょっとまて。アンタ、俺のこといくつだと思ってんの?」


 幼い子供って何だおい。俺はそれなりに上背もあるし童顔でもないぞ。いやまぁ、東洋人は若く見られるってよく言うけど、それはこっちの世界でもそうなワケ?


「俺の半分くらいか」


 ……すーはー。落ち着け俺。深呼吸だ深呼吸。そうだ、コイツの年が35くらいなら半分と言われても納得できるじゃんか。俺、コイツの年なんかわかんねぇし、うんそうだきっとそう。35にしてはちょっと若く見えなくはないけど気のせい!


「へー、じゃアンタいくつ」

「28だ」


 その瞬間、俺は今までの人生で一番早く計算出来たと思う(単に2で割るだけだけど)。


「誰が中坊だーーーっ! 俺は17だ、高校生だ、あと三年で成人だっ!!」


 28! つまり、俺は14に見られたってことか!? 中学生? ありえねえっ。思わず絶叫しちまっても誰も俺を責められねぇぞ、つーか責めたら殴ってやる。思春期の三年なんつったら天と地ほど違うだろうが!

 俺はすぐ近くで絶叫したせいかいかにも煩そうに顔を顰めた(ちょっとでもわかるっつーの)ゼメキスにカップとか諸々全部乗っけたトレイを押し付けた。片付けする気なんざすっかりなくなった、お前やれ。


「なんだ」

「うるせぇ、お前が片付けろ。んでもって出てけ」


 半眼になりながら不機嫌一直線の低い声で、椅子に座りなおす。無口鈍感男は俺が機嫌を損ねたのは分かったんだろう、手袋をはめた手でトレイを持つと立ち上がった。けっ、さっさと出てけ。

 片足を椅子に立てて、視線をヤツからしっかりと外して頬杖をついたまま、俺は米俵無神経男が出て行くのを待った。

 なのに。

 カチャン、と僅かに鳴る食器の音の後に、ふわりと頭にあったかい感触が重なる。


「―――俺の話を聞いても、来てくれる『お前』に感謝する」


 思ってもみなかったゼメキスの行動に、怒りもすっ飛んで固まってたら、アイツはそのまま出て行ったみたいだ。食器の微かに触れ合う音が遠ざかって、ドアの閉まる気配がした。

 ……何回も米俵みたいに担がれてきたのに、今俺を撫でた手は意外なほど優しかった。

 言ったことは、ひょっとしたら…っていうか、まず間違いなくライルの推薦だから大丈夫っていうのが前提にあったんだろうけど、それでも何でか顔があっついのは確かで。……くそ、苦手なんだよ、こういうの。

 手袋がなければ良かったのにって、ちょっとだけ思っちまったのは絶対に内緒だ。


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