第31話:1つ目の術式
「そもそも、あたしがあなたを召喚したのだって禁呪スレスレだった。あれは古代の写本の術式を見様見真似でやったのだけど。……実は最近になって、あらたな写本が手に入った」
そう言うと、魔術師はローブの下から古びた書物を取り出した。ボロボロの表紙には見知らぬ文字が並んでいる。
「なぜ今になって、とあなたは尋ねたけど、今でなきゃ手に入らなかったのよネ。でも手に入れたルートは秘匿させて。あたしにも色々あるの。とにかく、この写本の内容をもとにあたしは、異世界にいる血縁者にアクセスする術式を確立したの」
「アクセス、とは?」
魔術師はその写本を無造作にカウンターに置く。それから蕎麦をすする。
「間違いが起こるといけないから最初にお尋ねするわ。あなたがいた……なんだっけ。ニホン?その国で、血縁的にあなたと一番近いのはその娘ちゃん?それとも……」
「血縁?」
ヒジリは少し考えてから答えた。
「私の母は私が若いうちに急逝しましたし、父は……私がこの世界に喚ばれる頃には不治の病を患っていたので、きっともう亡くなったと思っています。私には兄弟もいませんでした。そうすると、最も近い血縁者は娘ということになるのでしょう」
「ふうん。親御さんのことは残念だったわね……。とはいえそれなら、この魔術の成功率は高いと思うわ」
蕎麦の出汁をグイと飲み干してから、魔術師はさらに語る。
「この写本をもとに、あたしが確立した術式は2つ。1つ目の術式は、相手の感情を推し量る。そして2つ目の術式は、あなたを喚んだときと同じ。対象者をこの国に招き寄せる」
「推し量る、とは?」
間髪を入れず問いかける。
「つまり、対象となる人物がプラスの感情を持って生きているか、そうでないかを視る。あたしが魔法陣を描いて中心にあなたの血を、ああ、ザックリ切ろうとするのは止めて。そういうのいらないの。落ち着いて。一滴で大丈夫」
ナイフをもつヒジリをとびきり警戒しながら、魔術師は続けた。
「それで、血縁者の感情を私が読み取る。ただし、読み取れるのは感情の色合いだけ。明るく生きていれば白、悲しい思いをしていれば黒。……こんなことを言いたくはないけれど、もしも、該当人物に尋ね当たらなかった場合には、何も起こらない」
「その魔術、今すぐできますか?」
「任せなさいよ」
魔術師は口角を上げた。
+++
少し広いテーブルの上に魔法陣が敷かれた。
ヒジリは魔術師が指示する通りに、指先に傷をつける。魔法陣の中央に血液を垂らす。
詠唱は長い。
ヒジリは固唾を呑んで見守る。
魔術師はグッと目を閉じ、魔法陣に触れながら不思議な発音でいくつかの呪文を発した。
やがて、詠唱が止まる。魔法陣のぼやけた光も、ゆるりと消え失せた。
魔術師はこめかみを押さえ「うーん」と唸った。
困ったぞ、といった表情でヒジリの方を向き、ぼそぼそと伝える。
「アクセスできた血縁者は若い女性。10代かなあという感触」
ヒジリに10代の血縁者は1人しかいないはずだ。きっとそれは自分の娘に間違いないだろう、とヒジリには思えた。
しかし。
続く魔術師の言葉に、ヒジリは言葉を失った。
「……感情の色彩が……黒だったわ。それも、結構しっかりと、黒かった……」
「……つまり私の娘は、あの国で、幸せに過ごしていない」
呆然としたまま、声を絞り出した。魔術師は気まずそうに目を伏せる。
ヒジリは頭を抱えた。
娘を残してきたことがずっと悔いだった。父なし子にしてしまった。
それでも人に恵まれて、環境に恵まれて、幸せになっていてくれたらと心から願っていたのに。
黒い感情とは具体的にどんなものだろう。
孤独だろうか。恨みだろうか。……それとも絶望。
「……娘を召喚、してくれませんか。今すぐに!」
気付けば、ヒジリは悲痛な声を上げていた。




