第32話:2つ目の術式
「……今すぐってあなたね、人ひとり召喚するって簡単なことじゃないのよ」
「承知の上でお願いしています」
一見すると下手に出ているようなヒジリだが、その声には有無を言わせぬ凄みがあった。
「うまくいくか分からないって言っているでしょう」
「それでもできることは全部試したい」
その瞳には、一切の迷いがなかった。
「……護符、あと魔力増幅剤と回復剤」
魔術師はため息をついてから、フッと笑った。
「用意してくるわ。半時ほどちょうだい。召喚には多少広い場所が必要……ああ、あなたの蕎麦畑のあぜ道でいいわ。あの場所で待っていて」
「……わかった」
魔術師はテーブルに銀貨を出して立ち上がる。
「さすがに、お代はいらないですよ……」
「蕎麦代は蕎麦代、別の話よ。片付けでもしてゆっくり待ってなさいな」
あとは、風のように立ち去った。
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魔術師との約束まで半時ほどある。
やきもきしていてもしょうがないからと、2人は営業の片付けを進めることにした。
「……ねえ、ジャスティナ。相談があるんです」
手を動かしながら、ふとヒジリが語りかけた。
「私の娘は」
少し言い淀んでから、話を続ける。
「名前は、マコ、といいます。マコは一度、私に捨てられた」
「それはあなたのせいではないでしょう?」
ジャスティナは優しく答えるけれど、ヒジリの言葉は止まらない。
「たとえどんな状況だったとしても、結果的にマコは、父親に捨てられたのだと思います。あの子がどう思っているのか……父親が自分を捨てたという風に、思っているかどうかは分からないけれど、少なくとも……」
用具類を棚にグッと押し込むようにして片付けてから、
「正直なところ、私はマコに合わせる顔がない」
ヒジリは重いため息をついた。
「あの魔術師が本当に娘を召喚できたとして……いや、きっとできると思います。なにしろあいつは、私を召喚した前科……前例を持っている。だから、きっと娘を喚べる」
「そうね。私もそう思う」
ジャスティナは聞き役に徹してくれる。正直、今は心理的に余裕がない。ジャスティナの思いやりに甘えさせてもらうことにした。
「そんな願ってもないような状況なのに、私はマコに合わせる顔がないとしか……、そういう風にしか思えない。それほどに、私はひどい父親だ」
ヒジリは、片付けの手を止めた。それから、ジャスティナの方に向き直って話を続ける。
「今さら私が、本当の父親ですお久しぶり、なんて言って、マコはそれを受け入れられるだろうか。それはあまりに酷なことなのではないだろうかと、魔術師と話をしていて、そういうことを考えました」
「言っちゃえばいいじゃない。……って私は思うけれど?考えすぎちゃうのはヒジリの悪いクセだと思う」
ヒジリは少し考え込む。
「……いや、それは」
ジャスティナはヒジリの言葉を遮った。
「それでも、ヒジリが思ったようにしたらいいと思う。これはヒジリと娘さんの問題だもの。私は、あなたがどんな道を選んでも見守っているし、困ったときには何でも助けるから」
ヒジリは口元に手を当てる。困ったときにその大きな手で自分の口元を覆うような仕草をするのは、ヒジリの昔からのクセだ。
しばしの沈黙。ややあって、ヒジリは意を決したように言う。
「もしも娘が承諾してくれたら、の話ですけど……この場所で、娘と一緒に暮らしても、いいでしょうか」
「もとよりそのつもりだったわ」
笑顔を見せるジャスティナに、もう一度確認してみることにした。
「要するに、あの」
より分かりやすい言葉を選んだ。
「私の、娘の……お母さんに、なってもらえないでしょうか、という話なんですけど……」
ジャスティナは、くしゃりと笑った。
「娘ができるのかあ……なんだか、嬉しくて、嬉しすぎて泣いちゃいそう」
ゆっくりとヒジリに歩み寄ったジャスティナは、その手をそっと握る。
そうしてから、言った。
「ね、行こう」




