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第28話:マコが異世界に召喚された理由

 ヒジリはふと、空を仰ぐ。そうしてから続けた。

「マコをこの世界に召喚したのは、あの魔術師です」

 どうやら、本当にすべてを教えてくれるつもりらしい。


「魔術師は、まずは魔法陣を作って魔術を使い、私の娘が幸せか、それとも不幸せかを判断すると言った。願ってもない、さっさとやってくれとかしました。その結果、魔術師がたのは、あまり幸せではなさそうなあなたの波動だった」

 心を読まれるような魔術を使われたのだろうか。そう考えるとどうにも落ち着かない。

 しかし、どうやらあの怪しい魔術師は腕がいいようだ。


「幸せ……か」

 その魔術が示したとおり、あの場所でマコはちっとも幸せではなかった。

 いつだって、どす黒い気持ちを抱えながら暗い暗い日々を過ごしていた。

 フッとどこかに消えてしまえたら、と思い続けていた。


 弱音を吐くことには慣れていない。だって、あの世界ではマコの弱音を誰も聞いてくれなかったから。あの世界では、ひとりぼっちだったから。

 それでも、魔術師が視たせいで、マコの心が暗く荒れ果てていたことがお父さんにはもうバレてしまっているらしい。

 それならば、少しくらいぶちけてしまってもいいかもしれない。弱みをさらけ出すのはどうにも恥ずかしくて情けないけれど、きっとお父さんは聞いてくれるだろう。


「うん、幸せではなかった。毎日、いいことはなくて、なにも楽しくなくて、誰にも頼れなくて……。寂しくて、生きているのもイヤになって」

 心の内を吐露とろするうちに、自然にうつむいてしまっていた。少し顔を上げたら、お父さんは困り果てたような顔をしていた。またその瞳から、涙が一粒落ちた。


「だけどね、今は大丈夫なの」

 そう伝えて、笑ってみる。

「私はもう大丈夫」


 私はうまく笑えただろうか。

 お父さんが涙目のまま、笑い返してくれた。きっと、私はうまく笑えたに違いない。


 +++


「……魔術師が言うには禁呪きんじゅだそうですよ。私の血を使うんです」

「え?」

 マコがビクリと驚いたのに気付いたのだろう。ヒジリは慌ててフォローした。

「ああ、ほんの数滴です。こう、指先をピッと」

 ヒジリは右の人差し指を示し、左の指でスッと切るような動作をする。

いにしえ写本しゃほんとやらをもとに、魔術師が魔法陣を描く。その中央に私の血を落とす。それが、最も血縁の濃い相手にアクセスするためのキーになる。魔術師はそう説明しましたが、正直なところ、半信半疑でした」

 魔術の心得こころえがそれほどないマコにとって、その説明は少し難解なんかいだった。


「それでも、結果として禁呪はこれ以上ないくらいうまくいった。私はあの魔術師の協力を得て、あなたをこの世界にびました」

 マコは、この世界に降り立った瞬間のことを思い出す。

 雑居ビルのフェンスをくぐり抜けた瞬間、マコはこの見知らぬ世界に放り出された。


 ずっと疑問に思っていた。

 なぜ自分は異世界転移をしたのだろう、と。

 どんな力が働いたのだろう、神様かなにかが自分のことを選んですくい上げたのだろうか。そんな風に考えていた。


 しかし、マコが蕎麦畑に飛ばされたのは、偶然でもなんでもなかったようだ。

 遠く離れた場所にいる父親と娘との血のつながりが、マコをこの世界に引っ張り込んでくれたのだ。


「私は本来であれば、あなたを呼び寄せたらすぐに、自分の実の娘だと打ち明けるべきだったのかもしれません。あいつは……魔術師は、私がそうするだろうと思っていたに違いなくて……」

 そう言われてマコは、先ほど魔術師が見せたぽかんとした顔を思い出す。


「……だけど、私はマコに言えなかった。本当の父親だと、伝えられなかった。あなたの手を突然離してしまったのに、日本であなたを守ることができなかったのに、今さらしゃあしゃあと名乗り出るなんてことが許されるのかと、私は躊躇ためらった」

「だって、それはお父さんのせいじゃなくて……」

「そうだとしても……申し訳なかったと思えば思うほど、言えなかった。せっかく宿願しゅくがんが叶って、マコと再び会えることになったのに。……合わす顔がないと、そう思ってしまった」


 体の奥から絞り出すように息を吐き出してから、ヒジリはマコの肩にそっと触れる。

「いつか、伝えるべきなのだろうと思いながら、ずっとずっと迷っていました。それでも、即席の家族はなんだか本当に居心地が良くて、どうしようもないくらい幸せで。毎日が、奇跡のようだと思った。それだけで、もういいのかなぁって、思ってしまって」


 それから、ヒジリはふとマコの顔を見る。

 まっすぐ相対あいたいするようにして、言った。

「ずうっとずっと、本当につらかったのは、泣きたかったのは、マコだろうに。情けないお父さんで、ごめん……」


 そのまま、父親は深く頭を垂れた。

「本当に、申し訳なかった」

 涙混じりの声だった。


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