第25話:魔術師
「ケガ、してないですか?怖かったですね。ああ……」
2人組が出ていくなり、ヒジリはマコの両肩に手を当て、さらに何か言おうとする。
しかし。
「ちょっとヒジリ、お鍋吹いてる!」
「わああ」
ジャスティナの指摘に、ヒジリは慌てて厨房へと駆け出した。
「やー、マコちゃんは本当に愛されてるわねえ」
声をかけられてふと気付く。その緊迫感のない声は、カウンター席の魔術師のものだった。
どうやら、この怪しい魔術師は一部始終を呑気に眺めていたらしい。
「あ、お茶でしたよね。すみません」
黒いローブの魔術師はそれには構わず、嬉しそうにマコに話しかける。
「ヒジリも長年の悔いが解消してさ、実の娘と再会できて、本当に良かったじゃない。あたしも頑張った甲斐があったわ」
なんだかよく分からないことを言っているな、と思った。
「あの……」
マコは魔術師に向かって、内緒話みたいな小声で言った。
「私、本当は、実の娘ではないんです……。それでも、お父さんも、お母さんも、すごく良くしてくれて……」
「いや、血縁はあたしが証明したのよ?」
何を言われたのか、分からなかった。
魔術師が、ぽかんとした表情でマコを見る。
マコも、ぽかんとした表情で魔術師を見る。
数秒。
魔術師はカウンターをバン!と叩くようにして、慌てて立ち上がった。
「え!?ちょっとヒジリ、まさかあなた……」
マコはふと、ヒジリの方を見る。
ヒジリはとっくに、魔術師とマコの会話に気付いていた。
魔術師の方を凝視するヒジリは、かなり気まずそうな表情をしていた。
「……あなた、ば」
魔術師は少し言葉を止めた。
「ッッカね!大馬鹿!やだもう。えぇ!?この流れだとあたしが悪者すぎるじゃない!……いいえ、どう考えてもあたし悪くないわ。むしろ功労者だったはずよ」
「いや、まあ、ええ、そうでしょうね」
カウンターを隔てて、ヒジリの小声。なんだか、露骨に目を逸らしている。
なにをどうすべきか迷ったけれど、とにかくマコは蕎麦茶を出すことにした。
「ありがとね。マコちゃんはなんにも悪くないの。本当に、なぁんにも」
魔術師はそんなことを言って湯呑みを受け取ると座り直し、熱いお茶をぐいっと一気に飲み干す。かなり熱かったはずだが、大丈夫だろうか……。
それから魔術師は、少し乱暴に立ち上がった。
「帰るわ。また来ます。……ヒジリ、言わなくても分かるでしょうけど」
「言わなくても分かります」
フイと目を逸らしたヒジリは、低い声で答えた。
その返事を聞いて、これ以上言うべきことはないと判断したらしい。魔術師はチャリ、と音を立てて銀貨をカウンターに置くと、
「……ごちそうさま。おいしかった」
それだけを伝えて、風のように去っていった。
+++
残された3人の家族に、沈黙が訪れる。
重い重い沈黙だった。
キッチンの方をちらりと見た。ヒジリは、口元を押さえたまま黙っている。
(私にはきっと、尋ねなきゃならないことがある……)
マコにはそう思える。だけど、どんな言葉を発していいか分からなかった。
おかしなことや間違ったことを言ったら、家族は家族でなくなってしまうだろうか。
そんなことはないだろうと思いながらも、声を発するのが怖かった。
「……ヒジリ。私さ、閉店とか、片付けとか、やっとくからさ」
見るに見かねたジャスティナが助け舟を出してくれた。少しだけホッとした。
「裏の蕎麦畑でも行ってさ、2人で色々話してみなよ」




