第24話:荒くれ
いつもと変わらない1日だと思っていた。
そのときまでは。
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お昼どきのピークは去って、お店も落ち着いてきた。エルフさんたちのお会計をして「ありがとうございました!」と送り出す。
あとは、店内にいるお客様は、お座敷席に陣取った荒くれ風の旅人2人組と、いつものようにカウンター席に1人で座った黒いローブの魔術師だけ。
「お待たせしました。ざる蕎麦2つです」
マコは、旅人たちにお蕎麦を出す。
カウンター席の魔術師が「マコちゃん!」と手を振ってきたから、笑顔で駆け寄る。
「ごちそうさま。あったかい蕎麦茶もらえる?」
「蕎麦茶ですね!かしこまりました……」
そのときだった。
目の端に、ふらりと何が倒れるのが見えた。
「おいっ、どうした?」
その声に慌てて振り返る。
先ほどお蕎麦を提供した旅人の1人が、お座敷に倒れていた。少し苦しそうに、ハッハッと呼吸をしている。
(……あ!)
「お父さん!!」
なにか考えるより先に、大声で父親を呼んだ。
こういうときには迷わず呼べと教わっていたから。
しかし。
「おいっ!お前!!」
倒れた旅人の連れが怒りの形相で立ち上がる。
「なんだこの店は!毒の入ったような料理を出しやがって!!」
言うなり、荒くれは腰に差した剣を一息に引き抜く。それを瞬発的に、マコの首元に突きつけた。
「え」
何も反応できなかった。
切っ先が喉元に触れそうになっていることに、少し遅れて気付いた。
―――少しでも動いたら死ぬだろうと思った。
しかし、マコが危害を加えられることはなかった。
「うちの娘に何をする!!」
怒号。
それとともに、旅人の体は思いっきり吹っ飛ばされていた。
「お父さ……」
へな、と力が抜ける。
慌てて厨房から飛び出してきたヒジリが、その勢いのまま旅人を思いっきり蹴り倒したようだった。
マコのふらついた体が、お店の柱に触れた。
そのまま、柱にすがるようにして体を支える。
ヒジリが、倒れ伏した旅人の襟元をグイと掴み上げる。
それから、低くゆっくりとした声で話し始めた。
「うちのかわいい娘に剣を抜くなんてどういうつもりでしょう、あなたとんでもないことしてくれましたね……」
マコは、固唾を呑んで見守ることしかできない。
「ちょっと、そういうのは私の仕事でしょう!」
遅れて駆けてきたのはジャスティナだ。ヒジリの肩をトンと小突く。
「ヒジリはあちらさんの対処!!」
「あ」
言われて我に返ったらしい。ヒジリは倒れ伏した旅人の横に座る。それから胸元を軽く押さえるようにして何か詠唱を始めた。
苦しそうにしていた旅人の呼吸が、少しずつ整っていく。
「ねえねえ、この店の料理番がドラゴンスレイヤーだって知っててケンカ売ったわけ?」
ヒジリに取って代わったジャスティナは、吹き飛ばされて倒れ込んだままの旅人の横にしゃがみ込む。
「は!?」
「それもさあ、うちのかわいい娘になにしてくれてんの?」
にっこりと満面の笑みを見せた。
「表に出なよ。相手したげる」
「なんでこんなところにドラゴンスレイヤーが……」
「ケンカ買うの?どっち?」
旅人は顔を真っ青にして、ブンブンと首を振った。
「買いません買いません!!」
「おい、ディラン。オレ、もう大丈夫だから……」
先ほどお座敷席で倒れた旅人が、ゆっくりと起き上がって声を掛ける。
それを見届けたヒジリは低い声で、ゆっくりと話し始めた。
「お客様には蕎麦のアレルギーがあり、残念ながら当店のお食事をお召し上がりいただけないようです。せっかくご来店いただいたのに心苦しいことです」
その言葉を聞きつつ、マコは店内の貼り紙にチラリと目をやった。
【蕎麦アレルギーについて】
ごくまれに、蕎麦を食べて体調を崩す方がいます
ご気分が悪くなりましたら店主にお声がけください
そう。トラブルの原因は毒入りの料理なんかじゃない。この旅人が起こしたのはまさに、蕎麦アレルギーによるアナフィラキシーショックだった。
ヒジリの回復術の効きは抜群だった。重篤なアナフィラキシーが起きたにも関わらず、ヒジリはほんの短い時間でその症状を見事に寛解させたのだ。
「それ自体には同情いたしますけどね、瞬間湯沸かし器みたいにお店で激昂して抜刀されるような方にお食事をお出しする義理もないわけです」
「瞬間ユワカシキ……って何だ?」
旅人の疑問に、ヒジリは答えない。
「そういうわけで、お代は結構ですから、お引き取りください」
ジャスティナに詰め寄られていた旅人が、転がるように駆け出して店を出ていく。
その姿を見ながら、もう1人の旅人も立ち上がり、
「……連れが、悪かった」
短く言い放って、店を出ていった。




