第23話:死と隣り合わせの谷
ギクッとした。
頭の中に、ジャスティナが落下するイメージが浮かぶ。
マコは、落下というものをイメージしたことがある。
それも、何度も、何度も。
「その仲間をね、崖と反対側に力いっぱい引っ張り上げたんだけど、バランス崩してさ。そのまま自分だけ落下するなんて、今考えたらありえないヘマなんだけど」
背筋にゾワゾワとした感覚が流れた。
「落っこちるのは気持ち悪かったなあ。咄嗟のことで、体が自在に動かなくて。浮術、ちゃんと使ったつもりだったんだけど、崖の途中で体が大岩に当たって、気道イカれて魔術の発動が追いつかなくて。そのまま地面にしたたか叩きつけられた。それで、内臓に達するぐらいの大きいケガをしちゃってさあ」
「あれには焦りましたね。私、その場にいたんですけど、助けに行こうにも崖下に下りるすべがない。全力で走って大回りして下りられる道を探して、崖をなかば滑り落ちるみたいに駆け下りて。そこから、一心不乱に治癒魔術をかけ続けて」
「それ、あとで聞いたから知らなかったのよね。私のためにそんなに焦ってくれたの、ちょっと見たかったなあ……」
「あなたね。あのときはそれどころじゃなかったじゃないですか。そもそも意識レベルが低下していて、本当に死ぬところだったんですから……」
「分かってる。意識の奥底で私は確かに、死に引っ張られた。タナトスが、こっちだよって呼ぶ甘い声が聞こえた。だけど、それより大きい声でヒジリが呼んだんだもの、そっちじゃない、こっちだ、帰ってきなさい!って。聞こえたから帰ってくるしかなかった」
「声が嗄れるほど呼びましたよ。絶対に死なせるものか、と思いましたから」
マコには、口にできる言葉がなにもなかった。
この人たちは恐ろしい環境の中で、死と隣り合わせの谷で、果敢に戦っていた。
生きることだけを求めていた。
なんて強くてカッコいいんだろう。
そして私は、なんて弱くてちっぽけなんだろう。
死の妄想に縋って、生への執着をあきらめて。
なんだか、大違いだ。
それでも、マコは異世界に来てからというもの、死を願うことはすっぱりと止めた。この強くてかっこいい2人が、マコを引っ張り上げてくれたから。
もう、そんな妄想をしなくても生きていけるはずだ。
今のマコは、素直にそう信じている。
「……ああ、ちょっと刺激の強い話でしたね。すみません。なにしろ、そんなケガをしたって言っても、ジャスティナは今はこんなに元気なんですから、心配はいりません」
あまりにも神妙な顔をしていたから誤解されたのかもしれない。ヒジリはマコを慈しむような優しい口調でフォローした。
自身の銀髪を一房、つまみながらヒジリは言う。
「私ね、もともとは髪、真っ黒だったんです。一般的な日本人の髪という感じでした」
「そうなの?」
「あー、黒髪の頃、あったねえ。懐かしい」
ジャスティナが愛おしそうに相槌を打った。
「だけど、回復魔術を使ううちに、少しずつ少しずつ、髪は銀色に変わっていった。なんだったんでしょうね、あれ。使える魔術量の残量でも示されているような気分でした。それで、ジャスティナが大怪我をしたときに三日三晩、治癒魔術をかけ続けたら、ついに全部が銀色に染まった」
マコは、ヒジリの銀色の髪を見る。窓から差し込む午後の光を受けて、キラキラと輝いているきれいな髪だ。
「だから、それを機に、引退させてもらうことにしました。そうしたら、ジャスティナもケガを機に引退するって言うんで。2人して除隊を申請して、それで結婚したんですよ」
「そうだったんだ……」
「ねえねえ、それで、どっちからプロポーズしたの?」
なんでも教えてくれるから、つい聞いてしまった。
ヒジリは困り果てたように宙を仰ぐ。
「なんか気恥ずかしいからノーコメントでもいいですか……」
「えー、じゃあ私が話そうか?」
「いやー、もう勘弁してくださいよ……」
ジャスティナがとびきり楽しそうにしているのに対して、ヒジリはどっと疲れたような表情をしている。
なんだか今日は、ヒジリとジャスティナの意外な表情ばかりを見せてもらえた。
それにしても。ちょっと聞いてみただけだったのに、あまりにもラブラブすぎる。あてられてしまった。




