068 帰郷
険しい山越えの果て、ようやくユーリスの故郷であるロヒカルメ村に辿り着いた。
以前義父と交わした二人で村に来るという約束がようやく果たせるのだ。
本当は生まれた子と一緒に三人で来たかったが、それも叶わない夢だ。
今はただ、無事治癒したということを報告するのみだ。
そのあとはきっと家族の会話になることだろう。
家族の、それも親子の会話とはどんなものか少し楽しみだ。
何せ私は両親とまともに話したことがないのだから。
「見えてきましたね」
「そうだね。まずはお義父さんで良いのかい?」
訊ねる私にユーリスは少し嬉しそうに頷いた。
会えるのが嬉しいのだろうか。
「この時間なら兄も家にいると思いますので」
「嬉しそうだねえ。そんなに会えるのが嬉しいのかい? それならたまには帰ればいいじゃないか」
「違いますよ。俺はリーゼさんを紹介できるのが嬉しいんです。こんな素敵な人と結婚したんだって」
揃って吹き出すように笑う。夕焼け色に染まる村まであと少しだ。
村に着いた私たちは一直線に村の一番奥にある家に向かった。
夕焼けに染まる村は、全員仕事を終えたのか人影がない。
田畑も家屋もそれらを繋ぐ道すらも黄金色に染まっている。
「父さん、帰ってきたよ」
そんな言葉と共にユーリスは家の戸を開けた。
そして返事を待たずに私を中に誘った。
「おぉ、リーゼさん、無事治ったようで良かった」
「その節はご迷惑とご心配をおかけしました」
居間に入って早々、私たちを見つけた義父が声をかけた。
そんな義父に深々と頭を下げれば、笑いながら私の肩を叩いた。
「気にするな。可愛い義娘の一大事とあればいくらでも協力するとも」
「父さん、実は──」
私たちを歓迎する義父に、ユーリスが森でのことを話した。
霊草を使ったこと、子供を授かれなくなったこと、そして妊娠していたこと──。
静かに聞いていた義父はそっと腰を下ろし、力無くそうか、とだけ呟いた。
しばらくの瞑目の後、義父が動かし方を忘れたものを動かすかのように、重苦しい口を開いた。
「…………。リーゼさん、一体何があってあのようなことになったのかね……?」
その様子からおおよその予想はできているように見えた。
ただ確信を得るための確認をしたというところだろうか。
ユーリスもきっと何も聞いていないだろう。
隠す理由もないので、遺跡に入ってからのことを覚えている限り話した。
「──現れたのは赤黒い竜、で間違いないんだな?」
話し終えた直後、義父が最初に口にしたのがそれだった。
頷けば、義父は肺に溜まった空気を全て吐き出すかのように大きなため息をついた。
義父だけでなく、話を一緒に聞いていたユーリスや義兄も険しい表情で考え込むように黙っている。
それだけで、義父が口にした赤黒い竜が深刻な問題であることが手に取るように分かった。
「父さん……やっぱりその竜は……」
迷うように言ったユーリスに義父は頷いた。
そして義父は姿勢を正して私に向き直った。
「リーゼさん、その竜は間違いなく火竜だ。火竜はこの国の守り神のような存在だ。人が倒すなど俄かに信じがたいが、真実ならばあなたは償いをしなければならない」
義父の言葉に目の前が真っ白になった。
あの竜が守り神? エステラとファイドロを押しつぶした竜が? 何の罪もない人を殺したのに?
そんな考えがぐるぐると巡り私を混乱させる。
いつの間にか呼吸は浅く荒くなっていた。
「──どういうことですか? 竜が守り神だなんてそんなこと……」
かろうじて絞り出せた声はまるで自分のものではないようだった。
動揺と混乱で震えて掠れた声は酷く小さい。
すぐ隣にいたユーリスに届いたかどうかも怪しいだろう。
「リーゼさん、この国は五体の竜に守られているんです。火竜はその中の一体なんですよ」
半ば呆然としている私の手に手を重ねてユーリスが教えてくれた。
そんなことは初耳だ。
竜は危険な魔物だとばかり思っていた。
それでは竜は魔物どころか知性のある存在ではないか。
「リーゼさんが知らないのも無理はない。竜の信仰は失われて久しい。今では我々〝流浪の民〟でもそれを伝えているのはごく一部だろう」
「なぜそんな大事なことが──」
失われてしまったのだろうか、と言おうとして口を噤んだ。
知らなかったとはいえ、知ろうともしなかった。
勝手に危険だと、魔物だと思い込んでいた。
誰かにそう言われたわけでもないのに……。
そう考えれば、私だって伝承を失う一端を担っていたようなものだ。




