067 二人でなら
ユーリスと歩く練習を始めてからしばらく経った。
あれから血の滲むような練習を経てようやく自力で立って歩けるようになった。
まだ違和感はあるものの、長距離歩くのも問題ない程度には体力も戻ってきている。
ユーリスと相談して明日森を発つことにした。
「──それじゃあ、わしらから話しておかねばならんことを話そう」
お世話になったお礼も合わせて伝えると、姿勢を正したジジ様が口にした。
雰囲気からあまり良い話ではなさそうだ。
「……リーゼさん。お前さんはもう子供は産めん」
ジジ様の言葉に息が止まった気がした。
腹にいた子は諦めなければならないことは当然として、なぜもう産めないというのか。
「あなたの体はね、ここに連れてこられた時にはもう手の施しようがないほど酷い状態だったの。霊草があったからここまで回復できたのだけれど、完全に壊れてしまったものまでは治らなかったの」
力及ばずごめんなさいね、とババ様は目を伏せた。
腹に手を当てる。
確かにあったはずの命の跡すら感じられないそこに残っているのは、竜の爪が貫いた傷跡のみだ。
我が子の安全すら蔑ろにした私への罰なのかもしれない。
「……もう、子を宿すこともできないということですね……」
ユーリスを見やれば、私よりも悲痛な表情で俯いていた。
彼のほうが私よりも状況を知っていただろう。
それでも受け入れがたいようだ。
「霊草を使ったのにどうしてですか……? 煎じればどんな病も治せるんじゃないんですか……⁉」
泣くのを堪えたような震える声でユーリスがこぼした。
握られた両手も震えている。
「ユーリス、我々とて万能ではない。如何な霊草とはいえ、三賜物が揃わずに作られた薬は所詮人の手で作った薬にすぎんのじゃ」
「私たちが作った薬ではせいぜい傷を塞いだりするだけで精一杯なの。失ったものまでは治せないわ」
「それでも——!」
ジジ様につかみかからんとするユーリスを止める。
彼らを責めるのは筋が違うのだから。
「ユーリス、良いから……。こうやって生きているだけで十分なんだよ。こうなってしまったのはジジ様とババ様のせいじゃない。私の不注意が招いたことだよ」
それでも食らいつきそうな勢いのユーリスに私は首を横に振った。
「ユーリス、ジジ様とババ様を責めないでくれ。お前たちがここで暮らしてる間も一族みんなでなんとかする方法を探したんだ。それでも見つからなかったんだ」
止まりそうもないユーリスの前にセフェムが立ちはだかった。
ユーリスの肩を押さえる彼の表情は悔しそうに歪められていた。
「ジジ様だってババ様だって悔しいんだ。でも、これが俺たちの限界なんだ……」
セフェムの言葉にユーリスが痛々しいほどに表情を変えて、脱力した。
私たちが知らないところで、私たちが想像し得ないほどの人たちが動いていたという事実だけで十分なはずだ。
それはユーリスもわかるはず。
「──そんなことわかってますよ……! でも、この怒りはどこにぶつければいいんですか⁉︎」
拳を震わせながらユーリスは叫ぶ。
私の惨たらしい姿を見て縋る思いでここまで私を運び、ようやく辿り着いた場所での結果がこれなのだ。
怒りを覚えるのは当然だ。
しかしそれを向ける相手が違う。
「ユーリス。それをぶつける先は私だよ。ユーリスの反対を押し切って南部地域に行ったのも、ユーリスが考えに考え抜いた約束を破ったのも私。この結果を招いた原因は全て私なんだよ」
震える拳を両手で包むように取って、それを私の胸の前に持ってくる。
私を生かすも殺すもあなたの自由だ、という意思表示にユーリスは青ざめて身を引いた。
「それは──!」
「違わないよ。だから気が済むまで私を殴ればいい」
逃げようとするユーリスの手を離さずにいれば、握られていた拳が解かれその重みが全て私に預けられた。
そしてユーリスは俯きがちに口を開く。
「……できません。そんなことできるわけないじゃないですかっ……!」
いまだに包み込んだままの手を強く握りしめる。
するとユーリスは目を大きく見開いて潤ませた。
そんな彼を正面から抱きしめる。
「そうだね。できるわけないよね。辛い思いをさせてごめん」
宥めるように大きな背をポンポンと叩けば、ユーリスが抱きしめ返し肩口に額を埋める。
甘えるように擦り付ける様子は随分と久しぶりな気がする。
「そのやり方は卑怯ですよ……」
「……ごめん」
大きなため息の後、ユーリスが体を離した。
冷静さを取り戻したらしく、先ほどのような感情を剥き出しにした表情は鳴りを潜めていた。
「お騒がせしました……」
二人揃って老夫婦たちに向き直って頭を下げれば、少し目のやり場に困っていたかのような三人の顔が見えた。
そしてババ様は少し微笑ましいものを見たかのように朗らかで柔らかな笑顔を浮かべた。
その後少しだけ会話をして、私たちは森を出発したのだった。
この日初めて森に住む一族全員がやって来て私たちを見送ってくれた。
森を出て山を登る。
そこは見ただけで険しいことがわかるほどに切り立っていて、こんなところを私を背負って来てくれたのか、と申し訳なさと嬉しさが込み上げてくる。
それを隠したいような表したいような、曖昧な感覚で前を歩くユーリスの隣まで行って手を握った。
ユーリスはそれに驚きながらも微笑んで握り返してくれた。
「こんなところを運んでくれたんだね。ありがとう、ユーリス」
「リーゼさんが隣で笑っていてくれるなら、お安い御用ですよ」
大きな川にある岩の上を渡る。
時々ユーリスの手を借りながら、ユーリスに手を貸しながら進んでいく。
絶壁に申し訳程度にある足場を通り抜ける。
険しい道ではあるが、二人でなら乗り越えていける。
そんな気がした。




