065 不思議だった
翌朝、ユーリスは宣言通り私を起こしに部屋までやって来た。
私を起き上がらせずにそのまま抱き上げる。
それに驚いて思わず手足をバタつかせた。
「良かった。手足は動かせるようになりましたね」
「ゆ、ユーリス、恥ずかしいから下ろしてくれないかい……?」
それほど背丈の変わらない私を軽々と持ち上げる夫の逞しさに驚きつつ、横抱きにされた恥ずかしさを隠せない。
「だめですよ。今日は皆さんと一緒に食事をして、その後は俺と一緒に森を散策です」
「……せめてそれは自力で歩けるようになってからにしないかい……?」
多分、まだ自分の足で立つことすらできない。
そんな状態で散策などできるはずがない。
何を考えているんだ、と訴えたが、ユーリスはにこにこと嬉しそうにするだけで答えてくれなかった。
「おお、若いとは良いもんじゃな」
そのままユーリスに運ばれた先で老人にそう言われた。
彼は大きめの卓について質素な朝食を食べていた。
その隣には赤茶色の髪の青年が同じく食事をしており、老人の前では老婆が卓に食器を並べていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
私に気づいた老婆が訊ねた。
その視線は私に向けられている。
「はい。しっかり。ずっとお世話になっているようで申し訳ございません」
「良いのよ。この森に人が来ることなんて少ないんですもの。好きなだけゆっくりしていって頂戴」
「ありがとうございます」
そんな会話をしながら、ユーリスは私を椅子に座らせてくれた。
そして他の人たちとは違ってスープを用意してくれた。
「——さて、ワシから訊きたいことがあるのじゃが、良いかな?」
スプーンをなんとか握って掬おうとしたところで老人がそう切り出した。
なんだろうか、と私ははいと答えた。
「お前さん、精霊が見えるじゃろう?」
「——なぜそれを?」
老人の問いに私は食事の手を止めた。
食べながらできる話ではない。
それに今の私は食事すらも四苦八苦する状況なのだ。
「その眼じゃよ。それに、あれほど酷い状態で生きているのが不思議だったんじゃ。なるほどのう」
「ジジ様、どういうことだ?」
一人妙に納得して頷く老人に赤茶色の髪の青年が訊ねた。
彼も手を止め、身を乗り出すようにして老人を見る。
「精霊はただ漂っているだけではないんじゃよ。わしらには見えんが、確かに意思を持って存在している。それは古来より言い伝えられていることじゃ」
「それと眼に何の関係があるんだ?」
「そちらさんの黄金色の眼は精霊たちに愛され守られている証なんじゃよ。あれほどの状態で生きておったのは精霊が繋ぎ止めてくれていたんじゃろう」
老人の言ったことに心当たりはある。
精霊はことあるごとに危険を知らせてくれた。
それに火山を登る前も、きっと身重の負担を軽くしてくれたのだと思う。
だから過酷な山道を登れた。
私が今こうやって話ができているのは精霊が助けてくれたからというのも間違いではない気がする。
老人と目が合った。
そうだろう? と訊ねているように見えたので頷いて答えた。
「思えば、今まで何度も精霊に助けられてきたよ」
両親から逃げ出した私が王都まで来れたのは、〝お兄さん〟を精霊が連れてきてくれたからだ。
ユーリスと出会えたのも精霊がきっかけだし、アルシウスを助けられたのも精霊の警告のおかげだ。
結局エステラたちは間に合わなかったが、いつだって危険な時はその小さな姿で必死に伝えてくれた。
「精霊が少ないあちら側でそうなら、よほど強く守られているんじゃろう」
赤茶色の髪の青年から「へえ……」という声が漏れる。
その隣で老人はのんびりとお茶を飲んだ。老人の用は済んだらしい。
私も止めていた手を動かして、ぎこちなくスプーンを掴んだ。
手を震わせながらスープを掬い口に運ぶ。
そんな様子をユーリスがハラハラしながら見ていた。
スープを口に入れた途端爽やかな味が広がった。
スープというよりハーブティーのような味だ。
私がむせずに飲み込めたのを確認してユーリスが嬉しそうに顔を綻ばせる。
それを見た青年が呆れたような視線をユーリスに向けている。
そんな一風変わった様子は私が食べ終わるまで続いた。




