061 きっと光は差す
また騒がしいと怒られそうなほど足音を立てて家の中に入り、奥の部屋へ向かう。
扉を開けた先で薬草を見せれば、中にいた老婦人が手を差し出したので、彼女に薬草を渡した。
「部屋の外で待っていてちょうだい。隣の部屋を使って構いませんから」
「わかりました。──あ、その前にこれを」
言われた通り部屋を出ようとしたところで、村で霊草を渡されたことを思い出した。
慌てて取り出したそれは長旅でだいぶくたびれた状態になっていたが、老婦人は気にせずそれを受け取った。
「あら、これは……。ありがとう。これがあると心強いわ」
大事そうに作業台に霊草が置かれたのを確認して、今度こそ俺は部屋を出た。
隣の部屋は長椅子と卓があるだけの簡素な部屋だった。
全て木でできていて、いかにも森の中の暮らしといった雰囲気だ。
天井には色々な草花が吊るされ、独特の香りが漂っている。
「えっと、ユーリスだったか?」
遅れてやってきた青年が訊ねた。
着替えたのか、先ほど薬草を探していた時とは違う服を着ている。
「ああ。あなたは?」
「俺はセフェム。セフェム・ドーチャだ。ジジ様とババ様の弟子をしている」
そう言って青年が手を差し出したので握手する。
見た目にそぐわずゴツゴツとした努力家の手だ。
きっと日長の一族としての務めのために努力しているのだろう。
セフェムさんは俺に座るよう勧め、お湯を沸かし始めた。
パチパチと薪が爆ぜる音が聞こえる。
「すまない。近くで水を浴びれないだろうか。このまま座ると家具を汚してしまう」
そう問いかける俺にセフェムさんはぱちぱちと瞬きをした。
そして一拍置いてどっと笑い始めた。
「おいおい、見た目は全然違うのに、そういうところは似てるのな!」
兄と見た目が似ていないとはよく言われるが、似ていると言われたのは初めてだ。
──いや、以前リーゼさんが細かなところがよく似ていると言っていたか……。
リーゼさん……。
「はあー……笑った笑った。水場だったよな。ここを出て右に進めば泉があるからそこで流せば良い。拭くもの持ってくるからちょっと待ってろ」
セフェムさんはそう言って部屋を出て、すぐに戻ってきた。
大きな拭き布を持ってきて俺に投げ渡した。
「替えの服はないからそっちでなんとかしてくれ」
「ありがとうございます。助かります」
ニカっと笑って送り出したセフェムさんを背に俺は泉に向かった。
やってきた泉は、故郷の近くにある霊草がある泉に近い感じがする。
澄んだ水、周りに生える草花、少しひんやりとした空気。
どれをとっても似ている気がする。
この場に霊草が生えていないのが不思議なくらいだ。
泉の水に触れれば、早朝のような冷たさが伝わってきた。
これは今のドロドロと渦巻く不安を洗い流すのにちょうど良いかもしれない。
日長の一族を信じていないわけではないが、一度神殿で見捨てられている以上安心はできない。
水面に映る俺の顔が一瞬リーゼさんのものに変わった気がした。
以前の元気だった頃の笑顔だ。
目が熱くなって、慌てて顔を洗った。
顔を洗うついでに他にも汚れが気になるところを洗った。
なぜか森に入ってから体が重いのもあって、疲れを落とすのも兼ねた。
服だって泥だらけだ。
迷惑にならない程度に洗って乾かす。
こういう時魔法が使えると便利なのだが、あいにくと俺には適性がない。
やむなく自然乾燥だ。
「……結構冷えてきたな……」
冷たい水に触り続けたせいか、ぶるりと震えるほどに寒い。
急いで拭き布で体を拭いて洗った服を手に取った。
まだ全く乾いていないが、家で干させてもらおう。
上着がないぐらいなら問題ない。
少し震えながら森の中を歩き家まで戻れば、セフェムさんと話した部屋に老夫婦もいた。
処置は終わったのだろうか。
「ようやく戻ってきたか。終わったぞ。会いに行ってやりなさい」
無事なのかどうか判断しかねる言い方に不安が蘇る。
せっかく洗い流してきたばかりなのに、と思いながらも無事な姿を見たくて勢いよく部屋の扉を開いた。
「リーゼさん!」
扉を開けた先でリーゼさんは横たわったままだった。
赤くなって膿んでいた肌は綺麗になっていて、醜い状態になっていたとは想像もできないほどに元通りだ。
しかし呼びかけても動く気配がない。
「できることはしたぞ。見た目以上に酷い状態じゃったので霊草を使わせてもらった。体の方は完治したと言って良いじゃろう」
ならばなぜ目覚めない。
そう思いながらリーゼさんの手を取れば確かに温かい。
その手に額を寄せて祈る。
どうかこのままいつものように目覚めて欲しい、と。
「かなり消耗しておるから、目覚めるには時間がかかるやもしれん。空き部屋を貸そう。好きに使いなさい」
老人に頷き、リーゼさんを抱き上げる。
長いこと意識がないせいで、だいぶ痩せ細ってしまっている。
加減を間違えればそのまま折れてしまいそうで不安になる。
——いや、今は俺が信じないでどうする。元気になったリーゼさんと美味しい料理を囲んで、ちょっとした話に笑い合うのだ。
そんな未来が来ることを信じる。
そうすればきっと光は差す。
首にかけたままのペンダントを強く握った。




