060 日長の一族
「——くそっ……、前はこの辺で採れたのに……」
不意に人の声がして振り返った。
こんなところに人がいるなんて……。
振り返った先には赤茶色の髪の青年がしゃがんで何かを探していた。
草花をかき分ける様子から細かなものを探しているように見える。
「……あの……」
「早く見つけて帰らないとジジ様にどやされる……。早く見つかってくれぇ!」
声をかけたがブツブツと何かを言っていて気づいていないようだ。
もう一度声をかけてみることにする。
「——あの!」
「うわっ! いきなりなんだよ! びっくりするじゃないか!」
今度は飛び上がる勢いで驚いた青年がようやく俺を見た。
その瞳は髪と同じ赤茶色だ。
「あ、日長の——」
「お前、ヨースト……じゃないな。誰だ?」
俺が言い終わるのを待つことなくズカズカとやって来て訊ねた青年。
俺よりは背が低いが、年は少し上ぐらいだろうか。
見た目からおそらく日長の一族だろう。
「ユーリスです。ヨーストは俺の兄——」
「ユーリス⁉ お前が? 似てねえ……」
人の話は最後まで聞かない人らしい。先程から遮られてばかりだ。
しかし兄のことを知っているのはなぜだろうか。
ここまで来る人はいないはずなのだが……。
「ま、いいや。それでこんなところまで村の奴らが来るなんて珍しいな。何の用?」
訊ねておいて最後まで聞かないんだろうなあ、と思いながらここまで来た経緯をかいつまんで話した。
話を聞きながらも、背負っているリーゼさんに興味津々といった様子で彼女を覗き込む。
「——ふーん、それでうちの薬を求めてやって来たってか。御苦労なことで」
「日長の一族とお見受けしますが、治せそうでしょうか」
「わからん」
間髪入れずにきっぱりと、どうということもないように青年は答える。
不安に苛まれる俺などお構いなしに、青年は更に続ける。
「まずはジジ様かババ様に見てもらうしかないだろ。俺には手に負えん。本当は探しものを手伝ってもらってからと言いたいが——急いだほうが良いな。ついてこい」
そして青年は顎で方角を示して、俺を先導するように先を走っていった。
背負子を背負い直してその後を追いかけた。
青年は迷う素振りも見せずに森の中を突き進む。
その後ろについていく俺が少し置いていかれそうな速さだ。
走っているせいでリーゼさんが大揺れしている気がして申し訳ないが、青年があまりにも配慮がなさすぎるのでやむを得ない。
しばらく走り息切れし始めたところでようやく建物が見えてきた。
丸太を重ねて作ったような重厚感がある家だ。
少し離れた場所にもぽつりぽつりと似たような家が建っている。
「ジジ様ッ! ババ様ッ!」
青年は家の扉を開けて、中に向かって大声を出した。
その音量に俺は思わず両耳を塞ぐ。
そんな大声を出す必要があるのだろうか。
「なんじゃあッ! 騒がしいッ‼︎ 森のざわめきが、聞こえんじゃろうがッ!」
中からさらに大きな声が返ってきた。
ここの人はみんな耳が遠いのだろうか……。
「ジジ様‼︎ 患者が来たぞ!」
「なに? 患者じゃと? セフェム、それを先に言わんか!」
そんな会話と共に家の中から青年と老人が出てきた。
老人はかなりの年齢であることを思わせるほど髪は白く、顔はシミだらけだ。
小さな植物の手入れをしていたような服装で、そこから覗く手は皺だらけだった。
老人は家から出てくるなり俺を見て立ち止まった。
まるで舐めるように視線を動かして口を開く。
「黒曜の倅か。こんなところに来るなんて久しいもんじゃな」
そのまま老人はスタスタと老いを感じさせない足取りで俺の前までやってきて観察する。
「──で、どこが悪いんじゃ? 随分と健康そうに見えるが」
「ジジ様、後ろだよ。後ろ!」
青年に言われて初めて俺がリーゼさんを背負っているのに気づいた老人が後ろに回り込む。
彼女の手に触れ、顔を覗き込んだのち離れた。
「こりゃあ酷い。早く中に入りなさい。やれることはやってみよう」
老人に一つ頷いて俺は家の中に入らせてもらった。
そのまま老人について歩き、通された奥の部屋のベッドにリーゼさんを降ろした。
「生きてるのが不思議な状態じゃな。──セフェム、頼んだ薬草は採ってきたか?」
「いや、まだだ。急いで採ってくる」
「早うせんか! そこの黒曜の倅も行ってこい。そこにいられるのも邪魔じゃ」
老人は手際良く白い服を纏って言った。
この場においてできることがない俺が残っているよりは良いだろう。
言われた通り青年について行くことにした。
待っていてください、リーゼさん。必ず薬草を見つけてきますから。
「俺が探しているのは青い花がついた薬草だ。小さい花が垂れ下がるようについているんだ」
青年が走りながら説明した。
かなり特徴的なので、すぐにイメージできた。
とにかく手当たり次第に条件に合致する花を探す。
しゃがみ込んで草花をかき分け青色を探す。
あれでもない、これでもないと探し回るうちに不安が募っていく。
こうして時間をかけているうちにリーゼさんはどんどん危ない状態になっていくのではないだろうか。
一刻も早く薬草を見つけなくては。
森の中を探し回っているが、一向に見つかりそうもない。
青年の方も同じようで、どんどん離れていっているが、同じ場所探したところで効率が悪いだけだ。
彼とは違う場所を探そうと踵を返す。
「うわっ……」
突然強い風が吹いた。
それから顔を庇うように風下を向く。
そちらでは風に煽られた草花が靡いていた。
そしてその先に──
「あった! 青い花がついた薬草!」
かき分けるように草花が靡いた先にぽつんと一本だけ青い花が垂れ下がった草が生えていた。
まるで見えない何かに「ここにある」と示されたようだ。
しかし今はそれを気にしている場合ではない。
慎重に薬草を摘み取って青年に声をかけた。そして全速力で家に戻る。




