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竜の眠る場所 外伝  作者: 知花 紗采
1章 アストラ
6/12

忙しい……?

 数日後、手続きを終えて【アストラ】の共同生活が始まった。


 エステラの選んだ物件は少し古いながらもギルドまでの道のりも近く、部屋数も多い上にそこそこの広さがある良物件だった。

 一階には広い談話室にキッチン、風呂などの水回り、二階は個室と分かりやすい構造だ。

 談話室には大きめのテーブルとソファを置き、いつでも全員が集まれるように設えられた。

 個室はそれぞれが管理するということで中がどうなっているのかはわからないが、とりあえず階段に近い順に私、エステラ、ファイドロ、ラィスが割り当てられた。

 一番厄介な人物を奥にしたのはいかがなものかと思ったが、どこかの屋敷みたいな広さでもないので目を瞑ることにする。


「それじゃあ、新たな門出にかんぱ〜い!」


 そんな声を上げたのはラィスだ。

 新しく買った大きなジョッキを片手に大騒ぎしている。


「こぼしたり汚した分は自分で掃除しなよ」

「今日ぐらい良いじゃないか〜、ヒック」


 あえて水を差すようなことを言ったのだが手遅れだったようだ。

 始まったばかりだというのにすでに出来上がっていた。

 そして言ったそばから皿をひっくり返す始末だ。


 初日からこんな調子で大丈夫なのか、と言いようもない頭痛を堪えながら夜は更けていった。




 引っ越してきて数日は、約束通り協力しあって共同生活出来ていた。

 掃除に洗濯、料理など宿暮らしでは気にする必要のなかったことも分担してこなしてきたのだが、そんな関係性もあっという間に崩れ去った。


「あれ、今日の当番はラィスじゃなかった?」


 談話室で掃除をしているエステラの姿を見かけて声をかければ、彼女は振り返って微笑んだ。


「急ぎでやらないといけないことがあるとかで代わったんです。入れ替わりなので三日後にやってくれるそうですよ」

「急ぎ、ねえ……」


 パーティメンバーが共同生活する利点はそれぞれの都合が見えることにある。

 一緒に仕事をして一緒に暮らしているので、ほぼ一緒にいることになるからだ。

 当然休みの予定も知っている。

 そして私の知る限り、ラィスに当面急ぎの用事はない。


 もちろん私生活すべてを把握しているわけではないので、単に仲間に知らされていない個人的な都合もあり得る。 

 とりあえず様子を見るか……とこの場は何も言わないことにした。


「エステラ、次また同じことがあったらちゃんと言うんだよ」

「え? はい……?」


 素直なところが良いところなのだが、こうも素直すぎるのも考えものだ。

 これでは仲間に利用されていても気づかないんじゃないだろうか……。


 そして様子を見ること三日。

 エステラとの約束を守る気であれば、今日の掃除はラィスが行うはずだ。

 しかしやはり作業をしているのはエステラだった。


「……エステラ、この前私が言ったこと覚えてる?」

「あ、リーゼさん。この前の話って、当番交代に話ですよね? 今日は元々私が担当ですし──」


 思わずため息が出た。

 いくらなんでも人が良すぎる。

 多分、頼まれてもいないのにやっているのだろう。

 そしてラィスもそれをわかっていて放置している。

 ──もう一度大きなため息が出た。


「ファイドロ! ちょっと来てくれるかい!」


 今日はパーティメンバー全員が家にいる。

 買い物に出掛けているわけでもないので、大声を出せば聞こえるはずだ。


「何事だ?」


 呼ばれて現れた男は、装備の手入れをしていたらしく拭き布を持って降りてきた。


「ちょっと今後について話そうじゃないか」

「う、うむ……」




■■■




「…………」


 エステラの作業をやめさせ、事の経緯を話せば、ファイドロは腕を組んで瞑目した。

 ラィスに対して甘いとはいえ、ファイドロは彼にとって兄貴分でもある。

 私が何か言うよりは多少効果があるはずだと考えたのだが、そのファイドロがどう汲み取るかが問題だ。

 ファイドロの様子を黙って見守るしかない。


「……話はわかった。まずはエステラ、すまない。ラィスに代わって謝罪する。これからは交代の話が出ても断ってくれて構わない」

「いえ、そんな……。本当にお忙しいなら代わるのも仲間としての助け合いですし……」


 頭を下げたファイドロに慌てた様子で手を振るエステラ。

 やはりエステラは気づいていないようだ。


「……あいつの『忙しい』は『暇を持て余すのに忙しい』と受け取ってくれ」

「暇を持て余す……? えぇ⁉︎」


 ようやくわかったらしく、エステラは飛び上がる勢いで立ち上がった。


「え、え……じゃあ、それってつまり……」


 口をパクパクさせながらエステラは絶句した。


「ただの怠慢だね」


 私のトドメにエステラは項垂れるようにして着席した。

 全くその可能性に思い至っていなかったようで、騙されていたことに泣きそうになっている。


 実のところ共同生活を始める前からその気はあった。

 依頼で遠方に魔物討伐に行った時も野営の準備はほとんど人任せ、食事ができるまでどこかに行ってしまい、出来上がった頃に当たり前のように戻ってくる。

 それがラィスの行動の常だ。

 そしてエステラはせっせとそんなラィスの世話をしていた。

 それも、エステラは気づいていなかったのだろう。


「それからリーゼ。もう少し見守ってやってほしい。人の思考はそう簡単に変わらない。ラィスが自分事と捉えられるようになるまで待ってやってくれ」

「……わかったよ」


 エステラが状況を理解しただけでも上出来か。

 それにファイドロの言い分も理解できる。

 この場は大人しく引き下がることにした。

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