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竜の眠る場所 外伝  作者: 知花 紗采
1章 アストラ
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私たちにはまだ早い

 私が【アストラ】に加入して三年。

 あれから目覚ましい活躍をした【アストラ】は気付けばBランクパーティになっていた。

 もともとBランクに上がっていた私はAランクに、ラィスとファイドロはBランク、そしてエステラもCランクに上がっている。

 近頃はパーティもAランクに上がるのでは、と囁く声もなくはない。

 パーティのランクはこれまでの実績とギルドの裁量で決まるので、こればかりは運次第ではあるのだが、ランクが上がってもおかしくない程度には活躍してきたつもりだ。


「皆さん、今日は私から重大な発表があります!」


 すっかり打ち解けた様子のエステラは、馴染みの店と化した酒場の席につくなりそう宣言した。

 他の面々は何事かという気持ち半分、面倒ごとなら嫌だなという気持ち半分の視線を向けた。


「急にどうしたんだい?」

「なんと、今日の報酬でパーティの貯蓄が予定額を超えました!」


 エステラの発表に私も含め全員が驚いた。

 パーティの財布はエステラに任せてはいたが、まさか貯蓄までしていたとは思わなかったのだ。


「予定額って……何を買うつもりなんだよ?」


 若干面倒そうにラィスが訊ねた。

 彼はここ一年ほど付き合っていた彼女がいたのだが、何かと買い物の荷物持ちにされることが多く結局別れたらしい。

 それもあってか、エステラの発言が気に障ったようだ。


「家ですよ、家! 今まで皆さんバラバラの場所で寝泊まりしていましたけど、パーティで家を買って全員で住むんです!」


 カタッと音がした。

 隣に座っていたファイドロがフォークを持つポーズをしているのだが、その手には何もない。

 どうやらフォークを落としたようだ。


「いやいや、待てって。家を買うって……」

「家を買えば、個室は広くなりますし、集合場所を考える必要もなくなります。それに料理を自分ですれば大幅に出費を減らせます。つまり、皆さんのお小遣いが増えます!」


 ダメ押しのように付けられた理由に男たちの目がギラリと光った。


「当然、料理は当番制だろ?」


 そう問い掛ければ、エステラは考えてなかったとばかりに驚いた顔をし、目をギラつかせていた男たちは途端に目を泳がせ始めた。

 分かりやすすぎである。


「まさか、料理は誰かに任せて小遣いが増えるなんて考えてないだろうね?」


 口笛が聞こえてきた。

 犯人はラィスであることは明らかだ。


「リーゼさん、嫌、でしたか?」


 訊ねるエステラは少し悲しそうに肩を落としている。

 嫌というより、面倒ごとを押し付けられるのが嫌なだけなんだが……。


「家を買うことが嫌なんじゃなくて……。家を買うこと自体は賛成だよ。どこかの寝坊助を起こしに行く手間も減るし。そうじゃなくて、私が心配しているのは共同生活での役割分担だよ。全部有志でやっていたら割に合わないじゃないか。絶対にやらない奴がいるよ。確実に」


 そう言ってやれば、男たちの目が盛大に泳いでいた。

 言わんこっちゃない。


「そこは……私が頑張りますから……」

「ダメだよ。甘やかしちゃ。共同生活するなら助け合うのは当然。全部任せっきりなんて許しちゃいけないね。役割分担をあらかじめ決めておくか、当番制の導入が私からの条件だね」

「疲れてたらやりたくないじゃん……」

「はあ⁉」


 ラィスの小さな呟きも聞き逃さない。

 ひと睨みすればラィスが大きく肩を振るわせて縮こまった。


「エステラ。悪いけど、私たちにはまだ早いね」

「そ、そんな……」


 これで話は終わりだと席を立てば、その後を追おうと立ち上がる気配があったがついてくることはなかった。

 おそらく止められたのだろう。




 その日の晩、泊まっている宿にファイドロがやって来た。

 彼は部屋まで上がることはせず、宿の入り口で立ち話をするように口を開いた。


「少し厳しいのではないか?」


 それが先ほどのやりとりのことを言っていることはすぐにわかった。


「どこがだい? 宿暮らしなら宿がやってくれることも、家で暮らすとなれば誰かがやらなくちゃならない。それを疲れているからと言っていつまでもやらないわけにはいかないんだ」

「どうしてもできない時はどうする?」

「その時はその時さ。でもそれは毎日のことではないだろう?」

「ううむ……」


 唸りながらもファイドロは何か理解したのか「嫌だから反対したわけではないとエステラには伝えておく」と言って帰って行った。


 そんな彼を見送ってから部屋に戻れば、そのままベッドに倒れ込む。

 安宿のベッドに柔らかさはなく、骨組みの感触が背中に伝わって来た。

 じんわりと背中が痛む。


『なぜ高貴な私たちがこんな下賤なことをしなければならない! これは下賤なお前たちの仕事であろうが!』


 神経質な男の怒鳴り声が脳裏によぎる。

 そしてその後に続くのは鞭を何度も打ち付ける音と泣きながら謝り続ける声。


 嫌な事を思い出した……。


 もうあの頃のことは断ち切ったつもりだったのに、過去がいつまでも追いかけて来ているようだ。

 いや、私が囚われすぎているのか。

 やはり全てを捨てて逃げたところで、何も変わらないということなのだろう。


 ファイドロが伝えてくれるだろうが明日謝ろう、と決めて眠りについた。

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