057 手がかりを求めて
それからというもの、俺は仕事の傍ら調べ物に没頭した。
本当は仕事を休んで少しでも早くリーゼさんを助けたいが、神殿のお世話になっている以上治療費を用意する必要がある。
ただでさえも高額な治療費が何日も預けていれば払えない額になってしまう。
だから休むわけにもいかないのだ。
仕事がある日は仕事を終えてから、休日は一日中あらゆる文献を読み漁り手がかりを探す。
そんな日がしばらく続いた。
「…………やけに外が騒がしいな……」
リーゼさんが神殿に運び込まれてどれほど経ったのか、休日であるその日、自宅で資料を読んでいれば人の声が室内にまで聞こえてきた。
それも一人や二人ではない。
もっと大勢の、まるで市場に集まった人全員で騒いでいるような感じだ。
何かあったのだろうか。
そんな事を考えている間に入口の扉が叩かれた。
気づけば家の前には士爵の馬車が停まっていた。
「突然済まないな。ユーリス、一度リーゼさんを連れて王都から出なさい」
扉を開けるなり言われた唐突な指示に俺は呆然とした。
神官でもどうにもできないほど危険な状態のリーゼさんを連れて王都から出る?
なぜそんな危険なことをしなければならないのだろう。
「どういうことですか、士爵。今リーゼさんを動かすのは危険だということは、士爵もご存知のはずです!」
「無論だとも。だが、いずれ王都は戦火に見舞われる。戦場になる前にお前たちは出た方が良い」
「戦火って、どういうことですか。そんなこと一言も……」
「——国王陛下が崩御された。後継者が決まっていない現状では間違いなく王子殿下の他に王侯貴族が名乗りを上げる。そうなれば内乱は必至だ」
重苦しい口調で放たれたそれに俺は絶句した。
国王陛下が高齢であったことは知っていたが、崩御とはまた随分と急な話だ。
それに王子殿下はまだ立太子されていない。今のままでは王子殿下がそのまま王位を継ぐことができない。
そこに付け入って高位の貴族が王位を狙うということだろうか。
高位の貴族は欲深い者が多い。
士爵が言う通り内乱が起こる可能性は高いだろう。
しかし、王都でそのようなことをするだろうか。
「…………。士爵の言いたいことは理解しました。ですが、わざわざ王都でそのようなことをするとは思えません……」
「お前はこの国の貴族どもを舐めているぞ。自分の利益の為なら他者を平気で踏みつけるような奴らが、王都を避ける理由はない。自らが王になれるなら国がどうなろうと関係ないからな」
「意味がわかりませんよ……」
自らが王になれれば国のことはどうでもいいとは本末転倒ではないか。
王になったところで、国が滅んでいてはただの飾りにすらならない。
流石にそこまで分別がつかないことはないと思うが……。
「今は分からなくてもいい。とにかく巻き込まれる前に出なさい。この辺りのことは私が取り計らおう」
「しかし出ると言っても、どこに行けば……」
王都を出るともなると、他にリーゼさんを看てくれそうな神殿はない。
最も環境が整っているとされる王都の神殿で匙を投げられたのだ。
他所で受け入れてもらえるとは思えない。
「一番良いのは国外だろうが……、南部の小国はこの機に戦争を仕掛けるかもしれないな。そうなればそこも安全ではあるまい」
「あとは親族を頼るぐらいですが、リーゼさんの故郷は避けるべきでしょう。彼女にとっては苦痛でしかありません」
二人揃って考える。
戦場になる可能性が低く、彼女の治療を引き受けてくれそうなところ——。
「——! 士爵、馬車を貸してもらえませんか?」
「アテはあるのか?」
「はい。日長の一族を頼ろうと思います」
思いついたのは、〝流浪の民〟の中でも薬を取り扱っている一族。
彼らならもしかしたらリーゼさんを助けられるかもしれない。
「日長だと? 居場所は知っているのか? 国外に消えて久しいと聞くが……」
訝しげに士爵は眉をひそめる。
士爵がそう思うのも仕方ない。
日長の一族は国を出てしまった一族だ。その後のことは伝えられていない。
ただし、それは俺の一族は例外だ。彼らとは親交があるのだから。
霊草という彼らにとっても重要な薬草によって。
「おそらくは。故郷の村長あたりに聞けば知っているはずです」
「随分と長い旅になりそうだな……。わかった。今日中に用意しよう。他にいるものはあるか?」
俺は士爵の厚意に甘えて故郷に戻るまでに必要になりそうなものをすべて伝えた。
これで故郷までは馬車でいけるはずだ。
彼女の看病が俺にできるかは分からないが、できる限りのことはすると決意を新たにした。
その後士爵から聞いた話では、国王陛下は元々健康状態が良くなかったらしい。
そして冒険者に探させていた不老不死の薬を手に入れられず逝去したということだそうだ。
王子殿下がいまだに立太子していなかったのは、陛下がそもそも自ら降りることを考えていなかったからだと聞いて腹の底から怒りを覚えた。
そんな事のためにリーゼさんは──。
その怒りを逃すように、それまで大事に扱っていた手帳に書き殴った。
士爵は宣言通り同日中に馬車を用意してくれた。
故郷がある山も登れるように一頭立ての小さな馬車だ。
万が一に備えてリーゼさんを固定できる紐まで用意してくれた。
食料や看病に必要なものも馬車に詰め込み、俺は馬車に乗った。
まずは騎士の寄宿舎に向かった。そこで隊長に当面休む旨を伝えた。
事情を話せば隊長は嫌な顔ひとつせず許可をくれた。
ただし、状況によっては戻ってきた時には籍はないかもしれないと念押しされた。
おそらく隊長の耳にも国王の件は届いているのだろう。
そして寄宿舎にいた同僚にも軽く挨拶をして馬車に飛び乗った。
そうして神殿までやって来てすぐさまリーゼさんを引き取った。
見た目は相変わらずだが、あの時神官が言った通り、悪化は食い止めてくれていたようだ。
「……あの、これを……」
馬車にリーゼさんを横たえた後に神官見習いの少年が声をかけた。
あの日場所を訊ねた少年だ。
振り返れば大きめの箱を差し出していた。
中に入っている小瓶を見せるように蓋を開けてくれている。
「……これは?」
「聖水です。病状の悪化を防ぐのに使ってください。布に染み込ませて拭くだけで大丈夫です。一応一月分入れましたので」
「ありがとうございます。しかしいただいて良いのでしょうか。聖水は高価なものでは?」
聖水は作れる量が少なく貴重であるため非常に高価だ。
それをこれだけの量用意するとは相当な額になりそうだ。
「……僕、元は食べるものもなくて飢え死にするところだったんです。そんな時に奥さんの支援所を教えてもらって……。こうやって神官見習いになれたのも奥さんとご主人のおかげなんです」
だから、と少年は箱を差し出す。
彼なりの恩返しなのだろう。
少々多すぎるが彼にとってはそれぐらい恩義を感じているということだと、ありがたくすべて受け取った。
「元気になったら会いに来ますね」
「——はい!」
少年は屈託のない笑みで馬車を見送ってくれた。




