056 まだ……未来はある
食べかけのまま店を飛び出した俺はそのまま神殿に向かって走った。
男たちの話を信じるなら、神殿に運ばれたのはリーゼさんだ。
無事でいてくれ、そんな祈りに近い思いを胸に走り続ける。
——ああ? 遠目だからよくわかんねえけど、布から出てる部分だけでもありゃ相当酷いぞ。
男の言葉が頭の中で何度も響く。
リーゼさんがそんな状態になるはずがない。
きっと神殿に行けばケロッとした彼女が笑ってくれるはずだ。
いつかと同じ様に神殿に駆け込み、近くにいた神官見習いの少年に声をかける。
彼は俺の様相にうろたえながらようやく一つの部屋を教えてくれた。
呼び止める神官見習いを無視してその部屋に向かう。
途中何度も据え置きの椅子や台にぶつかりそうになりながらたどり着いたそこには、アルシウスさんが一人椅子に座っていた。
力なく俯く彼を見下ろすように正面に立った。
「……どういうことですか」
「……ユーリス……」
俺を見たアルシウスさんは再び俯いた。
そんな態度の彼にふつふつとした怒りが沸き起こる。
爆発しかける感情を無理矢理抑え込んで隣に座る。
廊下にいるということは神官に追い出されたのだろう。
今は待つしかない。
「……………………」
「……………………」
お互いに何も話さない。
話すことがないというより、何を話せば良いのかわからない、そんな雰囲気であたりの空気は酷く悪い。
そんな状況にため息をついた。
それと同時に部屋の扉が開き、中から神官が現れた。
「中に入りなさい」
俺たちの醸し出す空気感に気づいていないのか、気づいても気に留めていないのか、神官は俺たちを見下すようにして言った。
言われるがまま部屋に入れば、奥の寝台でリーゼさんが横たわっていた。
布一枚を被せられただけの彼女の肌は至るところが赤くただれていた。
「……腹部の怪我はなんとか塞がったが、肌はどうにもできなかった。今はなんとか範囲をこれ以上広げないようにすることだけで精一杯だ」
「……リーゼさん……」
寝台の横に跪き、彼女の手を取る。
白く綺麗だったそれは、指先が赤く膿を滲ませている。
そして呼びかけたにも関わらず、彼女は少しも動かない。
「……彼女は目覚めるのですか……?」
訊ねる俺に神官は見ればわかるだろうと言わんばかりにため息をついた。
「できる限りのことはした。あとは神命に託すしかない」
「……どうしてこんなことに……」
俺の問いに神官は答えることなく去っていった。
取り残された俺たちは寝台を見るしかない。
そこで眠るリーゼさんは、見た目こそひどい状態だが穏やかに眠っているようにも見える。
目覚めれば激痛に苦しむことになるかもしれない。
今はこれでいいのかもしれない。
旅に出る前は少しだけ膨らんでいた腹は見る影もない。
その事実に絶望に近いものを感じるが、今はリーゼさんの生存が最優先だ。
目覚めればきっと彼女も悲しむに違いない。
その時に一緒に悲しめば良い。
「——アルシウスさん、いい加減説明してください。どうしてリーゼさんがこんな事になっているんですか⁉」
いつまでも俯いたままリーゼさんを見ようともしないアルシウスさんに訊ねる。
ぼんやりしていると言われることが多い俺でも流石に我慢の限界だ。
「……それは……」
俺すらも見ようとしないアルシウスさんは言い淀む。
俯き手を弄んでいる。
俺はその態度が腹に据えかねて胸ぐらを掴んだ。
「俺は安全を最優先にしろと言ったはずだ!」
力任せに持ち上げ、壁に押し当てる。
アルシウスさんからうめき声が上がったがそんなことは関係ない。
俺には知る権利があるはずだ。
「——突然のことだったんだ……。ファイドロとエステラが死んで、その後のことは覚えていないんだ……。気づいた時にはリーゼも……」
ファイドロさんとエステラさんが死んだ——?
そんな衝撃的な情報もさることながら、目の前で持ち上げている彼も血まみれだった。
元気そうだったので気にもとめていなかった。
自身の行動の無意味さにアルシウスさんを下ろして、掴んでいた手を離した。
力ない足取りでリーゼさんのもとに行き、再び跪く。
もう一度手を取ればその手は温かかった。
まだ生きている……。
生きていればまだ……未来はある。
「お、おい……!」
立ち上がって部屋を出ようとする俺にアルシウスさんが声をかける。
どうするつもりなのか訊きたいのだろう。
「——リーゼさんを治す方法を考えるんですよ」
俺は大きく深呼吸して扉を開けた。




